第四章 1




あの金色の鍵は最初私は受け取り拒否の姿勢を見せたものの、

「要らなかったら捨てちゃっていーから。あ、でも売られるのは困るから換金したい時は石抜き取って粉々に壊してからにしてね?砂金は大した額にならないだろうけど石はそこそこの値がつくと思う」

と笑うアルフレッドと、

「お前、何を考え……ぶっ!」

そのアルフレッドから顔面に軽い裏拳を食らって黙らせられたアッシュバルトと、

「めっちゃ石厳選した上にあんなに防御魔ほ…、むぐっ!?」

言いかけて背後からカミラに口を塞がれたミリディアナ、苦笑を浮かべて沈黙したままのカミラを前にして受けとらざるを得なかった。

受け取った後、何故か黙ったままのギルバートが深々と頭を下げていた。


その後アルフレッドが何か仕掛けてくるんじゃないかと警戒していたが、特段変わったこともなく、進路について王家側が言ってくる事もなかった。

生徒会もいつも通り、といっても卒業式の準備は送られる二年生でなく一年生が中心になって行うのであまり顔を合わせることもなく、ジュリアに怪しまれる事もなく済んだので私的には助かった。

王家に伝わる予言云々の事は流石にジュリアにも話せない。

同様に、ミリディアナとカミラが転生者だと知った今もセイラ妃殿下が転生者だった事は話していない。

__だってご本人がレオン陛下にすら話さず墓まで持っていった秘密だ。

私にそんな権利はない。



言いたい事を言い合って漸くお互いの疑問が氷塊した彼ら__特にアリスティアとカミラは妙に馬があって友人になった。

そして卒業式の前日、メイデン男爵への陞爵式が行われた。

何でわざわざ卒業式前日に と思わない事もないが、

「王都までいらっしゃるのだから男爵にとってもその方が都合が良いだろう」

と言われれば確かに、卒業式は前日リハーサルだけで特にする事はないわけだから間違ってはいないのだが。

「我、レジェンディア国王・ハルディーンの名に於いてジャック・メイデンに伯爵の称号を与えるものとする」とのお言葉をいただき父は伯爵に、私は伯爵令嬢になった。

父はそのまま王宮に泊まり、私も部屋を用意してあるのでどうぞと言われたが寮に戻った。

最後の夜なのでジュリアとちょっと夜遅いティーパーティーをして過ごした。

だからその夜アルフレッドが父メイデン伯の部屋を訪ねて何を話していたか私は知らない。



そうして迎えた卒業式後の祝賀パーティーに出る前、私は父に贈られたドレスを身につけてジュリアと約束していた場所で落ち合った。

デザインはジュリアと相談して色違いの糸を使い、同じ模様の刺繍を入れたお揃いにした。

王家側からも陞爵と卒業祝いに贈らせてほしいと言ってきたが、父が「娘に衣装を用意するのは父親の権利だ」とはねつけた。

グッジョブ、お父様。


尤も髪飾りは国王夫妻から、胸を飾るブローチは双子の王子から、手首に光るブレスレットはミリディアナとカミラからやはり卒業祝いにと贈られたものだ。

ギルバート・アレックスの連名の耳飾りとアルフォンスからの首飾りは丁重にお断りさせて頂いた__何となく身につけるのが嫌だったので。

それに、首にはあの金色の鍵のペンダントがかかっている、ドレスで隠れてはいるけれど。

ドレスはまだ春先で寒いので、腕も首も覆われてはいるが重くるしくならないように薄い青に淡い桜色を所々に差して春の色合いで誂えてある。

ドレスも父が張り切ってメルク(この世界で最上級に高価かつ希少な生地)なんて使ってくれちゃったから、これだけでも豪華だがこれに王家から贈られたアクセサリの類を付けるのだ。

私の仕上がりを見たジュリアは息を呑んで数秒固まった後、

「……女神も形無しね」

と呟いた。

あれ?ごてごて飾りすぎた?

「違うわよ。ドレスもアクセサリーも主張しすぎず貴女に合ってる。__綺麗すぎて吃驚したの」

「え」

「本当よ。ねぇ?卒業してもまたお揃いの物を身に付けたり出来るわよね?」

「勿論よ!お互い卒業したら結婚が控えてるわけじゃないんだもの!」

「痛いなぁ、それ」

いきなり被せてきた言葉の主に私もジュリアも身構える__もとい、ジュリアが私をアルフレッドの視界から遮るように立って、

「無粋が過ぎますますわよ、殿下」

「酷いなぁ、卒業式当日彼女と話したいのは君だけじゃないんだよ?バーネット嬢」

「殿下は昨夜のメイデン伯の陞爵式で顔を合わせられてますよね?」

「そうだけど、その陞爵式のあと君はアリスちゃんと過ごしたんだよね?バーネット嬢」

「勿論、一番の大親友である私が寮最後の夜に共に過ごすのは当然ですわ。それに、卒業するのはアリスだけではありませんわよ?他に別れを惜しんでくださるご令嬢が沢山いらっしゃるのでは?」

「勿論君もねバーネット嬢、卒業おめでとう。お互いにね?」

「……含みのある言い方ですわねぇ」

「嫌だなぁ他意なんかないよ君だって大事な生徒会役員なんだよ?」

「白々しいにも程がありましてよ殿下?」

もの凄くにこにこした笑みでの会話なので遠くからは仲良く談笑しているようにしか見えない筈なのに、漂う空気がピリピリしている。


でも、息が合ってるなぁこの二人。

なんだか王太子とミリディアナみたいだ。

原因が自分だという事は棚に上げて勝手な感想を脳内で呟く。

実際のところ見た目はけしからん感じに成長しているもののアリスティアの本質は周りに対して“敵か味方“又は“仲間とそれ以外”で無意識に区分しており、“恋する相手かどうか”なんてジャンルは存在していないのだ。

__恋する乙女は最強だが、恋を知らない乙女もまた無敵だった。




そしてジュリアとアルフレッドに挟まれて入場した私は最近名前で呼び合うようになったカミラをはじめ皆と挨拶し談笑を始めた。

そんな中、騒ぎは起こった。


数人の令嬢たちが、

「アリスティア・メイデン!私たちはあなたをこの場を借りて糾弾するわ!!」

と、騒ぎ出したのだ。

「!?」

意味がわからず私は固まる。

周囲も同様だ。

「あなたは自分の美しさを利用して色仕掛けで前生徒会長に取り入って自分を生徒会役員に選任させた!」

「それでだけでなく、王太子殿下はじめ他の殿方にも色目を使い、様々な特権を得たこと、私たちは知っていてよ?!」

「そうよ!たかだか男爵家の庶子ごときが、恥を知りなさい!」

「「あ」」

そこまで聴いて私とミリディアナ様が同時に声をあげる。

“これ、ゲームで悪役令嬢がヒロインに言ったセリフそのままだ”と同時に気が付いたのだ。

私達は顔を見合わせる。

浮かんでる表情はどちらも“どういう事?”と訊ねる顔だ。

ご霊場……、じゃないご令嬢がたの弁舌は続く。

「あなたの数々の嘘とでっち上げ、ナノルグ伯のご令嬢も被害者だわ!ましてやその偽の手柄によって男爵が陞爵されるなんてありえないわ!私たちは男爵の陞爵及びあなたの卒業取り消しを求めます!」

あ お父様まで巻き込んじゃったよこの人……周りが全く見えてないな。

何か暗示にかかってる?

さて、どうしよう。


「素直に罪を認めて謝罪することね!その身の丈に合わないドレスも直ぐに脱ぎなさい!この恥知らず!」

__とりあえず、力づくで黙らせてもいいかな。

が、その前に声をあげた人がいた。

「ああああなた達、何を言っているの?!」

叫んだのはミリディアナだった。

だが、対する答えは、

「いいえミリディアナ様、あなたも同罪です」

という本来なら仲間とりまきだったかもしれない令嬢の言葉だった。

「あなたは高位の令嬢で次期王太子妃という身分を利用して弱者を虐げ、数々の悪事を働いていたこと私たちは知っていてよ?」

え?何言ってんのこの人?

「アリスティア・メイデン同様私たちはあなたの卒業取り消しと殿下との婚約破棄を進言するわ!」

誰に???

と思ったのは私だけではないと思う、ちらっと当の王太子に目をやると「うわ」と声をあげそうになった。

怒ってる。

めちゃくちゃ怒ってる。

どう収拾つける気だこれ?


だが、当のミリディアナは、

「こんなイベント聞いたことないわ……何かのバグかしら」

と呑気に呟いていた。

「と いう事はこれは隠しイベント的なものではないのですね?」

私は小声で訊ねる。

「こんなイベント、ある筈がないわ。どういうことかしら?」

「悪役令嬢とヒロインがわかり合うと突発するイベントなんじゃないの?」

小声でカミラも参戦してくる。

「えぇと……、あったとしても、誰を対象としたイベントなんでしょうか?」

私が訊ねると、

「内容から察するに王太子狙いっぽいけど………」

アッシュバルトに視線をやったカミラは「やばっ!」とすぐさま目を外らした。


「とりあえず、何か企んだ輩がいるのは確かだね」

す、とアルフレッドが音もなく横に立った。

「この日にこんな騒ぎ起こすなんて真似、よくもしてくれたもんだよ」

静かな声ながら確かな怒気を滲ませて呟く。

それを見た令嬢たちが色めき立ち、

「アルフレッド殿下!その庶子から離れて下さいませ!」

「そうです!そのー…「黙れ!!」、」

口々に叫ぶのを今度は裂帛の気合いで黙らせる。

「お前達の声をこれ以上聞く気はない、処分は追って下す!今すぐに此処から消えろ!!衛兵、連行しろ全員だ遠慮はいらん!」

アルフレッドの掛け声に、見えない所に控えていたらしい護衛兵達が姿を現し、速やかに命令を実行した。

「アルフレッド様?!どうして__っ、」

「黙れと言った筈だ。布でも噛ませて口を塞いで連行しろ、うるさい」

あまりに冷たい声にシン、と辺りに静寂が満ちた。


嵐が去った後、

「……前座としてはお粗末過ぎたけど」

とアルフレッドが目の前に跪いた。

「アリスティア・メイデン嬢、僕を君の婚約者にして欲しい」


___はい?















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