第三章 5

やがて曲が始まり、アリスティアがアルフレッドと共に広間の中央に進み出る。

二人が一歩進むごとに皆が道を開ける。

(モーゼ現象……)

側から見る分には面白いが、自分が当事者だと笑えない。

(エスコートが王子だから仕方ないか)

アリスティアはそんなことを思っていたが、実際は違う。


来賓の殆どはもちろん、生徒たちも知っている。


学内に出現した白い竜の正体も、それを呼び出し一連の騒ぎを治めたのが誰なのかも__そしてその正体について口を噤むのは勿論、存在を保護すべきである事も。


貴族であれば、言葉を理解出来るのと同時に、貴族でなくとも母からの寝物語として刻み込まれている情報だからだ。

故に、民でない者がこういった場に混じって先程のユリアナのような真似をしでかそうものなら、そしてその無礼をなぁなぁで済まそうものなら、トラメキアはあらゆる国から爪弾きにされたろう。

アルフレッドはむしろそれを狙ってユリアナの参加を許可したのだが、リュシオンの対応が予想外に素早かった。

思惑が外れ、アルフレッドは内心で舌打ちした。


ダンスが始まると、(嗚呼やっぱり身長差が開いてるな)とアリスティアは感じる。

(そっか、初めて会ってからもう丸二年経つんだ)

そう感慨に耽っていたら、アルフレッドに苦笑される。

「じっと見つめてくれるのは嬉しいけど、表情固すぎだよ?緊張してるの?アリスちゃん」

「いえ、初めて会った時の事を思い出してました。」

「あ゛〜…」

先程まで浮かべていた余裕のある笑みに動揺がはしる。

「あ いえ 責めてるわけでは。ただ、」

「ただ?」

「身長差が広がったなって」

「…………」

今度はアルフレッドに不思議なものを見るようにしげしげと見おろされ、少々居心地が悪い。

不躾すぎたかな?

「……そっか」

不思議そうな顔が嬉しそうな笑みに変わる。

「?」

が、一瞬後に真剣な表情に変わり、

「さっきも言ったけどトラメキアの皇子には気をつけて。踊ったり話したりするのは仕方ないけど必ず僕の目の届くところにいて。いいね?」

そう言われると共に曲が終わり、繋いでいた手が離された。


パートナーが皇太子に交替した。

私は顔が近過ぎない程度の距離を保ち、踊り出す。

「とてもお上手ですね。聖王妃殿下もダンスの名手でいらしたそうですが」

「……よくご存知なのですね」

他国人なのに、という言葉は呑み込んだ。

「ええ。聖王妃については我が国でも語り継がれていますから。ご存知ですか?当時皇太子だった我が国の王も、セイラ妃殿下と共に魔法学園で過ごしていたのです」

「そうなのですか?」

それは初耳だ。

「それに、我が国の初代皇妃も聖竜の加護を得た姫君でした。尤も、いにしえの話すぎて一種の伝説かお伽話のように伝えられていたのですが__それを事実だと当時の皇帝に教えて下さったのもまた聖王妃殿下でした」

「そう、だったのですか……」

セイラ妃殿下以外にも加護を得た人っていたんだ。


「そして今その子孫である私と貴女が踊っている。不思議なえにしだと思いませんか?」

優雅な金色の獅子は私を覗き込むように言う。

それは百人中百人が頬を染めて首肯せざるを得ない破壊力を持ってはいたが、日頃アルフレッドから似たようなアプローチを受け続けているアリスティアに効果は薄く、

「私がセイラ妃殿下の子孫であったならばそうですね、というところなのですが。“自分は王族と同等に価値のある人間だ“などと言い切れる程傲慢ではないつもりです」

それは本心であり、アリスティアは微笑みさえ浮かべていて決して棘のある言葉ではなかったのだが、

「っ、失礼しました。決して貴女の生まれを揶揄ったわけではないのだが__」

リュシオン皇子は目に見えて狼狽した。

「私も揶揄からかわれたとは思っておりませんわ?私は父男爵の元に生まれたことを誉れに思っております、誰にどう思われようとも。それより、他にも初代皇妃様について伝わっている逸話などはございますの?」

「!勿論、沢山ありますよ。例えば__」




そんな風に話が弾んでいるらしい二人(正確には男の方のみ)を親の敵でも見るように射ている目線を送るアルフレッドに、

「……仮にも同盟国の皇太子を殺したそうに見るのはやめろ」

この国の王太子が気の毒そうに宥めるも、

「別に殺したいなんて思ってないよ〜?ただ、二度と彼女の手を取れなくなるよう腕もげちゃえばいいのにとか、ダンスが出来ないように足腐っちゃえば良いのに〜とか、思ったりはしてるけど?」

顔だけはにこにこと笑みを崩さないので遠目にはにこやかに会話してるように見えるだろう(事実、会場にいる女性の殆どがアルフレッドとリュシオンのどちらに見惚れたら良いか迷っている)。

婚約者がいない王族は今日この場には二人しかない。


カミラとジュリアは近くで拝聴しつつ傍観していたが、

「そのドレス素敵ね。メイデン嬢と揃えたのね?」

カミラがアリスティアと色違いではあるが、所々に同じ意匠が施されたドレスに水をむけた。

色はアリスティアが濃い青、ジュリアが濃い赤だ。

この重厚な色合いのドレスは華やかで気品あるドレスに仕上がっており、二人にも冬の祝祭の雰囲気にも良く合っていた。

「はい。アリスが学内最後のパーティーだからお揃いにしないかと言ってくれたので」

ジュリアも珍しくはにかんだ笑顔を浮かべる。

「仲が良いわね、本当に。もしかして卒業後の進路も一緒だったりするの?」

ミリディアナの質問に、アルフレッドをはじめはっとした空気が辺りに漂う。


普通は卒業後の進路は生徒会に相談する生徒も多く、大体の生徒の進路は把握出来ている彼らだがアリスティアについては本人や家族が一切語らないため、「卒業したら一旦実家に帰ります」以外の情報を得られていない。

だが、

「申し訳ありません。それはアリス本人に聞いて下さい。必要な事ならあの子自ら話すでしょうから」

ジュリアはあっさりとぶった切る。

「……それもそうね。では、貴女は?バーネット嬢。卒業後の進路は決まってるの?」

「私は暫く実家の実務を学ぶつもりでいます。婚約者は慎重に選べと両親が言ってくれていますので」

ジュリアはアリスティアから目を離さずに言う。


王子こいつらがアリスティアにくっついてるせいで全然アリスと話せていない。

せっかくお揃いのドレスを着ても一緒に楽しみようがないではないか。

そんなジュリアの思いをわかってはいるらしく、

「この曲が終わってアリスちゃんが戻ってきたら二人で軽食コーナーに行って楽しんできなよ。他の連中は僕らでブロックしとくからさ?」

アルフレッドの言葉に一瞬瞠目するも、

「……ありがとうございます」

ジュリアは心からそう返した。

「え 殿下、次は僕がダンスを!」

「彼女が休んで戻ってきてから誘えばいーでしょ〜?疲れた女性に無理矢理踊ろうなんて言うもんじゃないよ」

アレックスの嘆願はアルフレッドに軽くいなされ、

「そ、そんなぁ……」

「一生申し込むなって言われたわけじゃないんだから情けない声出すんじゃないわよ」

さらにカミラが追い討ちをかける。


次代がコレで大丈夫か、辺境伯。

そう思いつつジュリアが再び目を向けると、花が綻ぶような笑みを浮かべているアリスティアが目に入る。


珍しい。


誰といてもあそこまで本物の笑みを浮かべるアリスティアには滅多に御目にかかれない。


誰もがそう思って見惚れているうちに曲が終わり、踊り終えた二人は笑顔のまま互いに礼をして離れ__その際、リュシオン皇太子が軽くアリスティアの手の甲にキスを落とした。



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