第4話 フレンド


 街の外は、幻想的な光景が広がっていた。

 緑生い茂る森。透明な水。猛る火山。冷たい洞窟。妖精の住まう場所としては、まさしくピッタリな場所だろう。

 なんでも基本的に初期配置というのは種族に適した環境になっているらしく、例えばサイボーグ領はサイバーパンクな世界だったり、ドラゴニュート領は高山や火山地帯が多かったり。ただ街の仕様だけはどこでも同じようなもので、そこの差異はほとんどないのだとか。


「んー!やっぱり凄いですね。これだけでもこの世界に来た意味が…………なんて感動してたらPKされたんですけど」

「まだ引きずってるの?」

「もちろんです。いつか絶対やり返してやりますから」


 口を尖らせて文句を垂れるニア。

 ここまで少し話しながら歩いてきただけだが、ニアについてわかったことがある。どうやら彼女、MMOについての知識は相当あるようだ。前にプレイしていたMMOがFWOの発売と共にどんどん廃れていき、未来がないMMOをプレイし続けるよりはと仕方なくこちらに移ってきたそうなのだが、何でも前やっていたMMOでは上位プレイヤーだったらしい。MMO廃人の小学生とか将来有望すぎて泣けてくる。


「さて、景色もいいけど、やっぱ戦闘もしておきたいよね」

「そうですね。うささんの方はどんな腕前なんですか?」

「んー、一応VRゲーは結構やってきたけど、最近は色々あって一か月くらいできてなかったからなー」

「一か月ですか。結構ブランクありますね」


 本当に小学生の感想か?ブランクとか言う?

 なんて思ったが、まあネット廃人だったら小学生でもそんなものかもしれない。私が小学生の頃なんて…………あー、いや、この話はやめておこう。


「でもレベル制じゃなくて助かったよ。レベル制MMOで一か月も差があったら絶対追いつけないし」

「そうですねー。私もFWOはリリース前から注目してたんですけど、レベル制じゃないからって少し様子見れましたし。それに、スキルにはレベルがあるみたいですけど、一でも最大でもそこまで理不尽な差はないみたいですよ。もちろん最大にしますけどね」

「そりゃそーだ」


 上げられるものは上げる。ゲーマーとしての性というやつだ。

 私は初期装備の片手剣を抜くと、その刀身を陽光できらめかせた。


「…………」


 たった一か月だったというのに、こんなに懐かしいものなのか。もちろん現実でこんな剣を見る機会なんてほとんどないし、ましてや手に持って振るうなんてありえない。これはゲームの中の私だけができる、この世界にいる証だ。


「…………どうしたんですか?」


 そんな風に感傷に浸る私を、ニアが覗き込んでくる。

 私は黙って微笑み返すと、剣をしまって歩き始めた。


「早くモンスターを探そ。スキル熟練度って、実際にスキルを使って伸ばすんだよね。まずは武器を一通り試して…………あ、魔法も確認しておかないと。それから…………」


 そんな風に呟きながら歩く私を、ニアはどんな顔で見ていたのだろうか。







「…………っ!ニア!」

「はい」


 巨狼の振り下ろし攻撃を盾で受け止め、カウンターというスキルで弾き返す。これは盾による、ダメージ軽減率が下がるがその代わりに受け止めた後に相手にノックバック効果を与えることができるというスキルだ。そうして生まれた隙に、ニアが攻撃を入れる。

 幾度かそれを繰り返すと巨狼はその姿を消し、私たちにゲーム内通貨であるゴールドとまだ使い道のよくわからない素材が与えられた。


「んー。こっちも結構ダメージ受けちゃうし、モンスター相手ならいいけど対人戦なら厳しそうだね。こっちの追撃が相手のタンクにカバーされちゃったら、それこそダメージレースで不利だし」

「ですね。これならダメージ軽減率に特化したスキルで受ける方がマシです。…………それにしても、うささんがガチの方でよかったです。こうして談義も捗りますし」


 急にそんなことを言うニアに、私は少しばかり怯まされる。


「…………そ、そう?私くらいの意見なんて、ネット見ればゴロゴロ転がってそうだけど」

「それはそれですよ。やっぱりこうして実際に試しながらじゃないと面白くないです」


 素直というか、歯に衣着せぬ物言いというか。

 小さくて可愛いその体躯からは印象の離れた随分丁寧で淡々とした言い回しも相まって、ニアには不思議な魅力がある。


「それにしても、上手いねニア。VRMMOは相当やり込んでるとは言ってたけど」

「当然です。本気ですから」


 本気……か。

 本気でゲームやってますなんて言ったら、大抵は笑われるのがオチだ。うちの親もそうだったし、もしかするとこの子の親もそうなのかもしれない。


「まああの四人組には手も足も出ませんでしたけどね」

「あの四人組?」

「私をキルした人たちのことです。もちろん不意打ちだったから何も抵抗できなかったっていうのもあるんですけど、それでも相当な手練れでした」

「ふーん…………PKに特化したパーティーなのかな。モンスター狩りよりPKの方が相当美味しいらしいし」

「私もしばらくしたらPKに移行しないとですね。もちろん同種族狩りはしませんけど。うささんはどうですか?」

「私もそのつもり。対人じゃないとイマイチ盛り上がれなくて」


 やはり中身がある敵を負かす方が気持ちいいし、負けた時の悔しさも心地いい。というかむしろ、私は負けるほど燃えるタイプだ。改善点を炙り出し、より磨きを上げる。次は勝つ、次は勝つと猛り、強者へ手を伸ばす。そうしている内が、ゲームは一番楽しいと思っている。

 そんな私の言葉に、ニアはパッと可愛らしい笑みを咲かせた。


「じゃあ、コンビ組みませんか?うささんとはいいコンビになれる気がするんです」

「ほえ?」


 しょ、小学生に告白された…………


「あれ?ダメですか?」

「そ、そうじゃなくて…………きゅ、急だったから、ほら…………」


 そんな風にどもる私を見て、ニアは小悪魔のような笑みを浮かべた。


「決まりですね。うささんも嫌じゃないみたいですし」

「え…………う、うん」


 嫌じゃないみたいって、それはそうだけど…………私そんなに嬉しそうな顔してたのかな?やだ、ロリコンだと思われたかも…………


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