第二章

第14話 招待状と彼の嘘。

 嶺奈が街中で亮介の姿を見付けたあの日から、約一週間が経過していた。


 あの日の夜、ベッドで泣き疲れて眠った嶺奈を切なげな表情で見守っていたのは、無論、立花だった。


 彼は何を思い、何をを考えて、嶺奈を見守っていたのだろうか。



 いつものように仕事を終えて帰宅する。携帯には一通のメッセージが入っていた。立花からのメッセージかと思い、何気なく通知を開く。


 そして、その文面を見た瞬間。鈍器で殴られたような衝撃が嶺奈の身体を巡った。


『来月、披露宴をすることが決まった。嶺奈にも招待状を送ったから来てほしい』


 メッセージの相手は亮介からだった。


 連絡先を消していたから、メッセージを開くまで不審に思わなかった。


 亮介は私の気持ちをどこまで蔑ろにしたら気が済むのだろうか。


 ──私を恨んでるの?


 もう、これ以上ないくらいに、私は堕ちているというのに。


 突き付けられた事実に、嶺奈は立ち尽くして、明かりの消えた携帯画面を見つめる。


 このことを良平さんには言いたくなかった。


 心配も迷惑もかけたくない。だから、これは私だけで決着をつけようと思う。


 披露宴に行くことで、私は変われるだろうか。それとも、幸せを目の当たりにして、憎しみが増すだけなのか。


 復讐心が消えたわけじゃない。


 普通ならば元婚約者の披露宴に行くという選択肢は選ばない。けれど、嶺奈は披露宴に行くという選択肢を敢えて選んだ。


 自分自身に対する決着か。単なる意地か。


 その理由は、自分でも分からなかった。



『……来週の予定なんだけど。俺、ちょっと用事があって、会えそうにないんだ』


 すっかり習慣になってしまった週末の彼との電話。来週は会えないと聞いて、少し残念に思う。


 恋人でもないのに、毎週欠かさず連絡をして会ってくれる立花を、嶺奈はいつしか心の拠り所にしていたのだと気付く。


 彼の言葉を聞いた嶺奈は部屋のカレンダーを眺める。そういえば、亮介の結婚披露宴も来週の日曜日だ。


 偶然に重なったお互いの予定に、そんなこともあると言い聞かせる。なのに、嫌な予感がするのは、この胸のざわめきは何だろう。


『だから、明日は好きなだけ我が儘言って』


「ええ、考えておくわ。それじゃ、明日……」


 通話を終えて、ベッド脇のサイドテーブルの引き出しから、先日届いた招待状を取り出す。

 

 明日のことを考えなければならないが、結婚式用のドレスも新調しなければいけない。


 明日、それとなく良平さんに伝えてみようか。


 披露宴に出席すること自体は、反対はされないだろうし、快く送り出してくれると思う。


 問題は、その相手だ。


 招待状が来たからといって、わざわざ元婚約者の披露宴に行くのは、自らの傷口を広げて、自傷するようなもの。


 そんなことを伝えてしまったら、絶対に反対されるし、馬鹿だと叱られるに違いない。

 

 だから、彼には言えない。


 嶺奈は頭を振り、考えをリセットした。



 翌日。出掛ける準備を終えると、嶺奈は慣れた足取りで、マンションの駐車場に向かう。


 立花の車はすでに到着していて、嶺奈は当たり前のように助手席に座った。


「注文していた指輪が届いたって連絡がきた。今日、取りに行こう」


 車内で顔を合わせるなり、彼は開口一番に言った。


 あの指輪、本当に私に贈るつもりだったんだ。なんの音沙汰もなかったから、忘れていた。


 ということは、今日は街中のブティックを眺める時間があるかもしれない。嶺奈は一瞬迷い、そして、脳裏に浮かんだ考えを口にした。


「一つ、お願いがあるんだけど……」


 恐る恐る、問う。


「何?」


「結婚式に出席するから、ドレスが欲しくて」


「俺に選んで欲しいってこと?」


「それは考えてなかった」


 彼に問われ、思考する。


 ドレスといってもフォーマルな物だし、大体の形や色は決まっている。だから、選ぶのも時間はかからないと思っていた。


「自分で言うのもなんだけど、センス悪くないと思うよ、俺」


「なら、ドレス選びも、お願いしてもいい?」


 信号が赤になり、車はゆっくりと停止する。運転していた彼が、こちらを振り向いた。


「とびきり可愛いのを選んであげる」


「主演の二人より目立つ物は駄目よ」


 花嫁より目立ってはいけない。という結婚式のマナー。


 私にだって、それくらいの常識はある。それに披露宴をめちゃくちゃにしようとは、さすがに思わない。


「それは嶺奈次第かな。けど……少し妬けるな」


 私次第ってどういうことだろう。

 良平さんはいつも、意味深な発言をする。


「え、なんて言ったの? 最後、聞き取れなかった」


 彼が最後に小さく呟いた言葉は、車の発進音と共に掻き消され、嶺奈は聞くことが出来なかった。


「気にしなくていいよ」


 立花は答え、車は再び走り出した。

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