第13話
エレベーターを使い、彼が住んでいるという部屋まで付いて歩く。玄関先で遠慮がちに立ち止まった嶺奈を立花は招き入れた。
「遠慮しなくていいから」
室内には物がほとんど見当たらず、必要最低限の物しか置かれていなかった。テレビも無く部屋は、しんと静まりかえっていた。
彼はミニマリストというやつだろうか。そう思いながら、嶺奈は勧められたソファに腰掛けた。
「お邪魔します……」
でも、どうして私を部屋に連れてきたのか。理解出来ずに悶々とする。
そんな嶺奈を気にすることもなく、立花はキッチンに入り、ケトルでお湯を沸かし始めた。
「嶺奈は紅茶派だよね。今、用意するから」
私の好みを覚えてくれていたことに、胸がきゅっとして切なさを感じた。
彼の何気ない優しさは、いつも嶺奈を戸惑い惑わせるのだ。
「ミルクないんだけど、ストレートでもいい?」
キッチンから声をかけられて、嶺奈は頷き答えた。
「ストレートでも平気。ありがとう」
そして、手渡されたカップは、一目でブランド物と判るティーカップだった。彼のセンスの良さに感心する。
綺麗なカップに口をつけてしまうのを、少し躊躇う。けれど、せっかくの淹れたての紅茶が冷めてしまうのは、もっと申し訳ない。
嶺奈は紅茶を一口、含んだ。温かい紅茶が、喉を滑り落ちていく感覚に自分が生きていることを実感させられた。
「……落ち着いた?」
嶺奈が紅茶を飲んだのを見届けると、彼も珈琲を口にした。
「ええ……。少し、落ち着いた。ありがとう」
言葉少なめに感謝を述べる。さっきまでの酷い動揺が嘘のように鎮まり、平常心が戻ってくる。
「今日は、ここに泊まって」
「え」
有無を言わせない彼の口調に驚き、附せていた視線を上げる。
「独りにしておけない」
彼と視線が合い、先ほどとは別の意味で動揺してしまった。
「…………」
彼は私を哀れんでいるのだろうか。
こんなことで直ぐに動揺して、動けなくなって、迷惑をかけて。挙げ句、心配させて。
そんなに私は頼りない?
肯定されるのを怖れて、嶺奈は取り繕う。
「平気よ。だから、落ち着いたら帰るわ」
これ以上、彼に負担をかけたくない。
そんな思いを抱いてしまう。
それなのに──。
「震えてるよ」
彼に指摘され、嶺奈はカップをソーサーに置いて、震える指先を隠す。
どうして、彼には私の強がりが通用しないのだろう。
どうして、いつも先回りをして、心の逃げ場を失くしてしまうのだろう。
「お願いだから、あまり優しくしないで……」
彼を拒絶しようとすれば、するほどに心を絡め取られてしまう。
「泣きたい時に泣けないのは、ツラいことだと思うから」
もう、駄目だった。
彼の一言が、嶺奈に拍車をかけた。
泣き崩れた嶺奈を立花は優しく抱き留めた。
彼の胸から香る煙草と香水が混じった匂いに、不思議と安心して子供のように嶺奈は泣きじゃくった。
嘘でもいいから、あの彼女のように愛されたかった。愛して欲しかった。
そんな願いすら、もう──叶わない。
「俺は……俺だけは、嶺奈の味方だから。嶺奈が俺を必要としなくなるまで、ずっと側にいる」
彼の誓いのような言葉に嶺奈は、しがみついて頷いた。
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