第三章 金色の鍵
答え合わせの後は質問攻めタイムだった。
「ねぇねぇ。ドラゴンフラワーってどれくらいの範囲で咲いてるの?」
「ジャヴァ、じゃないえぇと、聖竜の巣の周り一帯を囲むように咲いてましたが__」
そういえばあれ、季節とかどうなってんだろ?
いつでも摘みに来ていいって言ってたから年中咲いてんのかな……
「それって具体的には?」
「お答えできません」
実際暗くてよく見えなかったし。
「あー……訊きたいのだが、セイラ妃殿下は他に何か、おっしゃっていたか?」
「確か“ドラゴンの全てを知る必要はない。でも、全く知らない事もまた災いだと思う。封印が解かれた時は既に全く違った世界かもしれないけど、どんな世界であっても私とレオンの子供達の国には違いない。だから、少しだけ願いを込めたくなった”と」
「願い、か。予言ではないのだな。他には?」
「えぇと、あとは確か全部倒したわけでなく、ただ〝眠らせただけ〟の個体も沢山いる、自分の力が及ばなかったのもあるが、一番の理由はドラゴンという種族自体が人間の敵ではなく、人間と共存出来る種もいるという事と、滅ぼしてしまえば今の自然の生態系そのものが狂う。これを読んでる人がどれくらい後の人なのかわからないけれど私たちが教えられた歴史書では〝悪いドラゴンは大昔に滅ぼされました〟とだけ載ってたりしたとしても、それを鵜呑みにするのは危険だと」
セイラ妃殿下とジャヴァウォッキーの“THE⭐︎ボケと突っ込み“みたいなやりとりを避けて、大丈夫そうな部分だけを切り取って口にする。
「……そこまで……」
ボソリとギルバートが呟き、
「慧眼、畏れいる……」
アッシュバルトも深く畏敬の念を抱いたように呟くが、
(いや、そんな教祖みたいなんじゃなく割とライトなノリだった気がするんだけど)
それを聞いたアリスティアは小さく唸る。
「アリスちゃんは、どう思った?」
そんな思いを見透かすようにアルフレッドに訊ねられ、
「私はその__あくまで印象なのですが、話に聞く方よりも意外と__お茶目な方なんだなって」
「セイラ妃殿下が……」
呆然と反芻するアッシュバルトに、
「……お茶目……?」
ミリディアナが続く。
(息ぴったりですね、さすが未来の国王夫妻)
アリスティアは心中で拍手を送った。
「他でもない受け取ったアリスちゃんがそう思うんなら、そうなんじゃない?」
「そう、か。そうだな……」
石頭の王太子は必死に脳内で噛み砕いているようだ、敬愛するご先祖様への思わぬ情報を。
そこへ、
「二人とも武闘派よね」
カミラの声が厳かな空気をぶち破る。
「ぶ、武闘派……?」
思わず聞き返すと、
「そっ、命令する側だとか守られる側だとか、そういった部分をぶっ飛ばして自分で相手を叩きのめしちゃうでしょ?どっちも。似た者同士って事よ」
なんだか酷い言われようだが、それはちょっと違うと思う。
「セイラ妃殿下は常に命令する側であり守られる立場だったかもしれませんが、私が守られる側になったのはコードLLを使えるようになったからであって、それ以前は自分の身は自分で守らないと何されるかわかったもんじゃなかったんですよ?」
特に、貴方達が絡むと!
口にしなかった最後の台詞はちゃんと受け取ってもらえたらしく、
「……私が悪かったわ」
と頭を下げられた。
その後も諸々の事実確認やら情報交換をしていく過程で、次期国王夫妻はセイラ妃殿下への尊敬を深めたらしく感慨深そうに涙ぐんでいるが、アリスティアは考える。
あの日本語で書かれたメッセージ。
ミリディアナとカミラも元日本人だというなら、何故開かなかったのだろう?
特にミリディアナはセイラ妃殿下の血縁であり、もうすぐ王太子妃というセイラ妃殿下と同じ立場だ。
いや、封印は触れてみるだけではダメで、あの鏡を手にして髪を梳るという動作が必要だった。
私は勘でなんとなくやってみただけど、血筋は関係ないってこと……?
いや、あの感じだとジャヴァウォッキーの茶飲み友達になれそうな人間限定なのかもしれない。
そんな事を思いながらお茶を啜るとふわりと甘い香りが鼻孔をくすぐる……あれ?
「この香り……」
「あ 気がついてくれた?これ、あのドラゴンフラワーと城に咲いてる薔薇のいくつかを掛け合わせてつくってみたブレンドなんだ、気に入った?」
アルフレッドが屈託なく笑う。
「はい。とても良い香りがします。味も優しくて……」
「……そっか。気に入ったなら良かったら持って帰って?まだ淹れてないやつ、沢山あるし」
「?あ、ありがとうございます……?」
「……なんで面くらうかなぁ……」
アルフレッドはぼやくがそんな事を言われても、この人たちはそもそも自分にとっては「出来れば避けて歩きたい人」の筆頭だったのだ、初めて会う前から__初めて会ってからは尚更。
カミラとは仲良くやれそうだが、他はどうだろう?
「まぁ、いいけどね。__やれる限りの事はするつもりだから」
後半の低い呟きは聞き取れなかったがまあいいって言ってるからまあいいか。
「後、陞爵後で構わないから城にも遊びに来てね?」
ついでのように笑顔で続けるアルフレッドに、
「あ そうだこれ通行手形。これ見せれば各門はもちろん大抵の場所にはフリーパスだから好きなように使って?」
これまた“出張先の土産で量産品なんだけど”とでもいうような気安さでカミラが金の鎖に金色の小さな鍵が二つトップに付いたペンダントを差し出す。
鍵の一つには中心に小さな黒い石がはめ込まれ、もう一つには同じように水色の石がはめ込まれている。
「これって……」
「そ。黒い方があの保管庫の鍵。君は許可をとる必要はない」
「は?」
いや、あそこ王室の保管庫で実際貴重な遺物も置かれてるって言ってましたよね?あの緊急時にもわざわざギルバートが鍵取りに行ってましたよね?
「もちろん持ち出しには許可が必要だけど見る分には構わないよ?君にしか使いこなせない魔法具とかまだあるかもしれないし?」
「結局城の図書館も全く利用出来てないでしょう?奥の禁書庫にはセイラ妃殿下についての資料もあるから好きに見にいけばいいわ」
奥の禁書庫って特例許可必要区域ですよね?
地元の県立図書館の地下書庫じゃないんだから……
もの凄くライトに言っているがこれ、凄いものなんじゃなかろうか?
渡された金色の鍵を月の光にかざして繁々と見遣る。
「ミリディアナも同じ物を持っているから良ければ案内してもらうといい」
「はい?」
公爵令嬢に案内?と突っ込みたかっただけなのだがその視線を勘違いしたのか、
「ミリディアナは悪役令嬢などではない。わかっているだろう?」
その苦々しげな物言いにかちんときたので、
「……色々ややこしい事態を招いた元凶ではありますけどね」
とつい返してしまう。
「っ、メイデン嬢!」
「それに!婚約者を悪役令嬢だと断罪するのは殿下のほうであって私が“この人悪役です”と叫ぶわけではありませんよ?」
「ぐっ……」
王子は六十ダメージを受けた!という吹き出しでも出るんじゃないかという様子にカミラは可哀相な子を見るような目を向け、
「勝てないんだからやめとけばいいのに。その鍵使うのに同行や案内は必要ないよ、案内が欲しければ言ってくれれば手配する。まぁ、バーネット嬢を同行する場合なんかには事前に許可が必要だし、」
「禁書庫や保管庫に関して許可されてるのは君のみだ。中まで同行の許可は下りない」
別に求めてないんだけど。いちいちつっかかるなぁ……。
「気にしなくていいわ、拗ねてるだけだから」
は?
「拗ねる?」
「私は禁書庫の出入りは許されているけど、保管庫の鍵は持ってないから、えぇと案内は出来ないんだけれど……」
いや、求めてるのは案内云々じゃなくて。
「ミリディアナにも持たせるべきだと言ったんだ、私は」
「そーんなの、許可降りなくて当然でしょ?僕たちだって持ってないんだから」
「だが……!メイデン嬢に特例で持たせるならば__、」
「別に欲しいなんて言ってませんよ?」
置いてけぼりなのに元凶扱いされてるのが鬱陶しいので被せるように言うと、
「……君ならそう言うと思った」
少しだけ哀しそうな顔でアルフレッドが言う。
「今度は何を試されているんです?」
そんな表情には頓着せずに私が訊ねると、
「君をね、王妃に推す動きがあったんだ」
「アルフレッド……!」
「隠してもしょうがないし、後から知れるほうがより嫌われるよ?」
「アルフレッドに激しく賛成」
カミラが手をあげて言うと皆黙る。
狂犬も俺様傲慢王子も。なんだろうカミラがお母さんみたいだ。
彼女の現世での享年が何才かわからないが、子供がいたのかもしれない。
「“君が僕の求婚を受ければよし、若しくは王家かレイド公に養女として入ってもらうかせめて卒業後魔法省で要職についてくれればまだしも、国外流出だけは避けたい。ならばいっそ第二王妃として迎えてはどうだろう、いや聖竜の加護のある伝説の乙女に対してそれは不味いだろう申し訳ないがミリディアナ様に第二王妃として立って戴いて君を第一王妃に“な〜んて、しょうもない論議を王城で自称お偉いさん達が本人不在でやってたんだよ、笑っちゃうよね?」
笑えない。
そもそもそれって、
「コードLuLの使い手をどうしても手中に置いておきたいっていう権力者達の身勝手な妄想の末の政略結婚だね__誰も幸せにならない」
そう言って、アルフレッドはアッシュバルトを睨み据える。
「王妃の座にも、権力にも興味がなくて芯が強くて頭のいい女の子には何の魅力もない提案だって、なんで誰も気付かないんだろうね?」
互いに恋に落ちてもいないのに結婚なんて、恋愛ゲームのバッドエンドより最悪だ。
「同意ですね」
私は目を閉じていたので周囲の人の表情はわからなかった。
目の前にいるアルフレッドが安堵と歓喜と共にどれだけ愛おしげな眼差しを向けていたのかも、もちろんわからなかった__ただ、
「僕が君に求婚したのは、政略なんかじゃないからね?」
と囁く声音に、言い表せない色が滲んでいるのだけは感じて、酷く落ち着かない気分になった。
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