第3話 サラマンダーの少女


 私はどうしようかと悩んだ末に、困った表情を浮かべながらその子に視線を合わせるようにしてしゃがみ込んだ。

 しかしその子は私のことを見ているのかいないのか、私から少し離れたところで立ち止まったまま一向に口を開こうとしない。とはいえ私がその場を離れようとすると、私の顔をちらりと見上げてくるもので、何とも逃げ出せる雰囲気でもなかった。

 VRゲームというのは、身長に関して現実へ悪影響が出ないようにと変更することがタブーになっている。つまりはこの少女…………見たところ小学生ほどと思われるこの少女は、実際にそのくらいの年齢というわけだ。どうしてゲームに来てまで子守りみたいなことを…………なんて内心で悪態をついていると、その少女はようやく言葉を語り始めた。


「あの…………ごめんなさい。シルフの初心者の方ですか?」


 その口調はとても丁寧で、グズッた子供というには些か大人びているものだった。

 しかし、面と向かって初心者ですか?なんて、大したタマだ。


「まーそうだけど、あなたは?」

「あっ、女の人…………なんですね」

「えっ?うん、そうだけど」


 私の返事を聞いた少女は、特に落ち込むといった様子でもなく、淡々とこんな言葉を言ってのけた。


「ごめんなさい。優しそうな男の人かと思って、つけこもうかと…………」

「…………」


 とんでもねえガキだな。なんて思っても口に出したら失礼だが、この子がやっていることと言えばまさにそれと同じだ。

 私がため息を一つついてその場を立ち去ろうとすると、その少女は慌てて私の腕を掴んできた。


「あっ、ちょっと待ってください」

「なに?」

「あの、さっきのはその…………本音なんですけど、困ってるのは本当って言うか…………」

「…………で?」


 これは話を聞くまで開放してくれなそうだな、と長年の経験で判断した私は、渋々話の続きを促す。


「その、私も今日始めたばかりなんですけど…………キルされてしまって…………」

「そう…………でもこれPK推奨ゲーなんだし、そこまでエグいデスペナ…………あー、PKとデスペナっていうのは…………」

「あ、いえ、大丈夫ですよ。MMO自体の初心者というわけではありません」


 そりゃそうか。MMO初心者だったら躊躇なく他人につけこもうとしないよな。

 なんて妙に腑に落ちた私は、その言葉を続ける。


「エグいデスペナがあるわけじゃないでしょ?」

「はい。ですが、ちょっと予想してなかったっていうか…………」

「予想?」

「はい。私、ウンディーネの集団に襲われてキルされたんです」

「ウンディーネの…………まあ、サラマンダーってウンディーネに弱いらしいし仕方ないんじゃない?」

「いやいや、こんな年端もいかない女の子を同種族の集団が、ですよ?しかも、キルした後に初心者かよ旨くねーななんて舌打ちまでされるし…………あいつら覚えとけよ」


 勝手に一人でヒートアップするその少女。っていうか口悪いな。

 まあ気持ちはわからなくもないが、そういう輩はどこにでもいるものなので割り切るしかないだろう。そんなことより、それと私を呼び止めた件がどう結びつくのかの方が気になるところだ。


「…………まあ、ネットでの評価は知っていましたし覚悟はしていたんですけど、ここまでとは…………」

「ここまでって、別にその人たちがレアなんじゃない?ほら、この街はみんな仲良さそうだし」

「えっ?…………あれ、ホントだ。っていうか、この街なんかしょぼくないです?」

「それはわかる」


 完全に同意の意を示すと、その少女は少し余裕が出てきたのか、なんとも男ウケの良さそうな仕草をした。


「うーん、私がいたのはもっと賑わってる街だったんですけど…………」

「ここより?」

「はい。でも、こことは違って大体が同じ種族…………っていうか系統?の人たちで固まってました」


 つまり、サラマンダーはサラマンダーで、ウンディーネはウンディーネで、ということだろう。

 この子の話が本当だとすれば、主な思想はネットの評価通り同じ系統で固まるという方向なのかもしれない。そして、それに反発する人たちがこのしょぼい街に集まってきている…………と推察することもできる。


「はー。それなら最初からこっちに転送されたかったです…………あっ、でもそうなってたらお姉さんとは会えてなかったかもしれないので、これでよかったかもしれませんね」

「…………」


 うーん、百点満点。

 しかしこの子、その萌え仕草は素でやっているのだろうか。まさか私に対して女だとわかった上で媚びを売っているとも考えにくいし、だとするといっそ拍手を送りたくなるほど洗練された姫ムーブである。


「で、私に何か用?」

「あ、すみません、話を逸らしてしまって。用っていうのは、その…………私を護ってくれる人はいないかなーなんて…………」

「護るって、初心者のシルフに?」

「あはは…………そうですよね。でも、PKにあった後だと怖くて…………私でも勝てる人じゃないとちょっと…………」


 自分より弱い人に護ってもらうなんて、本末転倒では。と思ったが、よく考えたらこの子からしたら肉壁みたいなものか。っていうかサラリと私には勝てるって言いのけたな。

 とはいえ、PKされて傷ついている少女を放っておくというのも気が引ける。…………あーいや、この少女はそういう心につけこもうとしているわけだし、おあいこって考えができなくもないが…………私的には自分の気持ちと他人の思惑とは切り離して考えたい主義だ。たとえそれが利用されているとしても、できる限り自分の気持ちを大切にしたい。ましてやゲームの中なんて、騙されて失ったとして困るようなものも少ないわけだし。


「これから街の外に行くつもりだったけど、一緒に行く?」


 そんな私の信条に従ってそう声を掛けると、その少女は年相応な笑顔を咲かせた。


「……!その、ありがとうございます」


 その少女の言葉に、私は思わず笑みをこぼした。

 人の優しさに、こうも素直に感謝を言えるというのは一つの才能だ。遠慮がちに言われるよりは、こんな笑顔で感謝される方がこちらも気分が良い。


「あっ。私、ニアっていいます」

「うさ公。よろしくね、ニア」

「うさ公…………うささんですね」

「まー呼び方は何でもいいけど…………行こっか」

「はい」


 こうしてサラマンダーの少女・ニアと出会った私は、街の外を目指してその足を進めたのだった。


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