第2話


「何してるのっ!! 君はっ!!」


 掠れゆく意識と視界の中で、怒声が聞こえた。


 誰かに強く腕を引き寄せられ、身体に衝撃が走る。


 濡れた衣服越しに、人の温もりを感じて、ゆっくりと目蓋を開くと、そこには私の知らない男性が、雨でずぶ濡れになりながら、抱き留めていた。


「……なんで。なんで、死なせてくれないの」


 冷えた嶺奈の唇から出た言葉は、相手に対する感謝でもなく、死ねなかったことへの疑問だった。


「バカなこと言うなよ。死んでも何もならない」


「無意味だって言うの……? あなたも、そうやって私を馬鹿にするの」


 抜け殻のようになった嶺奈は、うわ言を呟く。


 私はもう終わりなのに。


 婚約者に裏切られて、見知らぬ人に無様な醜態をさらして、生きてる意味なんて、無いのに。


「とりあえず、どこか休める場所に移動しよう。このままじゃ、風邪どころか、警察に通報されかねない」


 嶺奈を助けた男性は、そういうと、携帯を取り出し、誰かと通話をしているようだった。


 茫然自失の彼女を放置出来ないと思ったのだろう。


「今、タクシー呼んだから。ほら、自分の足で立って。そこの屋根のある場所まで歩いて」


 言われるがまま、嶺奈はふらつきながら、彼に従い歩く。


 数十分後、タクシーが到着し、運転手は予め彼から事情を聞いていたのか、二人にタオルを差し出し、乗車させた。


「タオル、ありがとうございます。無理を言ってしまい、すみませんでした。シートのクリーニング代金はお支払いしますので」


「いえ、構いませんよ。急な雷雨でしたからね」


 運転手は彼の謝罪を快く受け入れ、二人を咎めることはしなかった。


 今時、珍しいドライバーかもしれない。


「市内のホテルまで、お願いします」


 行き先を告げる彼の声をぼんやりとした意識で聞き取る。


 ほらね。結局、こうなるんだ。


 善意なんてもの、この世には存在しない。


 私には何も残ってはいない。


 なら、この身体がいくら傷付こうと、もう何も思わないし、感じない。


 抵抗する気は始めからなかった。


 

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