第3話 星のバランスと未来の考察

 長い準備期間を利用して、現在の星における知的生命体のバランスと目指すべき未来の姿をシミュレーションしておくことにした。


 この星は地球と似た環境だが、文明進化の過程で発生する環境汚染対策としてある要素が加えらている。それは魔素の存在だ。木や石炭、石油といった天然資源を消費したり、未熟な段階で核融合や核分裂によるエネルギーを利用したりするリスクを、魔素という直接的なエネルギーを星自らが用意してやろうという試みだ。魔素を特定の魔法陣により動力や出力を得る魔導工学が、環境対策に対する星の最終回答だった。

 そんなこと、魔力に乏しく短命種である人間が思いつくはずない? イグザクトリー!

 ではどうするのか…その答えが私という存在だ。星自らが用意したのだから、教えるために星の化身である私を用意するのは当然の帰結でしょう。なんとも用意のいいことです。

 何も教えなければ、目の前に木という燃えるものがあるのだから、木を伐採して暖を取ったり初期的には製鉄をしたりするでしょう。やがては木炭、石炭、原油が木の代替していく、それが自然の流れというものだ。植生が地球と似通っており、森林や植物性プランクトンが堆積する以上、それら天然資源も普通に存在するのだ。でもそれをやられるとバランスが崩れる。

 皮肉なことに知的生命体が住みやすいようなバランスを目指して星が整えてきた環境は、知的生命体が何も手を加えていない状態こそが完全であった。あとは知的生命体がどれだけ許容量を維持できる文明や人口を保てるかに持続的成長の可否が掛かっていた。

 とりわけ短命種の宿命から多産である人間の人口爆発の抑え込みと、その最も環境負荷が高い種族に魔導工学を普及することがキーポイントよ。


 ところで魔素を循環させたことによる副作用がある。それは魔獣の存在とスタンピードだ。別に星としてはスタンピードを起こすことを意図しているわけではなかったが、人のニキビと同じで新陳代謝が高いうちは、星が生命力に溢れているからこそ吹き出してしまうのだ。

 そんな副作用だったが、これにも利用価値があった。魔導工学を日常生活に応用する分には空気中の魔素の利用だけでも十分だったが、産業レベルのエネルギーを得るには凝縮したものが必要となる。そう、魔獣の核となる魔石だ。


 そんなわけで私の星霊としての行動計画は、


 1 まず私の手で魔導工学を確立する

 2 具体的なユースケースとして製品を作り普及させる

 3 儲かりますよ、と魔導工学の啓蒙活動を行う

 4 魔導工学普及で魔獣討伐と魔石採掘のメリットを喧伝する

 5 カーボンニュートラルサイクルの完成ですわ!


 というわけなのだけど、そんなレベルの文明を築く前に、増えた人間の生活排水や糞尿による川や海の汚染を水処理施設、下水処理施設などを作って上下水道完備するレベルに持っていくことが必要だ。何もしなければ、早晩、疫病が発生して自然と人口が調整されるのだけれど、あまり一時に数が減ると、人間は集団知が穴だらけになる。何度でも言いましょう。


“短命種である人間は一度理解したことを完全な形で後世に伝えることができない“


 悲しいけれど、知っている人が死んで技術や知識を継承することなく死んでしまう環境では、忘却サイクルが加速してしまうのだ。


 ◇


 ところでエルフやドワーフはどうなるのでしょう。


 私がアカシックレコードを利用した最適な魔導工学を人間のみ伝えたら、じぃじやばぁばが心配したように数の暴力と魔導兵器の存在で蹂躙されてしまう日が来るかもしれない。見た目穏やかでも中身は武の極地にあるエルフが? 正直いって想像はつかないけれど、魔導砲を森にぶっ放したり空から爆撃したりする未来はあるのかしら?

 人間は何度でも戦争を繰り返す愚かな生き物だ。エルフに報復されても千年も経てば忘れていることでしょう。あり得ると考えるべきでしょうね。

 ドワーフはドワーフで技術馬鹿なところが致命的だ。酒に釣られて、そんな人間に言われるままに強力な魔導兵器を作りかねない。ドワーフはエルフほどの長い寿命は持たないけれど、短命種とも言える人間より数倍は生きるため、技術の継承はされるのだ。人間では到達できないような魔導兵器を作りかねない。まあ、酒に釣られると言うならエルフでしか到達し得ない酒を作れば解決ね、単純だわ。

 一方、エルフ社会は今よりさらにエコになるだけで変化は乏しいでしょう。せいぜい、こんなこともあろうかという非常用魔道具ができて災害レジリエンスが高まるだけだわ。

 ということは、なんらかの方法でエルフの居住区を魔導工学を応用した魔導兵器の脅威から守る仕組みを事前に考えておかなければならないってことね。

 う〜ん、考えつかないわ。


 ◇


 数年かけて魔導工学の基礎を確立しながら実際に作ってみれば思いつくことも出てくると期待して魔導製粉機を作ってみた。水車の代わりに魔導工学で回転エネルギーを臼に与えるだけの簡単なものだけれど、割とうまく動いて喜んだ。

 そうだわ。3の「儲かりますよ、と魔導工学の啓蒙活動を行う」という考えが間違っていたのよ。何も時間の制約から理解力に限界のある人間に教える手間をかける必要はない。魔導工学でエネルギーを得る部分をブラックボックス化してモジュール単位で売ればいいのよ。分解したら消え去る魔法陣を組み込むのは簡単だし、モジュール単位で供給すれば魔導兵器として利用できるような過剰な出力を持つパワーユニットの類は排除できるわ!


 少し直した魔導利用計画はこう。


 1 まず私の手で魔導工学を確立する(ほぼ完了)

 2 具体的なユースケースとして製品を作り普及させる

 3 魔導工学を応用した動力ユニット等のモジュール販売を行う

 4 製品普及で儲けたお金を魔獣討伐と魔石採掘の宣伝や報酬に充当する

 5 カーボンニュートラルサイクルの完成ですわ!


 魔獣討伐や魔石採掘に報酬を出す組織となると冒険者ギルドかしら? 買取専門の商会でも構わないわね。なければ作るしかない。あれば、潤沢な資金を背景として常設クエストにして貰えばいい。

 うん、大体のプランは固まった。そう、それ以前の上下水道に浄水設備の普及以外は。魔導工学で水処理ユニットやポンプを作っても、根本的な問題として人族の社会インフラの整備を指示できる立場にないのよね。

 困った時の知恵袋ではないけれど、少し相談してみましょう。


 ◇


 フィスリールは祖父に魔導工学の計画や実例、そして浄水の必要性などを説明した。


「フィスは変わったことを考えるのぅ」


 わざわざ人族の生活環境を整えることに力を貸すことになんのメリットがあるのじゃ? 海や水を汚し、果てには自らの生活する場所も糞尿で汚して勝手に疫病になる人間を助けてやるという。まあ、不利益をもたらすというわけではないのなら、エルグランド共和国として使節を送って提案することもできるが、南の二国は戦争で浪費している内は、生活環境の改善に使う資金はないじゃろう。

 しかし所々は破綻しているものの、一朝一夕に考えた計画ではあるまい。この心優しい孫娘が幼いながらもここまで考えて愚かな人間を導こうというのじゃ。長老会にかけてみるのも一興かの。


「まずは論より証拠じゃ。浄水用の魔導器具で実現性を示すのじゃ」


 それができたら長老会で話してみようというと、フィスリールは嬉しそうに抱きついた。


「ありがとう。じぃじ! 大好き!」


 受け止めるカイルは孫娘を髪を撫でつつ目尻を下げた。

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