第4話


「私が死んでも誰も悲しまない。むしろ、喜ぶんじゃない?」


 そうだ。亮介にとって、私は邪魔者だった。そんな、私が死んだら、むしろほっとするに決まってる。


 そして、何事もなかったかのように、振る舞って、浮気相手と結婚して、幸せな家庭を築くのだろう。


「何があったのかは知らないけど、そんなこと、軽々しく言わないでくれ。……それに、悲しむ人なら居るよ」


「それって誰? 親? 生憎だけど、両親とは折り合いが悪いの。だから、私のことを思ってくれる人なんて誰もいない」


 嶺奈は昔から両親との折り合いが悪かった。厳格で仕事一筋の父親と、キャリアウーマンの母親。


 一人っ子だった私は、いつも寂しくて。


 学校から家に帰っても、仕事尽くめの両親と一緒に食卓を囲めることは、ほぼなかった。だから、スーパーやコンビニのお弁当を買って、独りで食べていた。


 今思えば、それでよく生活出来てたなと思う。

 

 高校を卒業した後、実家から遠い都内の大学に通うことを決めたのは、両親と距離を置きたかったから。


「俺がいる。俺が悲しむよ。君が死んだら」


「今日会って、何も知らない相手を?」


 そんな、馬鹿な話有るわけない。


 例えば、道端に咲いてる小さな草花が、踏み潰されてるのを見ても、人々は平然と日常を過ごしてるのに、見ず知らずの私のことを思って、悲しんでくれる人がこの世にいるなんて、考えられない。


 それくらい、あり得ない話だ。


「別に信じなくてもいいけど、本当だから」


 下手な口説き文句。


 嶺奈はそう思った。


 誘うなら、もっと蠱惑的な言葉を囁くくらいのことはして欲しい。


 そっちに、その気がないのなら、私がそうさせるまで。


 彼をベッドへ押し倒したのは、もう後戻り出来ないと思ったから。そして、こんな状況を早く終わらせたかったからだ。

 

「なら、抱いて?」


「君は……それで、気が晴れるの?」


 意気地無し。彼を心の中で罵倒する。


 私って、こんなに性格が悪かったんだ。

 なんだか、笑いが込み上げそうになる。


「ええ……。あんなやつを忘れられるくらいに、めちゃくちゃにして欲しい」


「泣いてるくせに」


「え……」


 彼に言われて、気付いた。


 ポタポタと落ちる滴は、髪の毛の水滴ではなく、自分が流した涙だったのだ。


 精一杯の強がりだったのに。

 全て、見透かされてる。


「今日は疲れたと思うから、ゆっくりお休み。俺からは何もしないから」


 そういうと、彼は嶺奈の涙を親指で優しく掬い、角張った手で頭を撫でた。


 

 朝、目覚めると隣に彼の姿はなかった。


 代わりにテーブルに置かれていたのは、一枚のメモ用紙。


 『また何かあったら、連絡して。立花良平』


 連絡先と共にかかれていたのは、彼の名前。


 タチバナ リョウヘイ──。


 彼の名前を心の中で呟く。不意に脳裏に何かが掠めた気がした。けれど、その小さな違和感は、すぐに消え去った。


 どうせ、社交辞令だろうと思いながらも、嶺奈は彼が残したメモ用紙を財布に仕舞い込んだ。

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