第四章 13
「やめて!放して!」
疾走する馬車の室内で少女__アリスティアが悲鳴をあげている。
アリスティアは今馬車としては異常なほど快適かつ、豪奢な部屋ともいうべき場所で暴行されかかっていた。
金の髪に野生的で筋骨隆々な男__ルカスは嫌がるアリスティアを自分の両足の間に力ずくで座らせ、胸を服の上からとはいえ荒々しく揉みしだいていた。
その目は爛々と輝いており、完全に
アリスティアの抵抗など歯牙にもかけず舌舐めずりしながら髪に顔をうずめ、耳や首に舌を這わせ……やがて衣装の胸元をもどかしげに引き裂くと、胸に直接手を這わせ始めた。
「やっ……!」
アリスティアはルカスのあまりの躊躇いのなさに戦慄する。
その手は乱暴に豊かな乳房を鷲掴みにし揉みはじめる。
「柔らかいな。肌も今まで抱いたどの女よりも滑らかで触り心地も良い__思った通り、良い躰だ」
「嫌!!離、痛っ!」
乱暴に乳房に食い込んでいた指が先端を掴み、急な痛みに声をあげるがその手はどこまでも無遠慮で、むしろその声に興奮したようせわしない動きに変わる。
アリスティアの顔から徐々に血の気がひいていく。
違う。
アルフレッドに触れられた時は怖かったけど、こんなねっとりとした気持ち悪さがこみ上げて来る事はなかった。
ざわざわと悪寒が這い上るのに、振り解く事が出来ない。
「諦めろ。あ奴らが追いつく頃にはお前の
下腹部をさすりながらそんな事を宣われひゅ、と上手く息が出来なくなる。
なのに、おぞましい予告はまだ続く。
「知っているか?子宮がいっぱいになるまでココに子種を注いで入り口を塞いでいると、中から子種が流れ出すのを止められてお前の
耳元で低く囁かれた言葉にアリスティアは凍りつく。
ルカスは楽しげに体中をさらに乱暴な手付きでまさぐり始め、アリスティアはさらに悲鳴をあげた。
「!」
走る馬車を目の端に捉えてすぐピリ、とカイルの纏う気配が変化し、同時にアリスティアに渡した守護石から異常を感じ取ったアルフレッドが尋ねる。
「〝虎〟の耳で何か聞こえたか?」
「悲鳴が聞こえた__お姫様が危ない」
「っ……急げ!」
返事の代わりにカイルは高く跳躍した。
「アレの母親は獣人の血を引いていると聞いて興味がわいて召してみたのだが、さすが魔獣の血を引くとあってなかなか懐かぬ野良猫のような女でなぁ」
一方的に話し出すルカスに嫌悪感が湧く。
___こんな状況でそんな話をし出す神経にも、その内容にも。
「だが、金の瞳に金の髪で猫のような肢体で実に良い体をしておってなぁ、獣人の血を引くといっても所詮は小娘、組み敷いて純潔を奪った後はおとなしくなってひいひい鳴くのが可愛くて、飽きるまで可愛がってやったわ」
アリスティアはゾッとした。
こいつこそ獣だ。
アルフレッドに触れられた時だって獣みたいだと思って怖かったけどこんな気持ち悪い感じはしなかった。
そう、怖かっただけなのだ、知らないアルフレッドの表情が。
それの意味するところに、漸くアリスティアは気づく。
触れられたのが嫌だったわけじゃない。
今まで見た事のないアルフレッドの表情が怖くて、竦んで、全力で泣いて拒否したけれど、アルフレッドはこの男みたいな劣情を自分に抱きながらも、ずっと抑えて来ていた。
私の心が整うまでは、と。
それがカイルの出現で一瞬抑えられなくなっただけ___だとしたら、やろうとしてる事は一緒なのに、ただただそれを無理矢理ぶつけて来るだけのこの男との違いは。
私は、大事にされていたんだ。
そこまで考えて、ふいにアリスティアは冷静になる。
こいつは「間に合いはしない」と言っていたけど。
いつだって、
今だって、きっとすぐ近くまで来ている。
大丈夫。
間に合わない事なんてない。
そのアリスティアの想いに呼応するかのように辺り一帯に声が響いた。
「馬車を止めろ!中を改めさせてもらう!」
魔法で拡声されたアルフレッドの声に、アリスティアは安堵の息を吐くが同時に口元をルカスの大きな手で覆われる。
「これはレジェンディアの王子、理由もなく国王の馬車を止めることなど許されるわけがありません」
ルカスが僅かに窓を開けたのでのうのうとこのケダモノの側近が遇らう声が聞こえる。
「黙れ、止めろと言っている!」
「俺は虎の嗅覚を持っている。あのお姫様は間違いなくこの馬車の中にいる、命が惜しかったら直ぐに馬車を止めて彼女を解放しろ」
続いてカイルの声がして驚く。
__何故一緒にいるのか?
「これはカイル殿下。残念ながら陛下のお子とはいえ非嫡出子であるあなたの言うことなど聞けませんなぁ」
「戦争の旗頭として呼び戻そうとしておきながらよくそんな事が言えるな」
カイルの淡々とした声に感情は乗せられていない。
その事が余計恐ろしい。
「何の話でしょうかな」
側近は笑っているようだ。
この状況で何故笑えるのか。
この会話の間も馬車はスピードを落とす事なく走っている。
付き従う部下達はそれぞれ単騎であるから馬車に並走出来るのは当然として、カイルはアルフレッドを背負ったまま足で並走している というのに__、
「そのようなたわ言で国王陛下の馬車を止めることなど出来ませんな、お引き取り下さい。あぁレジェンディアの王子よ、言っておきますがこの馬車はあらゆる魔法に対して防御耐性を備えております、下手に魔法など放てば跳ね返ってご自身の身が危険ですぞ?ハッハッハッ!」
「チッ……!」
どうやら実際に魔法を発動しようとしていたらしいアルフレッドの舌打ちが聞こえる。
「ふん……こうも早く追いついて来るとは思わなかったが、やはり追いついたところで何も出来ぬようだな、青二才め」
そう言いながらも弄る手を一旦止めている点からしてこの状況は想定外なのだろう、この隙を利用出来ないだろうか。
アリスティアは考える。
先程まで体を支配していた恐怖心はアルフレッドの声を聞いた時点で霧散していた。
この馬車はあらゆる魔法攻撃を跳ね返す、とこの男は言っていた。
「通常レベルの魔法使いでは何人でかかっても手が出ない」とも。
では通常レベルでない魔法使いなら?
それに、この国王は、というかナルジア王国全体に言える事だが__、魔法に詳しくない。
同じ魔法でも、使い手によって効果に違いは出てくるものだ。
化学同様、魔法は研究することで発展するものだから。
レジェンディアは長い間それを繰り返してきた国だ、大別すれば同じ魔法でも用途は細かく分ければ星の数程ある。
こいつらが、それを理解しているとは思えない___なら、やりようはある。
アリスティアは心の中で唱えた。
「
瞬間、
光が馬車の室内で爆発した。
アリスティアが放った魔法が馬車の壁から跳ね返ってはまた違う壁に当たって を繰り返し、馬車の中を縦横無尽に光が跳ね回り始めたのだ。
広く作ってあるとはいえ所詮は馬車の中、光はやがて窓にも当たり、何度も跳ね返りながら体当たりして、やがて ぴしり と窓にヒビを入れた後もの凄い音をたてて砕け散った。
ルカスは破片が自身の頰を掠めたのに驚いて一瞬アリスティアから手を離す。
その隙を逃す事なく風通しの良くなった窓に向かってアリスティアは叫ぶ。
「助けて!レッド!!」
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