第15話

 お店に到着し、受け取った指輪のサイズを店員の前で確認する。


「薬指にしたんだ」


 その様子を嶺奈の隣で見ていた彼に言われてから思い出す。


 指のサイズを測ると言われたとき、嶺奈が何気なく差し出したのは左手で、店員も確認することなく、当たり前のように薬指のサイズを測っていたのだ。


 あの時、せめて右手を差し出していれば……。そう悔恨しつつ、嶺奈は慌てて彼に弁解する。


「薬指にしたのは深い訳があったわけじゃなくて──」


「後で指に嵌めてあげる」


「だ、だから!」


「でも、サイズを測って注文したんだし、薬指以外の指には合わないんじゃないかな」


 動転している嶺奈とは対照的に、彼は冷静だった。薬指に嵌める指輪の意味を、彼は知らないはずがない。


 けれど、動揺しているのは自分だけだと思うと、妙に恥ずかしくなってしまった。

 

「とても良くお似合いですよ」


 店員はそう言うと、穏やかな笑みを浮かべて、二人のやり取りを見つめていた。


 

 指輪を受け取るだけで、こんなに疲れるとは思わなかった。もう、ドレスなんて選ばなくていいから帰りたくなる。


 

 数店舗のブティックを巡ったものの、結局、気疲れした嶺奈はドレス選びを適当に済ませた。彼が運転席で少し不服そうな表情をしているのは、ドレス選びにもう少し時間を使いたかったからだろう。


「嶺奈に似合うドレス、他にもあったと思うけど」


 帰り道、立花は運転をしながら独りごちる。

 

「あれで十分よ」


 嶺奈は彼を諌めるように答えた。


 それにしても、彼が私に対して、ここまで尽くす理由は何だろうか。


 やはり、疑問に思う。恋愛感情にしては少し、おかしくも感じる。


 その違和感を彼に聞いてみても、きっと、簡単には答えてはくれない。嶺奈はそのことを知っていたから、敢えて何も聞かなかった。



 ──その選択が間違っていたのか。今考えてみても、答えなんて私には分からなかった。



 亮介の披露宴当日。


 嶺奈はドレスアップを済ませ、家を出た。会場は都内の一等地にある高級ホテルを貸し切って行われる。


 招待状に書かれた住所を見たとき、間違いではないのかと、一瞬思った。けれど、訂正文が送られてこないところを見ると、間違いではないらしい。

 

 亮介は一体いつの間に、高級ホテルで披露宴を行えるほどのお金を貯えていたのか。会場入りした嶺奈は、辺りを見渡せば、見渡すほどに違和感が膨らむ。


 周りには知らない人達ばかりで溢れ、私がここにいるのは場違いだと思った。


 そして、午前11時過ぎ、披露宴は始まった。


「──新郎新婦の入場です」


 二人が一例をして入場する。

 

 亮介の顔をまともに見たのは、別れを告げられた日以来だ。タキシードに身を包んだ亮介は少し、痩せた気がする。


 その隣で幸せそうに微笑んでいるのは、あの日見た彼女で間違いなかった。


 明るめの茶髪を綺麗にまとめ上げ、デコルテを出したウェディングドレスは、華奢な身体に良く合っていた。


 ──やっぱり、あの日の後ろ姿は、私の見間違いじゃなかった。


 これ以上、二人の姿を見ていられなくて、テーブルに視線を落とす。

 

 式が始まり、二人の名前が紹介される。


 そこで、初めて嶺奈は知ったのだ。

 

 亮介の隣に居る彼女は、岡田カンパニーの社長のご令嬢だということを──。


 岡田カンパニーは亮介が勤めている会社の名前だ。私は彼とは違う会社に勤めている。


 だから、知らなかったのだ。知りようもなかった。


 突然、目の前の道が崩されたような絶望感が、胸に広がる。

 

 何食わぬ顔をして、二人は同じ職場で浮気をして、私を嘲笑っていたのか。


 こんな事実、知りたくなかった。


 助けを求めたくても、良平さんは今、私の側にはいない──。



 披露宴は淡々と進み、お色直しの時間になり、二人は会場を一旦退席した。けれど、嶺奈は並べられた豪華な食事に手をつけることが出来なかった。


 虚ろな瞳で辺りを見渡す。


 ふと上げた視線の先、斜め向かいの席に、見知った人物がいた。


 どう、して──。


 相手も嶺奈の存在に気付き、目を見開く。


 その相手は……。


 見間違えるはずもない、──立花良平だった。

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