第三章 10

「どういうつもりだ?」

「お別れの挨拶をさせて頂いただけですよ、昨日は殿下が彼女を連れ去ってしまったので。こんな言葉をご存知ですか?〝竜の加護を持つものを力で繋ぎとめることなかれ〟」

「巫山戯るな。それを言ったのは我が国のセイラ妃殿下だ」

「ご存知ならば昨日のような態度は逆効果ですよ。どうやら金の姫君は大変公平な精神をお持ちのようですから」

憎らしいくらい余裕の笑みでリュシオンが去って行くとアルフレッドは苛立ちを隠す事なく壁を殴った。


最初に差し伸べそこなった自分達の手は、今更どんなにのばしたところで届くことはない。

どころか、振り払って一人で行ってしまう可能性の方が高い。


当然だ。

出会ったばかりの頃と違い、今の彼女には力がある。

もう誰に傅く必要もない力が。


けど、


魔力は魔力。

体力差を根幹から覆せるものではないし、強力な薬物を使われたり、魔力を封じる結界内に閉じ込められでもしたら。

しかも、

「このっ、俺が!あんな!夜会で一回踊っただけの奴にっ__後れをとるなんて!」

そう叫びながら心の中で叫んだ言葉は。


また眠らされたりしたらどうすんの?


薬を盛られなくたって、あんな華奢な体では手刀一発で昏倒させられてしまう。

「気付いてよ……」

その魔力は諸刃の剣だ。

守ろうとするより、利用しようとする奴の方が多い。

君に畏怖を抱くより、劣情を抱く奴の方がきっとずっと多い。

過去に聖竜の加護を受けた二人はたまたま王妃だったからまだ良かったのだ。

女性の最高位であるから滅多なことで命令などできないし、何重にも護衛されているから手を伸ばしにくい。


一方アリスティアは、貴族の中では下位にあたる男爵令嬢なうえ母方は平民だ。

「君の立場は、君が思ってるよりずっと危険なんだよ……?」




忌々しげにいじける(?)アルフレッドをよそに突入した冬期休暇、アリスティアは領地に戻ったものの父に頼まれて嫌々出席した夜会で求婚されて断ったり、釣書からは情報収集だけして「あとはお願いします」とあっさり突き返したりして過ごした。


そうして迎えた最終学期は、生徒会の引き継ぎだったり卒業式の準備だったり。

〝卒業式の準備〟といっても卒業式は送られる側である二年生でなく一年生が主導なので、皆が気にするのは主に卒業パーティーの方だ。


無理もない。

社交が仕事という一部を除けば、卒業したら結婚式までこんなドレスを着る機会はないっていう人もいるのだ、そりゃ気合いも入る。

因みに今まで回避スルーを選択していた私も今回だけは父にお願いし、姉妹やジュリアに相談しながらオーダーさせてもらった。


だって卒業だ。


つまり始まってるのか始まってないのか知らない乙女ゲームのシーズンも、終わる。


本来なら、悪役令嬢の断罪の舞台でもあるけどそれはほぼあり得ない。

彼らはミリディアナ様を大事にしているし……何より、この国を去るのは私だ。


今のところ私の進路を知ってるのは家族とジュリアだけだが。


あの「城に行儀見習いに来ませんか」という受けなきゃ良かった招待を受けてから二年半、入学して二年。


感慨深いなぁ……。


なんて、最近日課の〝学内のお気に入りの場所お別れ散策〟をしていると、

「メイデン嬢、少し良いだろうか?」

何やら真剣な面持ちで王太子が話しかけてきた。

「は、あ?」

訳がわからず、イエスともノーともとれる声が出てしまう。

「話が、したい。時間はとらせない。こちらへ」

と人のいない四阿の方へエスコートされる。

アッシュバルト一人は珍しい上に何やら妙な緊張感を孕んでいる。

「…?…」

腑に落ちないながらも拒否する理由も咄嗟に思い付かず、仕方なく私は席に着いた。




「……その__君の進路の事だが」

嗚呼、そういう事か。

私が進路をひた隠しているのを不審に思っているのだろう。

だが、発せられたのは、

「君は、得難い人材だ」

という賞賛の言葉だった。

「君のやりたい事を否定するつもりも、邪魔するつもりもない。だが、この国を出て行こうとしているならそれだけは避けて欲しい」

「は?」

心中突っ込みが声に出ていた。


しかもかなり底冷えのする声で。


だって今のアッシュバルトの台詞は、前半の言葉を後半の言葉が否定している。

矛盾にもほどがある。

「君は弟の__、アルフレッドの想いをわかっているのだろう?」

それは知ってるけど。

「君はあまり感じ取れていないかもしれないが、私にはよくわかる。弟は本気で心の底から君のことを想っている」

「………」

なんだか愛の告白をされているみたいだが。他でもない、求婚してきた王子ひとの、に。

やっぱりお見合いババア気質なんじゃなかろうか、王太子このひと


「弟は基本どんな感情も表にだすことはない。王族だからというより、王太子である私に気を遣って」

「??」

「君も知っているだろう、王家は長子存続なわけではない。現国王の指名制だ。より良い次の王を選ぶのも王の務めだ。私達が生まれた際高齢だったのならともかく、父はまだ若い。なのに、私達がごく幼いうちに王太子を指名された。何故だかわかるか?」

「えぇと、(自分には関係ないので)よくわかりませんが貴族達が各王子の擁立をめぐり二分してしまわないようにとか__でしょうか?」

「そうだ。双子で同じように育てられたからこそ、父王はそれを危惧した。早目に王太子を指名し、王太子教育を私だけに受けさせることでその芽を摘んだ。特段私が優秀だったわけではない」

「???」

優秀じゃない?


優秀じゃない方を選ぶなんてことあるの?


いや、知らんけど。


「正確には、私と弟に明確な差はない。魔力にしても学問にしても、評価は似たようなものだ。敢えて違うものをあげるとするなら性格だ。私と弟では、ものの見方や考え方が違う。何もかもを四角四面に捉えてしまう私と違って、弟は何事にも柔軟に対応する。君のこともそうだ。事前情報に惑わされず、君の本質にたどり着いた」

「…………」

「赦してほしい」

「事前に得た情報だけで君の本質を見誤り窮地に追いやったこと、キメラに襲われた時助けられたにも関わらず悪態をついたこと、生徒会に強引に入れてしまった事も__、数えあげればきりがないな」

そう言って苦笑する顔は何やら清々しい。


何があった、王太子。


ぽつり ぽつり と王太子殿下……いやアッシュバルトは言葉を紡ぎだす。

「___物事を型通りに捉えて解決すること、柔軟に受け止めて相手に合わせた方法を模索し融和をはかること。どちらも間違いではない」

「だが、弟は〝私のこの何事も踏み外さない考えこそが王として正しい〟と周囲にアピールした。結果、私が王太子に指名された」

………はぁ。

「だが、人間ひとを型に当てはめる事など出来ない」

まぁ、真理ですね。

人間ひとは皆違う生き物だからだ。同じものを見ても同じように感じるとは限らない。他でもない君が、そう教えてくれた」

いや、教えた覚えなんかないけど。


「あの宮の惨状も己の傲慢さも、言われなければ気付けなかったろう」

うん、黒歴史ですね。

「この気持ちは本当だし何より弟の想いをわかって欲しかった」

だからって愛の告白的なものまで代弁しなくても。

「君がこの国から失われたら私も弟を失う。頼む、この国から出て行くのだけはやめてくれ」

「えっ……」

ちょっと待て。

(私が国を出るとなんで、弟王子を失うとかなるの?)


私の驚愕の理由を勘違いしたらしく、アッシュバルトは語り続ける。

「我々だってそこまで想像力が欠如しているわけではない。国としても全力で慰留しようとするだろう。それがたとえ、君の望まぬ結末だとしても」


いや、聞きたいのはそこじゃないんだけど。


けど、結末?

私の結末を、貴方たちが決める気なの?


眉の吊り上がった私をみて、

「すまない。怖がらせるつもりはなかったのだが、」

いや、怒ってるんですが?

「何があっても弟は必ず君の味方にまわる。最初弟がそうしなかったのは私がそう仕向けたからだ。本意からではない。だから……」


この後、王太子アッシュバルトが続けた言葉に、今度こそ私は絶句した。


「名前を、呼んでやって欲しい。〝約束させられたから〟でなく、君が心から発してくれる事を願う」


そう言って、王太子は去っていった。


残された私は即〝遠見〟を発動させた。


人がここに近付く気配を明確に感じはしたが、流石に王太子の目の前で発動させるわけにはいかなかったからだ。


だが、相手も〝同化〟を発動しているらしくここからでは特定できない。


〝同化〟は文字通り周囲と自分の気配を同化(いわゆる忍者が岩や木と同化する的なアレだ)をして悟られないようにする魔法だ。


尤もこれはレベルが上の魔法使いには悟られてしまうが。

勿論アリスティアも半端ないポテンシャルの持ち主なので、これを発動させながら近付いてくるのをしっかり感じていた。

アッシュバルトは気が付いていなかったみたいだが、王太子と聖竜の加護持ち(仮称)との会話をここまでして盗み聞きしようとする人物など嫌な予感しかしない。


なので、私は徒歩で素知らぬ顔で、どんどん其方そちらに近付いていった。

王太子が去ると同時に動きを止めた犯人は後ずさる気配を見せたものの今出れば間違いなく私の目に入ると察したのだろう、じっと息を殺してやり過ごすつもりのようだ。

私は歩調を速めた。


一瞬後、ざっ!という葉擦れの音と共に茂みから人が飛び出して来た。


「っ、ミリディアナ様っ?!」

「__ごめんなさい!」

そう泣きそうな顔で叫んだ公爵令嬢は、

「私、わかってたのにっ!なのに、ア……が、やっぱり、うん、いや、そうよね!ごめんなさいっ!」

さらに謎の叫びをあげて走り去って行った。

淑女とは思えない速さで。


私は呆然としたまま呟く。

「ミリディアナ様って、もしかして…」


「__もしかして、何?」

独り言のつもりの呟きに対して聞き覚えのある声が背後から響き、私はぴしりと固まった。





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