第7話 天使領


 FWOでは、街から街への転移が可能だ。もちろん過去に訪れたことがある街でないと転移不可だが、逆に言えば他種族の領土だろうと一度訪れていれば転移可能ということである。


 この転移機能を使ってフェアリー領の最西部に位置するティスベルという街までやってきた私たちは、そこから更に西にある天使族の領地を目指して歩みを進めていた。一応コプリーンの街からドラゴニュート領へ行くという案もあったのだが、さすがに今ドラゴニュート領へと赴くのは危険だろうということでこちらにしておいたのだ。対ドラゴニュート用の装備という意味ではドラゴニュート領の方が豊富だが、こればかりは仕方がない。


「それで、具体的にどうするのかは決めてるんですか?」


 二人で肩を並べて歩く中、ニアが少し不機嫌そうに話を切り出した。


「一応はね。とりあえずはこのシモン地区の街に寄って転移できるようにしといて、そこから北に離れたタリル高原ってとこを目指すつもり」

「高原ですか…………」


 FWOでは、地形と天候が戦闘にまで影響を及ぼしてくる。例えば高原だと、地属性に大きな上方補正、水属性に小さな上方補正、ダメージ軽減率に下方補正がかかる。とはいっても基本的にはバランスを崩すほどの補正というわけではないので、モンスターと戦う分には無視しても構わない程度のものだ。

 そしてこの地形補正だが、これはその場所に出てくるモンスターの傾向をある程度示しているものでもある。つまり高原地帯には地属性のモンスターが多く、次点で水属性のモンスターが多いといった感じだ。天候の方は時間経過で変わるので出現モンスターの参考になることは少ないが、極端に雨が降ることが多い地域なんかだとその例にも漏れてくる。

 更にこの出現モンスターなのだが、地属性のモンスターは大抵地属性に関する装備品をドロップするのだ。なので、地耐性の高い装備が欲しければ地属性のモンスターを狩れよという一見矛盾したような事態が発生してしまっている。


「高原ってことは地属性ですよね。まずは防具ですか?」

「まあ、普通に考えればそうなるよね」

「…………というと?」


 ドラゴニュートというのは、攻撃面では火属性と地属性、耐性の方だと火耐性と水耐性、更に物理方面のステータスが高い種族だ。つまり高原地帯での狩りとなると、普通に考えれば地耐性の高い装備を狙うという目的になる。

 ところが何を隠そう、天使族というのは風属性と光属性のステータスが高い種族なのだ。つまり初期配置で天使領となっているところでは、天使が暮らすのに違和感のない地形となっており、タリル高原もその例に漏れず風のドラゴンが住む高原なんて設定で風属性のモンスターも多く出現する地域となっている。


「なるほど…………じゃあ風属性武器も狙えるってことですか」

「そういうこと。私がわざわざこっちで狩りするのを進めた理由もこれってわけ」


 FWOでは、基本的に遠距離攻撃スキルは属性ダメージ、近距離攻撃スキルはスキルダメージという判定になっている。つまり火属性と地属性さえ抑えれば、相手の遠距離攻撃のダメージを軒並み低く抑えられ、それは遠距離戦で優位に立てるということに繋がる。サラマンダーはスキル攻撃力が高いため、近距離戦も圧倒的不利というわけではない。なのでまずはこの遠距離戦で優位に立つことで、戦いを有利に進めて行こうという魂胆だ。


「まあ、それならこの洞窟を歩かされてるのも納得です」

「あはは…………ちょっと長いよね、これ」


 少し不機嫌そうなニアなのだが、その原因は今私たちが延々と歩かされているこの洞窟にあった。

 なんでもこの洞窟はローロン洞窟とか言う名前で、フェアリー領と天使領の間に聳え立つローデリアという巨大な山脈を登らずに通過できる唯一の手段なのだ。もちろんそんな大きな山を抜けるこの洞窟はやったらめったらと長く、モンスターも数種類しかいないため彼らのこともすぐに見飽きてしまう。

 とはいえ、これだけ歩けばそろそろ───


「ほら、出口が見えてきたよ」

「本当ですか!?」


 先程までの機嫌はどこへやら、ニアは私の言葉を聞いた途端に一目散に出口へと向かって駆け出していった。

 そんなニアが、逆光で私の視界から消えていく。そしてしばらくすると、その光の方から私を急かす声が響いてきた。


「うささーん!すごいです!すごいですよ!」


 無邪気なその声に、思わず頬が緩んでしまう。

 普段はかなり大人びたニアだが、こういうところはまだまだ子供という感じだ。それが可愛らしく、微笑ましい。


「今行くよ」


 そう返事をして洞窟を抜けた私の視界には、無邪気な笑顔を浮かべるニアと、天使族の領土と言われて納得できる、原始的な風景の中に光差す神々しい建築物が点在するというまさに天界のような光景が広がっていたのだった。

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