第四章 12
「アルフレッド王子!」
飛び込んできた金色の正体はカイルだった。
「お姫様の、いやあんたの婚約者の気配がこの城から消えた。転移魔法陣かなんかでどこかに移したのか?」
「いいや、お前の父親に拉致された」
「っ!……あいつ……!」
ギリ、とカイルが歯噛みする。
「__てわけで俺たちはこれから君の父親を成敗した上でティアを取り戻してくるけど、君はどうする?」
「__オレを使え」
「何だと?」
「言ったろ、オレには獣人の、“虎”の血が混じってる。あんたの婚約者の匂いも気配も覚えてる」
「………」
なんだか複雑な気分になったアルフレッドだった。
ついでに言えばアリスティアには守りの魔法のかかったペンダントも持たせているのでその石の気配ならば自分にも追える。
だが、
「それからこれが肝心だが__オレは“神速"が使える、あんたがあの時瞬間移動と間違えた足での高速移動の事だ。あれならすぐ追いつける」
続いたカイルの言に低く唸る。
「……全速で半刻は先を移動してる馬車にか?」
「半刻なら大したことはない、半日も先に行かれてたらさすがに難しいが__、」
「大したことないって、具体的にどれくらいだ?」
「測ったことがないから正確にはわからないが、数キロ程度ならすぐだ」
その場にいた全員が息を呑むが、
「だが、着いたところで相手は国王だぞ?護衛も、お付きの魔法使いだっている__君自身は戦闘能力は高くとも魔法使いではないんだろう?」
アッシュバルトが冷静に指摘する。
「魔法は使えないが耐性はある。奴らは地を走りながら周囲に警戒はしているだろうが、上からの攻撃は想定してない筈だからな。なんとかしてみせる」
「__空からだと?」
思いもつかなかったギルバートが戸惑ったような声をあげる。
焦りを必死に抑えているのは皆一緒だ。
そこへ、
「ねえ、あの時ティアを連れて使ってたんだよね?その、“神速”とやらを」
「ああ」
「俺を連れて行けるか?」
「少しスピードは落ちるが、あんたぐらいなら」
「俺だってお前に背負われるなんて御免だけど、背に腹はかえられない。頼む」
「わかった」
「手配するから、三分待って。まずバーネット嬢、君は城で待機してて。後は僕達がやる」
「なっ!」
「あいつは狂犬病だ、近寄らない方がいい」
「その狂犬に!アリスが捕まっているのでしょう?!」
「直ぐ連れ帰るよ、君に何かあったらティアが傷つく」
ぐ、となるジュリアに、
「狂犬を仕留めるのは僕らに任せて。君はティアが戻ってきた時に付き添う役目をお願い」
「………」
「確かに僕はティアを一人占めにしたいけど、ティアを仲の良い友人と引き離すつもりなんか、なかったよ?」
「……その説には大いに疑問が残りますが、今ここでの追求はやめておきます」
つい とジュリアが背を向けてその場を離れると、アルフレッドは苦笑を浮かべ見送った後、一瞬で顔付きをがらりと変え各所へ指示を出した。
「あの森に奴らが使える転移魔方陣はない。ギルバート!第一騎士団を率いて一行の後を追え。うち腕の立つのを五人ばかり選んで、駿馬に乗ってお前を含めた六名が先行しろ。アッシュはあの森一帯の領主マヌエル伯の邸に先触れナシに小隊連れて行ってみて。あの邸には陣が引いてあるからすぐ行ける筈だ。何か判れば〝伝魔法〟で連絡を。俺はカイルと一緒に急襲する__以上、散開!!」
ハッ !という声と共に皆が散っていくのを見て、
「あっちの王太子はダミーなのか?」
と訊ねるカイルの声をアルフレッドは敢えて無視した。
数分で身支度を整えて約束の場所に行くと、カイルの肩にアリスティアの使い魔猫のノエルが乗っていた。
アリスティアが“家族を守るように“と領地においてきたはずのノエルが今ここにいることも驚きだが、更に驚いたのはカイルの見た目の方だ。
「お前、なんだその姿はっ?!」
カイルの耳は猫…いや虎なのだろうが、尖った耳がピンと立ち、装束で隠れてはいるが尻尾まで付いて、いや生えて(?)いる。
「この状態の方が耳も嗅覚も鋭くなるんだ。いっそ完全に変身できればいいんだが、母親がハーフなだけだからな、これが限度なんだ。中途半端であんまり好きじゃないんだが、今は急ぐんだろ」
「あ、ああ……」
答えながらまじまじとカイルの耳を見遣る。
(コイツ、形態変化能力まであったのか……しかも)
「おい、じろじろ見るな」
「あぁ、悪い。ところでその肩にいるのって、」
(この美形にケモ耳はないだろう)
「ああ。あのお姫様の使い魔らしいな。主の異変を感じて飛んで来たみたいだから一緒に行くかって訊いたんだが魔嫌の森じゃ大きい姿を保てないし主の命令もあるから領地に戻るってさ」
「訊いたんだ?」
(会話も出来んのかよ?)
「同じ猫族だからな」
「あっそ」
(とりあえず、)
「悪いけどその姿は人目に晒さないように頼むね?」
「ああ。わかってる、気持ちのいいものじゃないからな」
(いや、そうじゃなくて)
「そんなんじゃないよ、隠し玉にしといた方がいいでしょ?そっちのが能力高いんならさ」
(ティアとか義姉上とかが喜んでモフりそう、彼女たちには知らせないようにしないと)
「わかった、行くぞ」
「ああ」
___尤も、今はそんなことを気にしている場合ではないのだが。
ノエルと別れて移動している最中、カイルは話を蒸し返してきた。
「さっきの話だが、なんであんたが王太子じゃないんだ?」
「良いんだよ、そんなのどっちがやったって」
「そんなもんか?」
「そんなモンなんだよっ!高速移動しながら話しかけんな!」
「__見えたぞ」
カイルとアルフレッドは空中からけばけばしい装飾の馬車が疾走して行くのを捉えた。
「思ったより進んでるな……それにあの馬車」
「ああ。普通のスピードじゃない。何か魔法具でも使ってるのか?」
「いいや、あの国はそんな真似はしない、おおかた馬に興奮剤かなんか嗅がせて度を超えた全力疾走をさせているんだろう」
「そんな事したら馬が目的地まで保たないぞ?」
「もたせようなんて思ってない、馬が倒れたら使い捨て、新しいのと取り替えればいい。人も、馬も__気に入った女も。そうやって生きてきた男だ」
言われてみれば、自分たちはアリスティアに何か仕掛けてくるなら魔法、若しくは
アリスティアの力は、“利用しなければ損“と考えるのが普通だからだ。
今回のように催眠療法レベルの魔法が絡んではいるが、物理的に“力技で攫う“などという発想はなかったに等しい。
何しろ「逆鱗に触れれば国が滅びる」というのが前提の「聖竜の乙女」である。
それを力ずくで攫って蹂躙しようなんて馬鹿がいようとは__。
「あいつは性欲の権化みたいな男だ、他国の暗黙の了解を理解するような思考は持ち合わせていない」
「__あぁ下半身が本能で動いてるだけだから、考えるなんて真似は出来ないんだな、なんとなくわかった」
うすら寒くなるような声でアルフレッドは会話を締め括った。
カイルの予測は正しく、馬に興奮剤を嗅がせてさらには痛覚や抵抗力などを麻痺させる術をかけ死ぬまで走らせる__これが急ぐルカスたちにとっての通常だった。普段は要所要所に替えの馬を置いておくが今回はこの森一帯の領主のマヌエル伯が全面的に協力しているため、その必要もなかった。
マヌエルはこの森の真ん中と森の切れ目でもある港に邸をかまえているが、森の中の館は普段使われていない。
このスピードであと一時間も走ればその館で変えの馬や必要なものは揃えておかれている手筈になっており、あまつさえこの男は「馬車でずっと駆けて来られるならば到着した時にはさぞお疲れでしょう、我が館で一晩なりと休まれていかれては?」
などと揉み手をしながら言ったのである。
レジェンディアの貴族でありながら__、ルカスが何をするつもりか、その“休む”が何を意味するのか、理解していながら。
一晩休んでいる間にもし追っ手が来たとしてもマヌエル伯が立ちはだかり、
「我が領地にならず者などは侵入しておらず、よって我が領地へ足を踏み入れる事ならず」
と止めてくれる手筈になっている。
”魔嫌の森“は基本不介入地域だ、適当な理由で足を踏み入れる事など許されない__たとえ王子であっても。
愚かにもマヌエル伯はそう信じて疑っていなかった。
一方、目覚めたら走っている馬車の中でルカス王に抱えあげられたアリスティアは、この馬車はどんなに荒っぽく走っていようと快適に過ごせるよう贅を尽くして仕立てられており、外部からの魔法攻撃に備えあらゆる防御魔法を仕込んだ素材を使い、さらにその上に防御魔法を多数展開させている為、どんなに外から魔法攻撃をくらってもびくともしない。
御者の横には魔法使いも控えており、誰にも止める事など不可能__そう聞かされて白い顔を青くしていた。
だが、マヌエル伯は一つ勘違いしていた。
確かに”魔嫌の森“は不可侵領域だがそれに関して明確な条約等は存在せず、セイラとレオンハルトの治世からそれは変わらない。
聖竜の加護と引き換えの盟約によりセイラが取り計らった結果であるからだが、その事を広く一般に認知させる事はせず、自然の赴くままに任せていたからだ。
何故なら知っていたからだ、森の状態も、そこに住まう人の意識も___忘れたら勝手に破滅するだけだと。
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