第11話 彼の秘め事。


「ごめん。それだけは答えられない」


 嶺奈の視線をかわすように、彼は煙草を揉み消した。


「分かった。もう、聞かない」


 これ以上は聞いても無駄だと悟った嶺奈は、聞き分けの良い子を演じて、自ら話を終えた。


 良平さんは確かに優しい。けれど、どこか頑なで、一度決めた約束は決して違えないし、自身の秘密を口にすることはない。


 復讐という名の契約を交わす相手としては、とても相応しいのだろう。そして。いつか、私の心の迷いすら、全て見透かされてしまいそうで、怖くもある。


「明日は何処に連れて行ってくれるの?」


 嶺奈は話題を変える為に、良平に話し掛けた。


「そうだな……。嶺奈が行きたい場所がないなら、俺の独断で決めてもいい?」


「ええ、お願いするわ」


「ほんと、君って欲が無いね。もっと、振り回してくれて構わないのに。耐えることだけが、美徳じゃないよ」


 苦笑いを浮かべて、彼は言う。


 何に対しても我慢して、諦めてしまう、この癖は、きっと亮介と付き合い始めてからだ。


 我が儘を言ってはいけない。自立していなければいけない。そう、自分に言い聞かせて、本当の感情を押し殺してきた。


 その癖を、彼に見抜かれてしまうとは思わなかった。


「……別に耐えてるわけじゃなくて、ただ、本当に思いつかないだけ」


 可愛くない、と自分でも思う。


 でも、甘え方を忘れてしまった私には、どう答えたらいいのか、皆目見当がつかない。


「よし、決めた。明日はショッピングに行こう」


 そう言うなり、彼は携帯を取り出して、何やら調べものをしているようだった。


「ショッピング? 何か欲しい物でもあるの?」


 わざわざ私を同行させてまで、買いたい物とは何だろうか。少し気になる。


「それは秘密。明日になれば分かるよ」


 そう言って、彼は優しく微笑んだ。


 彼について、最近気づいたことがある。

 どうやら彼は秘め事が好きらしい。


 彼が口癖のように使う『秘密』という言葉は、嶺奈の心をいつも、ざわつかせる。


 けれど、今回の『秘密』は悪いことではないと嶺奈は直感的に思った。


 翌日の朝。


 結局、二人はホテルで一晩を明かした。

 無論、彼はソファで眠り、私がベッドを使った。


 そのことでも、少し一悶着あったが、話し合いに折れたのは嶺奈だった。


 手を出さないという約束を、律儀に守っている彼を見ていると、誠実すぎるような気もする。まあ、恋人でもない女を抱けるほど、易くはないという、彼なりの心の表れかもしれないが。


 けど、それでいい。情が邪魔になるくらいなら、最初から割り切っていた方が、お互いの為だ。


 午前10時過ぎに二人はホテルを退室した。


 彼の愛車に乗り込み、お洒落なブティックが列なる街中に到着すると、彼が指差したのは、高級宝飾店だった。

 

「行こうか」


 彼に促され、後をついて行く。


 ああ、なるほど。ここに来たということは、女性の意見が聞きたいということか。


 瞬時に察した嶺奈は、複雑な感情が心の内に芽生えた。


 すっかり忘れていた。


 自分のことで精一杯で、彼に恋人がいるのか、確認するのを失念していたのだ。


 自惚れもいいところだ。


 最初から彼は私のことなど眼中にない。


 何を期待していたのか。

 彼が頑なに約束を守るのは、恋人の為だ。


 ようやく、理解した。


 お店に入ると、立花は指輪やネックレスといった、女性向けのアクセサリーを真剣な眼差しで眺めている。


 嶺奈はそんな彼の姿を、一歩引いて見つめていた。


「これはどう?」


 唐突に問われ、嶺奈は返答に困る。


 良平さんの彼女の好みなんて、知らない。

 だから、答えようがない。


 考えあぐねていると、彼はもう一つの商品を指差した。


「じゃあ、これなら似合いそう」


「……良いんじゃないんですか」


 だから、似合いそうと言われても、私はあなたの恋人のことを何も知らないのに。


 チクチクと痛み出したのは、きっと心の古傷せいだ。


「俺は嶺奈の好みを聞いてるんだけど」


 放心していると、少しムッとした表情の彼が、嶺奈を見返す。

 

「え?」


「だから、嶺奈はどういうのが欲しい? それとも、俺からのプレゼントは迷惑?」


 プレゼントって、恋人にじゃないの?


 私にってこと?


 考えてもいない展開に、嶺奈は焦燥した。

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