1.最弱の四天王と控えめな姫

 私は魔王様に捕まり魔王城に連れてこられたはずだった。だが案内された場所はラグジュアリーホテルのロビーのようで、何か手違いがあったのか考えてしまうほどだった。


「さて、ラビアは……」

「おい。魔王」


 ここは魔王城であっているらしい。魔王様がラビア様? を探すように辺りを見回すと男の人の声が聞こえた。

 誰だろうと声の方向を見えるととても真っ白な男の人が視界に入る。魔王様が探しているラビア様だろうか。

 ラビア様はお日様を浴びたことがなさそうなくらいに白い肌に腰まで覆うような緩く編まれた白銀の髪をしていた。顔立ちもとても綺麗で浮き世離れしたその外見は神秘的な雰囲気に包まれていた。

 服も白一色で統一しているため、真っ白以外で表すのが難しかった。

 そんな中で唯一色があったのはオレンジ色の目。見ていると吸い込まれてしまうのではないか。そう感じるくらい綺麗だった。


 ラビア様は魔王様の方へ向かってくる。眉間に刻まれた皺のせいか綺麗な顔が僅かに歪んでいた。

 それでも綺麗に見えてしまうくらいにとてつもなく顔が整っている。そうとても顔が良い。微笑みかけられたら一瞬で恋に落ちてしまうだろうな。


「偶然だね。チェル」

「これが偶然に見えるのか? お前を探していたに決まっているだろう。出掛ける時は声をかけろと言ったのを忘れたのか?」


 顔が良いお兄さんはどうやらラビア様ではなく、チェル様という名前のようだ。チェル様が魔王様へ鋭い視線を送りながら不機嫌な声色で言った。

 チェル様は儚げな見た目とは反して乱雑な言葉遣いだ。魔王様は多分ここで一番偉い魔物さんだ。そんな魔王様に話すにしては随分と不躾な態度なのも気になる。魔王様はチェル様に対してどんな反応をするだろう。

 様子を窺うように二人を見ていると魔王様は先程とは変わらず、明るい声色で言った。


「今回はすぐに戻ってくる予定だったよ。チェルを怒らせるのは前回で懲りているからね」


 チェル様は魔王様の言葉で私に近づきそのままじっと見る。よく見ると瞳孔は灰色で、目のオレンジを引き立てさせていた。とても綺麗な目でずっと見つめていたくなる。

 チェル様が視線を離さないことを良いことにずっと見つめているとチェル様の眉間の皺が深くなった。見過ぎてしまっただろうか。まずい。急いで視線を外そうとしたらその前にチェル様が私から視線を外す。


「そうか。わかっているのなら良い。俺はもう寝る」


 チェル様はそのまま無表情で魔王様へ伝えると小さく欠伸をし、私達から背を向ける。私に対しての感想はなしだ。興味がないかもしれないが、ここまでスルーされるのは寂しい。


「チェル。彼女のことは聞かないのかい?」

「ああ。興味ない」


 魔王様の言葉に振り向くとチェル様がはっきりと言った。

 私は居なかったことになったらしい。色々な意味で凄い。確かに突然消えた魔王様がつれてきた人間だ。身なりも悪くないと思うし。訳ありと言うのは明確だ。


「とても綺麗な娘だろう。そのうち彼女が来たことは城に広まる。その前に伝えておくよ。彼女はロンディネの姫だ。事情があってしばらくうちに住むことになったんだ。チェル。よろしくね」


 チェル様を引き留めるように魔王様が声をかける。魔王様の言葉にチェル様は苦い顔をしながら私を見た。


「ロンディネ? 人の国だな。ん? お前は人だったのか?」

「はい。人間です。ロンディネの姫でエリーゼ・ロンディネと申します」


 チェル様は再び私をまじまじと見た。ひとしきり見終わると魔王様へ視線を送る。


「捕らえて来たのか? 魔王。お前は何をしてるんだ? ロンディネの者達が姫を返せと喧嘩をふっかけて来たらどうするんだ? シャレにならないだろ」

「その辺りは大丈夫だ。対策を考えている。それに彼女に皇位継承権はない。国に不要と思われれば、トカゲの尻尾のように切り落とされるだろう」

「ますます意味がわからん。そんなのお荷物以外の何者ではないだろう? お前には何か考えがあるのかもしれないが、俺には関係ない。何かあったら逃げるからな」


 色々な意味でチェル様の言葉は心地良かった。

 口調は荒いがチェル様の言う通りだ。話を聞いている限りこの城に私がいるのはリスクしかない。ゲームだから姫が魔王城にいるのは当たり前なんて勝手に思っていたが、そんなわけはない。

 なら私がここに来た理由があるのだろうか? なんて考えても答えなんて出てこない。私に出来ることは魔王様とチェル様の話を聞くことだけだった。


「それは困るな。君にいてくれないと困る」

「言葉など嬉しくない。なら金でも寄越せ」


 ドライだ。魔王様に誉められるなんてのは名誉なことだと思っていたが、チェル様は違うらしい。

 金さえ貰えれば。暗殺者みたいだ。


「金? なら仕事を頼んで良いかい? もちろん、給料を増やす」

「仕事? 内容次第だ」

「姫のことを君に頼んで良いか?」


 頼む。何だろう? 監視だろうか。確かに逃げたりしないか見張るのは大事だ。

 チェル様は顔が良いし、嬉しい。だがこんな表情をしていると気が引ける。


「は? 面倒事はごめんだ。お前が勝手に拾って来たんだろう。世話が出来ないなら元の場所へ返してこい」


 断るだろうとは思っていた。だが断り方は予想外だった。元の場所へ戻せ。ゲームとしてはアウトだが、気持ちはわかる。巻き込まれた身だが申し訳なくなる。


「それは出来ないな。彼女はこの城にいる必要があってね」

「理由を簡潔に言え」

「まだ厳しいかな」


 魔王様はふふと柔らかく笑った。その表情と正反対にチェル様の眉間の皺が増えていく。


「わけありの姫なんてごめんだ。俺ではなくてラビアとかはどうだ? 他にもいるだろ? ってまず拾ってきたお前か」

「私よりもチェルが適任と思っただけだ。君は人だろうが魔物だろうが関係なく接するだろう。チェルが一番安心出来るんだ。中途半端に興味を持たれるのが一番困るからな」

「確かにこいつに興味を持つヤツは多そうだな」

「関わらないようにするのはチェルくらいだよ。姫の世話はラビアが良いと思ったが、この子は聞き分けが良すぎる。ラビアに振り回されるのも可哀想だろう。君みたいに適度に干渉するくらいが丁度良い」


 魔王様はラビア様を探していた。私の監視はラビア様なのかな。二人の会話を聞きながらそう思った。ラビア様はどんな方なんだろう。振り回されるの部分が気に掛かる。

 とりあえず聞き分けが良いと人質としてばっちり評価を貰っているので、大人しくしていよう。


「……お前の言うことは一理ある。わかった。確かに無口な姫にはあいつは煩すぎる」


 チェル様がため息をつきながら言った。チェル様が私の監視?


「頼んだよ。仕事の方で調整が必要になったら遠慮なく言ってくれ」


 聞き間違いではないだろかと思いながら二人を見ていると魔王様が言った。

 どうやらチェル様が私の監視をしてくれるようだ。チェルさんは格好良いし嬉しい。だが面倒事を増やしてしまったのは間違いない。なるべくチェル様の手間をかけないようにしよう。


「姫。だそうだ。面倒なことはしたくない。大人しくしていろ」


 逃げるなと言うことだろう。もちろんだ。チェル様の監視はなんとしても死守するところだ。


「は、はい! もちろんです! よろしくお願いします」

「わかれば良い。今から寝床に連れて行けばいいんだな」


 思い切り頭を下げて挨拶をする。チェル様は無表情のままだ。興味がないんだろうな。それよりもまずは荷物だ。


「はい。急いで荷物を」

「姫。チェルはこう見えて四天王だから、実力は折り紙付きだよ。安心してね」

「四天王?」


 バッグを持とうとしたら魔王様が言った。四天王。魔王様との話を聞いているとそれなりの立場の方だとは思っていたが、まさかそこまで上の立場の方とは思っていなかった。


「四天王最弱だ」


 凄い魔物さんだ。そう思いながらチェル様をちらりと見るとチェル様は魔王様の言葉を否定するように言った。最弱。そこは大事なところなのだろうか?


「それだったら、ユンのがか弱いと思うが」

「いや、俺のが弱い」


 この城は弱い方が良いのだろうか。意外な光景に思わずチェル様を見ていると私の視線に気付いたチェル様がこちらを見る。


「なんだ? 何か言いたいことがあるのなら言え」

「い、いえ。こう言うのって強い方が良いのではないかと」

「力を持ちすぎると変なのに関わられるだろう」

「確かにそうですね」


 チェル様の言うことはわかる。

 だけれど、前世でゲームをたしなむ程度に楽しんでいた私には違和感があった。どちらかというとみな最強を目指す。強さが指標。四天王に対してそんなイメージを持っていた。


「他に何かあるか」

「いえ」

「そうか。ならさっさと寝床に行くぞ。魔王。牢屋なんて作っていないだろ。どこへ連れて行くんだ?」

「来客用の宿泊部屋があっただろ。そこを案内してくれないか?」

「何考えているんだ? 人質じゃないのか?」

「客人だよ。そうだチェル。彼女の荷物も一緒に運んで置いてくれないか?」

「荷物?」


 私が持とうとしている四つのバッグを見るとチェル様が苦い表情をした。


「自分で運べます。私の荷物ですから」


 早速の面倒事になってしまう。急いでバッグの持ち手を持つ。二つは持てるけれど残りの二つは厳しそうだ。人質だし往復して荷物は運べないだろう。厳しいなんて言っていられない。残りの二つに手をかけようとした瞬間、白い手が私の横からのび、荷物の取っ手に触れる。

 手の主を見るとチェル様だった。私を見ながらため息をついた。


「持ちきれないだろ。俺が持つのはこの二つでいいんだな」

「はい。ありがとうございます」


 持ってくれるみたいだ。今までの言動からは考えにくくビックリした。私はいっぺんに持つことが出来ない。ここはチェル様のお言葉に甘えよう。

 そのままお礼を言うとチェル様は荷物を持ち上げた。


「ほら。さっさと行くぞ」


 そしてそのまま何処かへ歩いて行った。チェル様に遅れないようにしないと。

 手を振る魔王様に一礼をして急いでチェル様について行く。

 言葉は乱雑だが、チェル様は実は優しいかもしれない。顔も綺麗だし、嬉しいな。そう思った私は単純のようだ。

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