第四章 3




王太子の執務室で、アルフレッド達は書類の山と格闘していた。

言うまでもなく、卒業と共にアリスティアに送られて来た釣書の山である。

因みにメイデン伯に直接送ってくる輩のものも全て王宮に転送されるよう手配したので、メイデン伯の心象はちょっとだけ良くなっている__かもしれない。


そして当の婚約者アルフレッドはといえば書類を手に取っては、

「◯◯◯国なんか既に正妃以外に四人も妾妃囲ってんじゃん、もげろB!」

「△△△国の王子なんかまだ五つのおむつも取れてないガキじゃん腹立つA!」

「✖️✖️✖️国の王なんかとっくに王妃に先立たれてんのに逝き遅れてるジジイだろうが召天しろC!」

悪態をつきながらそれらを捌いている。

因みに、Aが外交上丁寧な定型文、Bが素っ気ない断り定型文、Cがお話にならない(ふざけんな)を微妙にぼかした定型文(確かにいずれも定型文には違いない)になっている。

アルフレッドがぽいぽい投げるそれを横できっちりABCに分けているギルバートも見事だが、一見しただけでその国の情報をつらつら並びたてる弟に感心しつつ、

「……悪態をつかずにできないのかお前は」

「悪態の一つや二つや三つ吐きたくもなるでしょー?っったく、ティアがどんだけ難攻不落要塞かも知らない奴は暢気でいいよねぇ」

漸く”諾”を貰えた婚約者を“レッド“と“ティア“で呼ぶ事(最近ようやく取り付けた)を強調しながらごちる弟を微笑ましく思いながら、アッシュバルトは苦笑する。

ついでに卒業式で騒ぎを起こしたのも王子の婚約者の座を狙った一味の仕業だと判明し、アルフレッドに容赦なく粛清されていた。


一応和やかなそこへ、ノックの音が響いた。






侍従から来訪を告げられ客人のいる部屋へアルフレッド達が足を踏み入れると、ソファーに掛けていた歳のころは二十歳くらいだろうか、金の髪に亜麻色の瞳をした精悍な青年が立ち上がり臣下の礼を取る。

「やあ、久しぶりだねナディル国準公主・ライオス殿」

アッシュバルトが握手を交わすのを尻目に、

「随分早いお着きだねナディル国準公主?」

アルフレッドが挑戦的な瞳と声音で告げる。

「それは……!申し訳ない、何しろ歴史上セイラ妃殿下に続きお二人目の聖竜の眼にかなった方なれば是非一度、と気が急いてしまい___私は国に愛する許婚がおりますので、殿下がご心配なさるような二心はありませぬ故ご安心を」

ライオスがそう告げると、

「ふーーん。まぁ一応信じといてあげるよ」

「アルフレッド!失礼がすぎるぞ」

「だって、要はティアに会いたくて来たんでしょ?それで?そっちの連れはどちらのご落胤かな?」

ライオスの背後に従者のようにして控えている青年に目をやりながら訊くと、

「これは……!恐れ入りましたアルフレッド殿下」

頭を下げるライオスに、

「?どういう事だ?従者でもない者をここに連れて来たのか?」

アッシュバルトは咎める視線を投げる。

「いいえ王太子殿下、彼は紛れもなく正式な手続きを経て私に仕えている従者です。ですが、どこかの落胤かと訊かれればそれもまたその通りなのです」

要するに、何処かの国の王室の血を引いてはいるが、それが何処かは明かせないという事だ。


良くある話である。

「それで貴殿の従者として引き取られたのか」

「引き取ったなどとはおこがましいですが、彼の腕も心も私が保証します」

そこへ、

「ライオス、安請け合いをするな」

当の従者本人から待ったがかかる。

端正な顔立ちだしライオスよりも小柄であるのに、この青年の言葉には妙に説得力があった。

透き通るような金髪に透き通るような白い肌をしているのに、儚げさは微塵もない。

金色に光る瞳の鋭さがそれらをかき消して有り余る迫力があった。

だが、ライオスも負けてはいなかった。

「安請け合いなどではないよ、信用していなければ君に背中など預けられるものか」

「彼はそれほど腕がたつのか?」

アッシュバルトが驚いたように言う。

「ええ。彼の戦闘能力の高さは驚異的ですよ」

「へぇ、それは驚いたな」

とアルフレッドも驚く。


どちらかといえば小柄で線も細いこの青年がそれ腕が立つとは。

「まぁ、彼の詮索はここまでにして下さい。彼のご令嬢も、殿下のご婚約者としてこちらに滞在しておられると聞きました」

「まあその通りだが、」

アッシュバルトはちらりと弟に目をやると、

「アポなしでいきなり会えると思わないで欲しいな」

アルフレッドがすかさず言う。

「トラメキアの皇太子とは既にお会いしたと聞きました」

「「!」」

ライオスの譲らない姿勢に、

(理由は、それか )

察した二人は目配せすると、

「やれやれ。それじゃあ行こうか準公主どの、今は中庭でお茶会してる筈だから」

言いながらアルフレッドは身を翻すのと同時に、庭園に兵の配置とギルバートの呼び出しを〝伝魔法〟で指示した。

ナディルの頂点は公主であり王子という身分もない為、後継を準公主と呼ぶ。


ナディル公国は昔王国であったが、とある出来事の後国王を戴かない公国となり、半ば他国との交流は断絶状態であったが、レオンとセイラ夫妻の結婚式に駆けつけレジェンディアに絶対的な忠誠を誓ったと言う云くがある。

以降、両国は代替わりしても良好な関係が続いていた。

だが、これから先もそれが永劫に続くとは限らない。

変わらないものなどないのだ。

人も国も、そこに住まう人の心も。







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