第三章 9

王宮に着いてから受けさせられた授業は確かに立派な歴史の授業だった。

用意された資料を広げながら王太子、アルフレッド、ギルバートが更に細かい注釈を加えていく。

普通に世界史の授業としてなら興味深いものだった。


そう、〝授業なら〟だ。


残念ながらこれは「いかに私がトラメキアの皇子に近づいてはいけないか、また何故近づいてはいけないか」を納得させるためのものだ。

この国の王族がいかにトラメキアに隔意を持っているかが良くわかる。


「こうして例の事件から二十年以上が経過して、漸くトラメキアの同盟加入への動きが始まる、と。アリスちゃん何か質問は?」

でも、

「…………」

この記録、トラメキアの言い分が入っていませんよね?

とは訊かない。

理由があっても許されない暴挙ではある。

沈黙を納得ととったのか、

「てコトだから、トラメキアには近づかないこと。これまで以上に」

「___トラメキアの皇女サマを私の目の前に連れてきたのはクレイグ様ですよね?」

「!っそれは!祖母方から頼まれて、」

「トラメキアの皇太子殿下と私を夜会で引き合わせたのも殿下がたですよね?矛盾してませんか?」

「いや、それはっ、」

「個人的に接触計られるよりは僕たち含め各国の衆目があった方がましだったからだよ。君既に有名だし」

「つまり、殿下がたが側にいない時は話すなと?」

「まあそうだね」

間髪いれずにアルフレッドが肯いた事で、

「いつから私は皆さまの娘になったのですか?」

私はキレた。





「何故私が誰かと話すのに貴方がたの許可が必要なのですか?“誰々と仲良くしなさい“だとか“誰々さんと関わってはいけません“とかまるで」

「っそんなつもりではない!」

王太子がアリスティアの舌鋒を遮って叫ぶと、

「ではやめて下さい。私をセイラ妃殿下の様に生きるのが当たり前のように誘導するはやめてくださいませ?」

「「…っ…!」」

咄嗟に言葉を発せなくなった二人と違い、

「一緒にしてなんかいないよ。セイラ妃殿下の事は肖像画と伝わってる情報しか知らないし、敬愛すべき先祖ではあるけど君とは違う。そこはわかってるつもりだよ?」

アルフレッドは引かない。

「そういう事だ。もう少し素直に受け取ったらどうなんだ?人の忠告は素直に聞くべきだ」

「アッシュ」

「すまん。だが、君の態度も頑なすぎるのではないか?」

「“人の忠告は素直に聞くべきだ“。__最初城にあがった時にも散々言われましたわねぇ」

くすりとアリスティアの口角があがる。


美少女なのに目が笑っていないのが怖い。


「「「っ…!」」」

「ああ王太子殿下はそもそもあの離れの宮にはいらっしゃらなかったのでご存知ないかもしれませんね?クレイグ様とランバート様には毎日言われていましたが__少なくともリュシオン殿下は終始紳士的な方でしたわ?」

訳すと、

カケラも紳士じゃなかったお前らが今言うかそれを?

である。


自分たちが初っ端紳士的ではなかった事を自覚してるだけに口を閉じる他なく、アリスティアの声は淡々としているが室内の空気が一気に氷点下になり、

(((しまった)))

と思っても、もう遅い。

「重い物を運んでいようと、急ぎの仕事を抱えていようと、或いは“この感じだと今日は食事にありつけそうにないな“という思いと同時に場所と空気読まない人たちだなー、ある意味ブレないなと。私正直思ってましたのよ?」

「「「………」」」

「あの時私は皆様がたの事を〝話の通じない人たち〟だと認識していました。ですが今は〝そこそこ話せばわかる相手だ〟と認識したうえで敢えて言わせていただきます。初対面の私に〝本人の為にならないから厳しくすべきだ〟と言ったり、最近は〝厳重に保護すべきだ〟と護衛ガードで囲ったり、殿下がたは私の保護者かなんかですか?」


「……表向き友好でもトラメキアは障害が多いんだ」

ぽつりと王太子が言い、続けた話によれば。




セイラ妃殿下の娘である王女とトラメキアの皇子の結婚は許されはしたが、王女がトラメキアに嫁ぐ事は許されずまた皇子がレジュールの王族に婿入りする事もなかった。


二人とも王・皇位継承権を放棄したうえで公爵位を与えられ、レジュールの一公家となった、それも一代限りの。

爵位も領地も充分過ぎる財力も与えたはしたが、出来た子供に爵位を継がせる事は出来ず、皆国内外のいずれかの家に嫁ぐか婿入りし、二人が没したら爵位と領地は国に返上された。

故に、レジュールの王家にトラメキアの血は混じっていない。


それはまた。


不遇という訳ではないがなかなか厳しい条件だ。


だが、

「あの?別に私はトラメキアの方と結婚したいなどと言った覚えはないのですが?」

それに、それ王族の場合ですよね?

私には関係なくない?

「そんな事はわかっている。だが、言っておかずにはいられないんだ。危なっかしくて見てられない」

だからなんなんだその親鳥みたいな目線はっ!

「__危なっかしい?」

「君は、危機感がなさすぎる。君に接触して来る人物にはまず二心あると疑うくらいでちょうどいいんだ」

「だから自分たちが選別してやる、とでも言うんですか?」


お見合いババァか、王太子。


「余計なお世話です。誰と話すかその後お付き合いを続けるか、そんな事は自分で見極めます。誰であろうと口出しはさせません!」

それだけ言って辞していくアリスティアをひきとめるどころか、

息を呑んで言葉が出ない王太子とギルバートの横でアルフレッドが、

「違うよアリスちゃん……」

と呟いたが酷く小さなその声はアリスティアの耳に拾われる事はなく。


ほんとに君がそんなものにおさまる人物ならば苦労しない、と叫びたいのを堪えて。

「あ〝ーーもう!!」

頭をガシガシしながらしゃがみ込む。

違う。

違う!違う!!

保護したいんじゃない!

俺は__

そんな名目じゃなく守りたい。

でも自分のそんな想いは、彼女の強い意志の前ではただの小さな自己満足に過ぎないこともわかってる。




「それで?啖呵切って出てきちゃったの?」

「別に啖呵切ったつもりじゃないんだけど……」

一般論を言っただけだ。

どう取るかは、あっちの勝手だ。

「まあそうね」

(自滅したか、馬鹿め)

と心中で吐きすてるジュリアはアルフレッドの想いを代弁などしない。

「……嗜めるとか、ないの?」

「間違ってないんだから嗜めようがないわ」

王子だとか、次期国王とか__そんなモノ、この子には意味をなさないのに。

アリスが求めるのは、安心して背中を預けるに足る相手。

ただそれだけ。

そんな事が、何故わからない。


以前なら王室の強権発動でどうにか出来たろうが、今は違う。

何しろ今のこの子は聖竜の茶飲み友達(今ならドラゴンフラワー詰み放題の特典付き)。

そしてそれはアリスティア自身が自らの力で掴み得た称号だ。

いくら聖王妃の威光があっても、聖竜に「面白い魂をしてる、茶飲み友達にならないか」と言われたという事は則ちアリスティアの魂が輝いてるという事。

誰にも否定出来ない事実がここにある。

それを無視して“友達は自分達が選んでやる“などと思い上がった奴らが悪いのだ。

自力でそんな答えにすら辿り着けないなら、土俵にもあがれはしない。

「そろそろいきましょうか」

「そうね」

何だか知らないが、

「今日の生徒会の集まりには必ず来てね」

と朝イチに通達が来たので行かないわけにもいかない。

議題は次期生徒会メンバーの指名についてでその話自体はすぐに終わった。

議題が終わったらすぐに去ろうとするも早々にミリディアナとカミラとがお茶と菓子を出してくれて退席のタイミングを逃した。


そして徐ろに、

「昨日はごめんね?君の交友関係には口を挟まないようにするから」

明るく哀しげに言うアルフレッドにアリスティアは疑問の眼差しを返すが、

「他意はないよ。君の言う通りだと思っただけ」

「そう、ですか」

戸惑いつつ謝罪を受けいれ、アリスティアが退室すると。

「どういうつもりだ?」

「やり方を変えただけだよ。あのままじゃ反発されるだけだからね。リュシオン殿下にはもうお帰りいただいたし?」




が、そんな彼等の予測をあっさり翻し、当のアリスティアは学園内のある部屋に向かっていた。

リュシオンに会うために。

アリスティアはは昨夜マダムを通してリュシオンと話したい旨を伝え、リュシオンは帰る直前に学園に寄ってくれた。

内容は別れの挨拶と、〝伝魔法〟通達先交換。

前世で言うメアド交換みたいなものだ。


トラメキアへの偏見をもったままが良いとは思えなかったのと、ギルドに入った時情報源は多い方がいいと思ってのことだったが、アリスティアは知らない。


すぐに部屋を辞したリュシオンと、駆けつけて来たアルフレッドが氷のような眼差しをぶつけ合って会話していた事を。





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