囚われの姫に転生しましたが、勇者が助けに来た後はバッドエンドまっしぐらなので、それまでに魔王城で素敵な思い出を作ります

黒崎ちか

クエスト1 魔王城と囚われの姫▼

プロローグ

 私は今日、魔王にさらわれる。


 部屋のバルコニーから夜空に静かに輝く満月を見ながら、私はこれから起こることを考えていた。


 もう少ししたらこの綺麗な満月を隠すように黒い羽が空を覆い、私が今立っている辺りに真っ黒な男性が現れる。

 黒い髪で黒い服。全身が黒で覆われている男性だ。目だけは何故か赤く、ひときわ目立っていたな。そしてその男の人は私にこう言うんだ。


「姫君。あなたを迎えに来た」


 そして私はその男の人—―。魔王にさらわれる。

 それからはそのまま魔王城に囚われ、助けに来た勇者が魔王を倒して、私は城に帰る。所謂王道ファンタジーな展開だ。


 なぜ未来を知っているか。それは私が持っている前世の記憶のおかげだ。

 その記憶がここが『アヴェンチュラーミトロジー』の世界で私が囚われの姫、『エリーゼ・ロンディネ』だと導いた。


 彼女のキャラデザと同じく私も金髪のような銀髪のようなキラキラした髪に黒い目をしていて、ロンディネの城もゲームのマップと同じ間取りだった。

 私の部屋の棚にある薬草と毒消し草もゲームの通りだし、わかる範囲で全て一致していた。なのでここはアヴェンチュラーミトロジーで私はエリーゼ姫で間違いないだろう。


 そう気付いたのは七才くらいからのころ。何かがあった……わけではないな。きっと。私の記憶が実はアヴェンチュラーミトロジーで遊んでいたことしか残っていないことに気付いたから。

 足し算や引き算なども覚えているが、勉強した記憶がすっぽりと抜けている。ラーメンやステーキが美味しかったのは覚えていてもその前後の店に入った記憶はない。だけど気味が悪いことにそれに今でも違和感はない。


 って、それよりもアヴェンチュラーミトロジーだ。

 このゲームは魔王にさらわれたお姫様を助けに勇者様が奮闘する王道RPGだ。


 私は序盤と終盤だけと言う出番のわりに印象が大きいお姫様。

 テンプレ通り魔王に捕まり勇者に助けて貰うが、他の姫と結末は少し違った。エリーゼ姫は助けに来た勇者とは結ばれず、他国へ嫁ぐ。ぽっと出のお姫様だ。


 なんとも言えない結末なのは、クリア後のおまけ要素が原因だ。このゲームは勇者を倒した後にお姫様か幼馴染みの女の子いずれかと結婚が出来るというシステムがある。

 こう言うと二択のように聞こえるが、ぽっと出の姫はモブのような扱いだからか、実際は一択だ。

 ストーリー上も幼馴染みと結ばれるように意図的に作られていたし。そしてあぶれた姫はどこかの国の王子と結婚する。ようは政略結婚。つまり私の未来はバッドエンドだ。


 いや、私の見た目は姫らしく可愛いし、面食いの勇者だったら私を選ぶかもしれない。そしたらこの国で平和で過ごす。あっ。こちらの方がバッドエンドだ。なぜか私がこの城の人たちに命を狙われているからな。


 毒を盛られることは日常茶飯事だし、直接私を殺そうとした人もいる。ナイフを持った人がタックルされそうになった時は死ぬかと思った。

 なぜかその瞬間に雷が落ちるという奇跡が起き、九死に一生を得た。


 それ以降も何回か殺されかける事はあったが、そのたびに謎のラッキーが働き、今は毒を盛られる程度になっている。毒を盛られる程度と思ってしまうのは悲しいけれど。


 心当たりは……黒い目とか? どうやら私の黒い目は嫌われているらしい。だいたいの人が目を合わせようとしないし、不気味だなんて言っているのも聞こえたことがある。

 けどたかが目の色くらいで殺すなんて普通ありえないでしょ。だからこれは却下した。後はワガママなお姫様とかかな? 毒入りご飯を一切手につけないグルメでワガママなお姫様という自覚もある。それはそちらが原因だ。

 わからな過ぎて殺したくなるほどに可愛いなんて理由も考えたが、それにしては私に対して殺意を抱く人が多すぎる。


 なんでエリーゼは殺されかけているんだろうな? 裏設定資料集の記憶はないが、あったら読んでみたいものだ。きっとお姫様派が増えるに間違いない。

 ってそんな憂いている暇はない。急いで準備しよう。魔王の目的は記憶に残っていないが、大人しく、従順だったら今と同等の生活は出来るだろう。


 急いで部屋に戻りクローゼットへ向かうと毛皮を羽織る。牢屋は寒いだろうし、上着があった方が良い。服の一部なら大丈夫だろう。大人しく捕まるんだから、これくらい反抗させてもらおう。

 羽織り終えると再びバルコニーへ向かった。バルコニーは夜と言うこともあり、冷えるはずだが、上着のせいか温かい。むしろ暑い。牢屋に入るまでの我慢だ。ここで我慢すれば冬に凍えずにすむ。


 我慢しながら満月を眺めているとしばらくして視界の先にある月に羽のような黒がぽつぽつと現れる。

 なんだろうと月を見るように一歩前に出ると後ろから低い男性の声が聞こえた。


「おや。私が来ることがわかっていたのかい? エリーゼ姫」


 その声色は柔らかかった。振り返り声の方向を見るといつの間にかワープしたのか、ゲームで見た魔王が立っていた。

 ラスボス戦で見た冷徹なはずの赤黒い目は慈愛がこもった柔らかい目つきだった。口元もわずかに綻んでいるようだ。ん? ゲームと違う。いや。ゲームはドット絵だったから細かい表情はわからないか。


「はい。えーっと。魔王様。ですよね?」

「うん、そんなもんかな。魔の者達に長として担がれているからね。私の名前は――。ふふっ。魔王で良いかな。初めましてお姫様。君を迎えに来たよ」


 魔王は私の前に立つとまるで執事のように私に向けて頭を下げた。予想と違う光景に戸惑いそうになる。


「はい」

「ふふっ。せっかくの月光浴を邪魔してしまってごめんね。ところで珍しい格好をしているね」


 魔王が私の服を見ながら言った。目敏いな。ここはスルーして欲しかった。


「夜は寒いですし」

「それでも。こんな格好だと暑くないのかい?」


 無理やり理由をつけるが魔王はそれを躱すように尋ねた。確かに今は六月だ。もう夏だというのに冬に着そうな上着はおかしい。けれど私の冬の牢屋生活がかかっているので、こちらも負けていられない。


「大丈夫ですよ」

「そうなのかい? この気候で寒いのなら、君の部屋は四十度くらいにしたほうが良いかな?」

「い、いや」

「だって、この格好でちょうど良いんだろ?」


 魔王のが上手だ。私が頭の中から捻り出した言葉を軽く打ち返してくる。


「暑いですが、ここから冷える? かなと思いまして」


 もう言葉が出てこない。色々な意味で冷え冷えだ。魔王城に持ち込めますように。頭の中で祈りながら言うが、勝ち目がないと思う。


「今日はこのままだ。暑いのなら脱いでしまった方が良いよ。それよりもお姫様。突然で悪いんだけど、今から荷物の準備を出来るかな」

「へっ、荷物?」


 予想外の言葉だ。幻聴ではないよね。恐る恐る魔王の言葉を反復するように呟く。それから魔王を見る。先ほどから変わらず優しい表情をしていた。


「うん。君は今から私の城に引っ越しをするからね。着替えとか。そうだね。部屋にあるものならなんでも持ってきて良いよ。もうこの城には戻って来ることはないからね」

「良いんですか?」

「うん。もちろん。ただ、時間がないからね。十分で問題ないかい?」

「充分です。ありがとうございます!」


 随分と慈悲深い魔王様だ。そう思いながら部屋へと戻る。

 十年近く考えていたこともあり、必要なものはすぐに準備出来た。クローゼットにしまっていたバッグを数個取り出し、着ていた上着を脱ぎ入れる。涼しくなった。それから急いで下着と服を入れていく。


 服を入れ終わり、他にないか考える。すぐに浮かんだのはベッドの下に隠している薬草と毒消し草だ。

 薬草はお腹が空いて力が出ない時の回復に使って、毒消し草は毒入りご飯を食べたとき用の常備薬。

 急いでベッドに向かうが取り出してから気付く。これは無理だろう。部屋の中にあるものは何でも良いと言っていたが、きっと着替えだけだ。そっと元の場所に戻し、バルコニーに行こうと振り向くと魔王と目があった。


「ひぃっ」


 驚き過ぎて変な声が出た。魔王はそんな私をみて小さく笑った。


「ごめんね。そんなに驚かせる気はなかったんだ。姫。ベッドの下に隠してあるそれは持っていかなくて良いのかい?」

「これは、薬草と毒消し草で」


 安心して下さい。持っていこうなどとは考えていないです。そう魔王に伝えながら薬草達を更に奥へと隠した。


「そうだね。随分と大事そうに保管しているみたいだが、持っていかなくて良いのかい? 必要なら持っていても問題ないよ」

「あ、ありがとうございます」


 優しい。魔王様のお言葉に甘えることにしよう。急いでベッドの下に隠していた薬草と毒消し草を取り出すと鞄につめる。他はもうないはずだ。いや、ここまで持っていけるだけで充分だ。


「魔王様。準備が終わりました」

「終わった? 武器や防具はないのかい?」


 魔王の前にバッグを四つ置き伝える。

 既にかなりの量なのに魔王は気にしていないようだった。それよりも武器。姫の部屋に武器があったら凄いと思う。回復役の類いもおかしいが、武器はそれ以上にない。それよりも魔王は私が武器の類いを魔王城へ持ち込むことに抵抗はないのだろうか。


「武器? 脱獄をするとは考えないんですか?」

「それだったらもう逃げているからね。ここまできちんと準備をしてくれるんだったら、心配していないよ」

「はい……」


 信頼してくれているのかもしれない。この信頼は崩せないな。


「回復薬なんてもっているから、武器もあるかと思ってしまったよ」

「えっと……これは常備薬です」


 その言葉に魔王の表情がわずかに暗くなった。どうしたのだろう。そう思いながらじっと見ると先ほどまでの笑顔に戻る。暗い表情は気のせいだったのではないか。そう思う程だった。


「そうか。そんなのを持ち歩いていないといけないなんてね。私の城に持ち込んでいけない物はないよ。強いて言うなら人間かな。だから私に遠慮などせず、君は好きなだけ持ち込んでくれ」

「も、もう充分です」


 目の前のバッグ達を見てから言う。充分どころではない。

 夏服、冬服、上着に薬草。魔王は何も言ってこないが大丈夫だよね? ドキドキしながら魔王の言葉を待っているが特に多いと言う気配はなかった。


「そうか。こんなに早くまとめてくれると助かるよ。まだ時間は少しあるが、さっさとこの城から出て行こうか」

「はい!」

「では姫を私の城へと案内するとしようか」


 魔王が笑った。それが合図だったのか私の荷物が羽でも生えているのではないかと思うほど優雅に宙を舞った。

 それから再び満月を隠すように黒い羽が舞う。羽に視界が覆われ真っ暗になった瞬間、私の体が浮いた気がした。


 思わず目を瞑る。直ぐに浮遊感はなくなり、再び足には地面の感覚が戻る。恐る恐る目を開け、足元を見ると足元が光っていた。いや私の視界が一気に明るくなったようだ。突然の明るさに目が眩む。目を守るように手を目の前に当てた。


 しばらくすると目が慣れてきた。そっと手を外し、周りの景色を見る。


 そこはまるでラグジュアリーホテルのロビーのようだった。視界に入るのは落ち着いた色のソファーに豪華なシャンデリア。床は鏡のように磨かれており、私の顔が見えそうだった。

 奥に受付のようなものもあるようだが、時間が遅いためか誰も居なかった。


 状況が飲み込めないが、まずは魔王を見る。魔王は私と目が合うとウィンクをしながら明るく言った。


「ようこそ、我が城へ」

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