異世界のバレンタイン 1
「魔女の秘薬ぅ〜?」
カミラが胡乱げに言うのに対し、
「そうよっ!それも効果絶大なんですって!」
ミリディアナはハイテンションで答える。
「いや、私達だって魔法使い、いわば魔女でしょ?わざわざ買う必要ある?」
「そりゃそうだけど、魔法には属性があって基本自分に合った魔法しか使えないじゃない?現に私達には魔女の秘薬は作れないでしょ?」
「“魔女の秘薬“って名付けりゃどれでも当てはまるんじゃないの?」
「も〜カミラってば夢がない!秘薬は秘薬でも、“恋を叶えるおまじない“が込められた秘薬なんて聞いたことないじゃない?!」
「そりゃないわよ。求めたこともないし。だって、」
「学園内でも凄い噂になってるし社交界でもこっそり買い求めた夫人やご令嬢が」
「__はぁ?」
胡乱げな声に呆れが混じったことにミリディアナは気付かないのか、
「そのせいで精製が間に合わないとかで、値段が高騰するかもという話も出たけれどそれは「ちょっと待ちなさいミリィ」、え?」
「今、社交界で誰が買ってるって言った?」
「夫人や令嬢が__」
「本当に?」
「え えぇ、ただ噂が一人歩きしてるわけではなくて実際に買った人がいることは確かめたわ!」
誇らしげに宣言するミリディアナにため息を吐いて、
「これが未来の王妃って大丈夫かしらね。どう思う?アリス」
元々この席にいながら先程からひと言も発さずにいたアリスティアが曖昧な微笑みを浮かべて「あのぅ、ミリディアナ様……ご令嬢はともかく既婚のご夫人がたがこぞって購入なさるというのは、ちょっとおかしいのでは?」と言うと、
「はっ……!」と絶句した。
そうなのだ。
“恋を叶える秘薬“というのはつまり、現在片想い或いは現在の友達状態から一歩先に進みたい等の状態の人が求めるものであって__、購入者は独身なのが前提ではなかろうか。
それを堂々と購入しようものなら、既婚者でありながら意中の人がいると言っているようなもの。
倦怠期を脱却したい夫婦のパターンもあるかもしれないが、そんなものを求めた時点で「現在夫婦仲が上手くいっていない」と宣言しているも同じであるから、どちらにせよ人目も憚らず言ったりしないはずだ。
その辺の考えに漸く至ったミリディアナは頬を赤らめて「そ、そうよね……じゃあどういうことかしら?」と疑問を口にした。
これに対して、
「一、実際購入した人は然程多くないにもかかわらず話を大きく吹聴してるヤツがいる。
二、買って大して効果はなかったけど騙されたとは言えないから効果絶大だったと自慢してる見栄っ張りがいる。
三、秘薬を作ってる魔女本人が売りこむために噂を広めてる__てとこかしらね?」
とカミラは容赦がなかった。どれもロマンの欠片もない。
「一番可能性が高いのは三ね、それで秘薬がバカ売れすれば大儲けだもの」
「そんな……、」
(確かにその可能性が一番高い。タイミングがタイミングだし)
乙女ゲームのヒロインに転生しながらどちらかといえばカミラの思考よりのアリスティアはそう思ったが、
「ねぇカミラ、貴女その年で枯れすぎじゃない?アリスもそう思うわよね?」
と水を向けられて困った。
アリスティアは前世でも今世でもおまじないに頼ってまで恋を叶えようと奮闘した経験などないし、これからもないと確信している。
第一、まで考えたところでカミラが「ねえミリィ、訊きたいんだけど」と自分の思考に沿った質問を決めてくれた。
「万一その秘薬が本物だったとして__私たちの誰が使うの?」
そう。
ミリディアナと婚約者のアッシュバルトは相思相愛だし、カミラと婚約者のギルバートも(ちょっと普通とは違うが)仲が良い。
アリスティアとアルフレッドも婚約して日は浅いが上手く行っていると言えるだろう。
つまり、今から“恋愛成就“を祈願する必要などないわけである。
だが、今こんな話題が盛り上がる理由はわかりきっている。
転生者であるセイラが伝説の王妃として語り継がれている世界だからか、この国にはバレンタインがあるのである。
(セイラ妃殿下って内政チートして日本食文化取り入れたりとかはしなかったみたいなのに、ちょこちょこ前世で聞いたことあるような催しあるんだよねこの国……レオン陛下には死ぬまで内緒にしてたそうなのになんでバレンタイン普及してんだろ??)
セイラが「夫であるレオンにも言わず」に墓まで持っていったということから、彼女が転生者だったことは誰にも話せないアリスティアは脳内で一人ごちた。
「せいぜい凝った手作りチョコで婚約者を喜ばすくらいにしといたら?」
カミラに冷静に諭されたミリディアナは頬を膨らませていたが、「だったらせめて皆でやりましょうよ〜」とやむなく路線を変更した。
「あ それなら__……」
アリスティアはふいにセイラ妃殿下がジャヴァウォッキーに巨大クッキーを「あーん」していた図を思い出した。
(助けてもらったお礼に、ジャヴァウォッキーに作って持って行った方がいいよね?同じものは無理かもしれないけど、似たようなものなら)
とアリスティアはクッキーを作ろうと思いたった。
何故ここでもう一人の助け手である
一応「こういう感じの型はないか」訊いてみたところ、“セイラ妃殿下がお使いになっていたクッキー型“をすぐに出してきてくれた。
流石“伝説の王妃“ご謹製とあって保存状態も完璧である。
半ば感動しながらお菓子作りを始めたアリスティアをやや遠くから覗きみるアルフレッドは目に見えて落ち込んでいた。
「アリスティアがお城の厨房をお借りしたい」と言ってどんな材料を所望したのかは全て婚約者であるアルフレッドに報告が行っている。
“聖竜様専用クッキー型“が持ち出されたことからわかってはいたが、アリスティアは本当にそのサイズのものしか作っていない。
ついでで良いからもっとこう……、人間用とか身近な人間用とか婚約者用とか。
一緒に作っても良いんじゃなかろうか?
と盛大に突っ込みたいのを柱の影で堪えるアルフレッドは悲劇を演じる喜劇役者のようで笑え……、いや大変に痛々しく、笑いと涙、じゃない大層悲哀を誘った。
そう落ち込むアルフレッドに、
「まあ義理チョコくらいはもらえるんじゃない?一応は婚約者なんだし」と言ってのけるカミラに、
「一応じゃない!正真正銘の婚約者だって__、あ」
「は?」
いきなりフリーズしたアルフレッドを怪訝に見るカミラに、
「そうだバレンタインて確か貰うだけじゃなくお互いで贈りあっても良いんだよね!?俺がティアに贈ればいいんだ!」
と早足で去っていくアルフレッドに、
「……まあ、元気になったならよかったわ?」
カミラは珍しく、珍妙な顔で見送った。
ヒロインはゲームの開始を回避したい 詩海猫 @Alice-V
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