第2話 コプリーンの街


「おぉー…………これが私の…………いや、ちょっとボーイッシュすぎませんかね?これ」


 なんて独り言を呟きながら街のショーウィンドウに移る自分の姿をチェックしているのは、言うまでもなく私だ。

 肝心のその姿は何とも中性的なもので、細長くとがった耳にライトグリーンの短めに揃えられた髪。身長はまあ、感覚からして高校一年生の女の子である現実の私と同じものだろう…………というか、そうじゃなかったら違法だ。顔はもちろん整ったものだが、中々女の子というには少し違和感が拭えないような、言わば漫画に出てくる女子高のイケメンちゃんみたいな顔をしていた。


「はあ…………まー別にいいけど。それより…………」


 たしか私の転送先は、ランダムなフェアリー領の街だったはずだ。

 周囲を見渡してみると、たしかに同じように耳がとがった人で活気があふれている。その中では更に、赤い髪の人、青い髪の人、緑の髪の人、茶色の髪の人といった四種類に区分でき、おそらくこれがサラマンダー、ウンディーネ、シルフ、ノームなのだろう。

 肝心の雰囲気はネットで騒がれているようなものではなく、みんな明るい笑顔を放っていた。もちろん違う色の髪の人同士でじゃれている姿も見受けられるし、決してギスギスしていると表現できるようなものではない。


「…………ま、ネットの評価なんてそんなものだよね」


 きっとネットで言われているような側面もあるのだろうが、往々にしてネットの意見というのは過剰に表現されるものだ。それこそ、フェアリーでプレイしている人以外が、他種族に人が流れてしまわないようにヘイトスピーチとしてそんなことを言っているのかもしれない。


 さて、そんな風に一安心したところで、私にはやるべきことがある。VRMMOを始めたらまずやらなければいけないことの一つだ。

 それは、世界観の確認。街や外を回って、この目でこの世界が私に合っているか確かめること。それをしなければ、何も始められない。…………なんて、私は個人的にそう考えている。

 そんなわけで、一通り街をぶらりと回ってみたのだが───


「んー…………なんか、全体的にしょぼい?」


 私がそんな感想を抱くのは、無理もないことだった。

 実はこの街…………コプリーンという街だそうだが、初期設定でかなりレベルの低い街として設定されていたのだ。街のレベルが低いというのは、序盤の街というわけではなく、文字通り街自体のレベルが低いという話だ。そもそもFWOはレベル制を排した完全スキル制なので、どこに居ようと出てくるモンスターにそこまで強さの違いはない。


 それでは、街自体のレベルというのはいったい何なのか。それを説明するには、まず領主システムから説明しなければならない。

 FWOがリリースされてからちょうど一か月が経った時、遂に領主システムが実装された。領主システムというのはその名の通り、その種族の領主となるプレイヤーを選び、そのプレイヤーにその種族にまつわる様々な設定が一任されるというシステムだ。

 まず、プレイヤーは常時領主投票というものを行うことができる。これは領主に立候補しているプレイヤーの中から、○○を支持または誰も支持しないという票を設定できるというもので、もちろんそこで最も多くの票を獲得しているプレイヤーが領主に選ばれるというわけだ。

 そしてこの街のレベルという話だが、領主は自分の領地内の街を自由にカスタマイズすることができるのだ。例えば施設を変更したり、施設のレベルを上げて豪華なものにしたり。もちろん領主が自分のためだけに無茶苦茶なことをしてしまえば、すぐに支持率が下がり領主交代が起こってしまう。なので各種族の中で誕生した第一代目領主様たちもまだほとんど初期の状態のまま様子を見ているそうで、初期設定で施設レベルの低かったこのコプリーンはフェアリー領の中でも特に施設レベルの低い街になっているというわけだ。


「考えようによっては、こんな田舎っぽい街でも人がいっぱいいるくらい盛り上がってるってことなのかな。まー誰でもゲームで稼げるって考えれば当然かもしれないけど…………」


 ちらり、と近くの店の壁を見る。

 そこにはどう考えても現実のスーパーマーケットと思われる店のコマーシャル映像が流れており、それは一瞬ここが現実だと錯覚してしまいそうになるものだった。

 しかし、よく考えたものだ。おそらくこの広告費やらで、プレイヤーがゲーム内通貨を現実の商品へと還元する費用を賄っているのだろう。そして実際に金銭ではなく生活必需品なんかと還元させることによって、ユーザーを他の娯楽には流出させないようにしっかりと縛り付けておける。

 そういえばあのスーパーマーケットの商品への還元はセールだとかなんだとかでちょっと安くなっているみたいだったし、このシステムを新たな商機として契約を望む会社も多くあるのかもしれない。


「全く、ゲームに来てまで現実のことなんて…………」


 などと悪態をついてはみたが、あのスーパーマーケットはいつも私が利用しているところだ。もし食費なんかをここで賄えれば仕送りから私が自由にできるお金も増えるし、私が還元システムを使うとすれば候補の筆頭である。


「…………ま、まあ、とりあえず街の外の方も回って───」


 私が気を紛らわすようにそう声を出している時、ふと私に近づいてくる何者かの気配を感じた。

 私が少しばかりの警戒心を漏らしながらそちらを振り返ると、そこには物凄く悲しげな瞳で俯く、サラマンダーの少女が立っていたのだった。

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