第四章 2




「アリスティア・メイデン。君を愛してるだから__俺に君を守らせて欲しい」

そう告げるアルフレッドの声は真剣で、本気が伝わってくる。

けど__なんか、

「あなたのお嫁さんにして下さい」的な事を(目の錯覚じゃなければ)跪いて王子様に言われているような気がする。

なんで??

「わかってるよ、君は自分で戦えるし、僕の力なんて当てにしてないってこと。王子妃なんて望んでいないことも知ってる。だからとりあえず暫定でいい、君がその気になるまでいつまででも待つから__お願い、俺を君の婚約者にして?」

只の口約束でいいってこと?

___いいや、こんな衆人環視のなかあり得ない、こいつは特に。

「君の行動に制約は加えない、死の国でも海の底でも君のためならどこにでも行くし、君が冒険者になるなら僕も身分なんか捨てて付いていく。そして君が背中を預けられる男になってみせる__だから、傍に居させて?」

「ーー!ーー」

進路がバレてる!

けど、そこじゃなくて、なんだこれは。

こんな甘々なセリフ、ゲーム内にはなかった。

それとも私の知らないイベント?

「イベントじゃないわ、アルフレッドの心からの声よ。聞いてあげて。私が言えた義理ではないけれど」

申し訳なさそうにミリディアナが言う。


そうだ。

私も彼等もゲームのキャラじゃない。

そしてここはゲームの中じゃない。


ゲームのキャラじゃなく、アルフレッドという人間が私に言ってる言葉だ。

私もヒロインとしてじゃない、一人の人間として答えなきゃいけない場面だ。

けど、どう答えればいいのかわからない。

だって経験値がない。

固まる私にアルフレッドは続ける。

「君専属の護衛騎士になりたいんだ、保護者じゃなく君の守護者になりたい__ダメなら従者でも下僕でもいい。ぶっちゃけもう傍にいるの許してくれるなら犬でもなんでもいい。ダメかな?」

「い?!だダメでは、ないですけどっ……!」

捨てられた仔犬のような瞳で見上げられ、ついそう言ってしまったが、

「じゃあOKなんだね?!やったぁーー!!」

と叫ぶアルフレッドに成り行きを固唾を呑んで見守っていた周囲もわっと喝采をあげる。

「おめでとうございます殿下!!」

「ご婚約おめでとうございますアリスティア様!!」

「お二人の前途を祝して乾杯しましょう!!」

いやいや、待って?!

騒ぐ彼等を手で制して、

「有難う。だが今日は皆の卒業祝いだ、僕たちへではなく乾杯は自分と級友の為に。さぁ、グラスを取って」

今しがたまでパーティーを乗っ取っていた張本人が抜け抜けと言い、笑顔でグラスを手にすると皆それに倣う。

先程の騒ぎの事など皆忘れているのだろう、やっぱりこの王子って……。

「はいアリスちゃん」

屈託のない笑みでグラスを手渡されるのを受け取りながらじとっ、と王子様の顔を見上げると、

「これからよろしく、婚約者どの」

小さく耳元で囁かれると息がかかってくすぐったい 。

それと共に思ったのは“ほんとにこの王子、油断がならないっ!“だ。


この日の夜のパーティー終了後、とんでもない数の〝伝魔法〟が飛び交ったのは言うまでもない。





学園を卒業して数日、私はギルド拠点でなくお城に滞在してミリディアナ、カミラと城の庭園でお茶会をしていた。

あの時“油断がならない”と思った考えに間違いはなく、アルフレッドは事前に父に求婚の許可を得ており、私が承諾すればそのまま城に滞在も可能な状態にされていた。

勿論部屋は別棟だが。

「良かったわ、アルフレッドの想いが届いて、貴女がここに来てくれて」

ミリディアナが心底嬉しそうに言うのをアリスティアは居心地が悪そうに、カミラは複雑そうに聞いていた。

「貴女とね、ずっとこんな風に話してみたいと思ってたの」

はにかむミリディアナ様は可愛らしい。

ほんとにお姫様みたいで、つくづくこの人の方がヒロインみたいだ__なんでヒロインに転生しなかったんだろう。

「まあ、私は意外だったけどね」

カミラが手にしたカップをソーサーに戻しながら言う。

「アリスはまた断るかと思った」

「……ああくるとは思いませんでしたからね」

まさか“身分もなにもかも捨てます、下僕にして下さい“な態で来るとは思わなかった、捨て身にも程がある。

けど、勢いとか雰囲気に負けたと言うよりは__、


「冒険者になるつもりだったんでしょう?それでもアルフレッドは気にせず付いてったと思うわよ?」

アリスティアが伯爵令嬢になるのを卒業前に早めたのも、アルフレッドと婚約した事を周知させるのを急いだのも、卒業と同時にアリスティアに矢のように降りかかる求婚めんどうごとから守るためでもある。

勿論、アルフレッドがアリスティアを熱愛してるからでもあるが。

それがこの子にどこまで通じているのか。

敵認定はしなくなったようだが、恋心を抱いているのかというと甚だ疑問なので、水を向けてみた。

「こう、王子に恋する乙女っぽく熱っぽい目で上目遣いとか、それこそどっかの皇女様みたいにさり気なく腕絡めて胸押し付けてみるとかさぁ……?」

「その仕種って、ぶっちゃけ可愛いですか?」

応えつつ、心の中で答えを探して__軽く目を伏せた。

思い出してしまったからだ、初めてこのゲームのスチルを目にした時の事を。


「ヒロインならアリじゃない?ていうかアリスの見掛けなら違和感ないというか……でもねぇ、アリスって中身が男前すぎるのよね」

「ええ。ヒロインぽくないわけじゃないのよ?むしろまさにヒロイン!なんだけど何ていうか、その、守られるヒロインていうよりは闘うヒロイン!て感じ?」

二人に口々に言われて、

うぐっ…!という仕草と言葉を呑み込む。

そう、

確かに前世の私はいかにも乙女系ゲームよりはアドベンチャーゲーム、恋愛映画よりアクション映画を好むタイプだった。


そんな私がなんでこんないかにもな乙女ゲームに手を出してみたかといえば__アリスティアはそのソフトを初めて目にしたときのことを思い返す。


店頭でたまたま見かけたそのソフトに思わず手を延ばしてしまった時の事を。


不覚にもあの時のアルフレッドの様子があの時の感覚とぴったり一致して、拒否する言葉が出て来ず、思わず“諾”と取れる返事をしてしまった訳だが。

婚約は書類上直ぐに整えられたが「私が何がしかの理由で解消したいと思った際にはすぐに解消が可能」と言う条件が含まれており、魔法の誓約に縛られてはおらず、解消の際メイデン家に何らかのはペナルティーが発生する事もないという、とてもこちらに有利なものだった。

このことからも、アルフレッドは本当に私の自由意思を尊重してくれるつもりなのがわかる。

実際、アルフレッドはこれまでもあれこれ手を出してくる割には、力ずくでどうこうしてくるような事はなく、肝心なときにはちょうどいいタイミングで助けてくれていたし、その点からもアルフレッドが強硬手段に出てくる事は無いだろうと判断してもいた。

あとひとつの理由は、言わないでおく。


信頼に値する人物ではある__恋だの愛だのは、まだよくわからないけれど。




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