第12話

「プレゼントって、恋人にじゃないの?」


 思ったままの疑問を口にする。すると、立花は、一瞬思考が停止したように呆けた。

 

「は? 恋人? 俺、付き合ってる人はいないよ。言ってなかったっけ」


「聞いてないわ。ひとつも」


 どうして、そんなに悪びれることもなく、平然としていられるの。


 確かに勝手に想像して、苛立ってしまった自分にも非はあるけれど、納得いかない。


「妬いてくれたの?」


「し、知らないっ!」


 彼のストレートな物言いに、嶺奈はつっけんどんに返した。


 架空の恋人に勝手に妬いていたなんて、彼には絶対に知られたくなかった。


 嶺奈は羞恥で赤らめた顔を隠すように、そっぽを向いて店を出ようとする。立花は、その腕を掴み、そっと引き寄せると、ショーケースを見るように指示する。


 ショーケースに並ぶ商品の値段は、どれも桁が一つ多い。

 

 こんなに高い物を贈ってもらう理由は無い。


 要らないと、言おうとしたけれど、彼はすでに店員を呼んでいた。


「これにします。サイズ測ってもらって」


 立花は即決し、店員に告げる。


「でも、こんなの高すぎるわ」


「お願い。受け取って?」


 眉尻を下げて、懇願するような表情をされては、さすがの嶺奈でも無下に出来なかった。

 

「…………」


 そんな顔をするなんて、ズルい。そう思いつつ渋々に頷いた。


 店を出ると、彼はお腹が空いたと言い、近場のレストランを探すことになった。


 二人並んで歩道を歩いていると、嶺奈が突然立ち止まる。彼女の異変に気づいた立花は振り返り、問う。


「どうかした」


「亮、介……」


 嶺奈が見つめる視線の先には、二人と同じように並んで歩いている男女の姿が見えた。


 見間違えるはずがない。


 幾度も見た、あの後ろ姿。


 嶺奈を振り、浮気相手と一緒になることを選んだ、彼の姿を。


 隣で微笑んでいるのは、私の知らない女性だった。白いワンピースの裾が風に揺れ、さながら、純白のウェディングドレスのように見えた。


 あの人が──。


 亮介の結婚相手。


 幸せそうに身を寄せあっている姿を見た瞬間、許せないという気持ちが溢れ出した。


 立花によって、癒え始めていた傷跡が、再び疼き熱を帯びる。


 見たくなかった。

 知りたくなかった。


 自分の意思とは関係なく、緩み出した涙腺が、じんわりと目頭を熱くさせる。


「行こう」


「…………」


 立花に腕を引かれるも、その足は地に根を張り、嶺奈を動かなくさせた。


「嶺奈」


 立花は普段より低い声音で、嶺奈の名前を呼ぶ。

 

「わ、私……」


「落ち着いて、嶺奈。俺を見て。俺だけを見て」


 パニックになり、過呼吸を起こしそうになる嶺奈を必死に宥める。


「今、君の目の前にいるのは、俺だから。彼じゃない」


 嶺奈は辛うじて動く視線で、彼を見上げる。言われた通りに、彼の瞳だけを見つめていると、少しだけ落ち着きを取り戻せたような気がした。


「帰ろう」


 立花は嶺奈の手をとると、繋ぎ合わせた。そして、二人が手を繋いだのは、この日が初めてだった。



 彼が運転をする車内で、嶺奈は独り考える。目蓋を閉じても、鮮明に映るのは先ほど光景。


 遠目で見て分かるほどに、彼女はとても可愛らしくて、庇護欲を駆り立てられるような女性だった。


 私とは大違い。


 ワンピースなんて、亮介の前で一度も着たことなかった。


 悔しさより、悲しさが勝ってしまう。


 私は──浮気をされて当然だったのかもしれない。


 今日、亮介と並んで歩く彼女を見て、それを嫌というほど痛感してしまった。弱気になり、ネガティブな感情ばかりが心を占拠する。


 気が付けば、車は見知らぬマンションの前に到着していた。


「ここは……?」


「俺が住んでるマンション」


 嶺奈の質問に、立花は平然とした態度で答える。


 忘れ物でも取りに来たのだろうか。そんなことを思っていると、良平さんは駐車場に車を停めると、私に降りるように促した。


「待って。忘れ物なら私は車で待ってるわ」


「忘れ物? なら、なおさら来てもらわないと」


 ……なんだか、話が噛み合わない気がする。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る