第三章 4
そうして迎えたパーティー当日。
生徒達は皆早々支度を整えてそわそわと落ち着かない一日を過ごし、パーティーが始まる少し前には寮の玄関ホールに集まる。
婚約者やパートナーがいる生徒には迎えエスコートがやってくるはずだが、その時間にはやや早い。
なのに何故殆どの生徒が支度を整えて集っているかというと、友人とドレスを見せ合ったり談笑したりと滅多にない、そして最後の機会を存分に堪能する為だ。
皆既に何回か経験しているので一年生の時のような緊張もなく、華やいだ雰囲気がホールを満たしていた。
そんな中、
「…………」
約束もしていないのに、どうしてここに?と問い詰めたい私の視線を見事にスルーして、
「わぁアリスちゃん綺麗だね〜それにそのドレス着てくれたんだねありがとう!」
いきなりぶちかましてくれた。
「…………」
「……………」
賑やかだった寮の玄関ホールに一瞬の間に静寂が満ちる。
確かにこのドレスは王室から贈られたものだが、
__今の言い方ではまるで。
「どういうつもりですか?」
押し殺した声で訊くと、
「いや、それ贈ったのは母上だけど仕立てたのはミリディアナ様と同じデザイナーさんだったから君のも仮縫い見せてもらってたんだ。だから、君が着たとこ早く見てみたくて来ちゃった、あとは」
あとは?
「あとは、押し掛けエスコート……かな?」
周りに聞こえないよう、小さく耳元で囁かれる。
なんだその単語は。
いや造語か、きっと辞書には載ってない。
「ん〜あと、面倒なのが来てるから、虫除け?」
益々意味がわからない。
「今夜は国外からの来賓も何人か来てる。まあ、卒業後の進路を決める時期でもあるから」
そういえばこの魔法学園のレベルは国外からみても随一と言われている。
魔法大国と言われるだけあって、魔力量の強い子供が数多く生まれる上に育てる環境が整っている為、優秀な成績で卒業する生徒は引きも多くかかる。
かくいう私も例に漏れないのだが。
「道すがら説明するよ」
そう言われて差し出された掌に、仕方なく私は軽く指先を重ねた。
会場に入ると一斉に視線が集まる。
そんな視線を笑顔ひとつで一蹴してアルフレッドは歩みを進め、手を取られたアリスティアも不本意ながら共に進む。
会場の中ほどまで進んだところで、
「アルフレッド殿下!」
と抱き付くように飛びついて来た人がいた。
「っ?!」
私はさっと避けたがアルフレッドは避けるわけにいかなかったのだろう、腰がひけた状態で受け止めた。
飛びついてきたのは言わずもがなのユリアナ姫だ。
いくら学内行事でも、国外の来賓もいる公式な場でしかもパートナー(仮)をエスコート中の男性、しかも王子に抱き付くとかあり得ない。
私だけでなく周囲の視線もそう告げているが、当人は気にしていないようだ。
流石は
そこへ見慣れない青年が割って入った。
「お前は全く!あれ程言ったのに。申し訳ないアルフレッド殿下、並びにアリスティア・メイデン嬢」
金髪に金色の瞳、肌の色はアルフレッド達ほど白くないがユリアナよりは白い。
ユリアナの肌は褐色に近いのだ。
身長も190センチあるギルバートと変わらない。
物腰は優雅で、細身ではあるが瞳の光がなんというか肉食獣を思わせ、金色の獅子を連想させる美しい青年だ。
「ユリアナ、離れなさい」
「お兄様、でも……!」
ユリアナが甘えた声を出すが、金色の青年の醸す空気は冷たい。
「お前がきちんと弁えた態度を守るというから来るのを許可したんだ。なのにその態度はなんだ?学園生活もまともに送れず友人の一人も作れず、挙げ句の果てには学園の規則が窮屈だのなんだのと国に逃げ帰ってきたと思ったら、このパーティーだけは出たいからレジェンディアに戻るなどと……」
最近見ないと思ってたら国に帰ってたのか、知らなかった。
アルフレッドからはトラメキアの王子が来ているとしか聞いてなかったから。
先程道すがら聞いた話では、
「隣国トラメキアの皇太子が急遽参加したいと言って来た、目的は
「別に来て欲しいとは言ってないんだけどね、来たいって言うから一応来賓に入れといた」
とのことだったが、なんていうか扱いが雑だ。
トラメキアは国土も広大な大国のはずなのだが。
「全く、いつまで子供のつもりでいるのか。そんな真似しか出来ないなら今すぐ帰りなさい。アルフレッド殿下だけでなくお連れのご令嬢にも失礼だろう」
「彼女は男爵令嬢ですわっ!この娘の方が皇女である私に遠慮すべきでしょうっ!?」
周囲がハッと息を呑み、続けて
「なんて無礼な……」
「あれがトラメキアの……」
「あぁ、あの……」
ひそひそと非難の声が交わされ始める。
「お前っ……!」
激昂しそうな皇太子より先に言葉を発したのはアルフレッドだった。
「___聞くに耐えないねぇ。前々から思ってたけど君って馬鹿でしょ?」
顔だけは笑みを浮かべているが声音は氷点下だ。
硬直した皇女サマをいささか乱暴に振り払い、
「これ以上、僕の__いや我が国の、何より
言いながらアリスティアの腰を抱き寄せる。
普段なら突っぱねるところだが、こんな場でしかも注目の的となってる状態で振り払うのもどうかなのかと手の主を横目で見遣ると、記憶より高い位置に顔がある事に気付く。
あれ。
(背、伸びてる……?)と軽く驚く。
ゲームの画面越しでは気付きようもない事実に、不思議なものを見るようにしげしげと見つめ、その視線に気付いてにこりと微笑むアルフレッドにリュシオン皇子の叫びが降りかかる。
「っ、申し訳ない!誓って我が国はレジェンディアに翻意などないっ!ユリアナは至急母国に強制送還し国からも厳罰をもって対処いたします!」
「そこまでしなくていいよ。ただ二度と僕たちの前に現れないでくれればそれでいい」
「……御意。連れて行け」
「ちょ、待ってよお兄様……?!」
抗議の声も遮られて皇女サマが会場警備の衛兵に連行されて行き、目の前の皇太子サマが私の前に跪いた。
「異母妹の無礼なる振る舞い、重ねてお詫び申し上げる。アリスティア・メイデン嬢。御許しいただけますか?」
さらに掬うように手を取って赦しをこわれる。
えぇと。
なんで??
意味がわからない私に変わってアルフレッドが、
「彼女はそんな狭量な人間じゃないよ。それよりいい加減名乗ったらどう?て 言うか立ち上がって?、アリスちゃん困ってるからさ?」
殊更軽い口調で言い、場にホッとした空気が流れる。
言われた皇太子は立ち上がり、
「感謝いたしますアルフレッド殿下。名乗りが遅れて申し訳ない、トラメキア帝国第三皇子リュシオンと申します」
だが取った手を離す事はなく名乗られた。
「……初めまして、リュシオン殿下。いち男爵家の娘に過ぎぬ私に斯様なお心遣い感謝致します。」
かろうじてそれだけ返すと何故か片手で取っていた手を両手で包み込まれた。
「とんでもない!貴女はただのご令嬢ではない!入学時より素晴らしい成績を修め、生徒会役員としても尽力され、王室の覚えも目出度い麗しの御令嬢だと各国で噂になっております。かくいう私もひと目貴女にお会いしたく参加させていただいた次第で……」
感極まってる(らしい)皇太子の口上の後半、私は聞いていなかった。
言われた内容にショックを受けていたからだ。
(各国で、噂になってる……?)
そんな馬鹿な。
「リュシオン皇子」
アルフレッドの低い声音にはっとしたリュシオンが、
「失礼致しました、メイデン嬢。アルフレッド殿下とのファーストダンスの、 私と踊っていただけますか?」
(嫌です)
は、言ったら駄目なんだろうなぁ、仮にも夜会の場だし?
「……はい」
「ありがとうございます。では、後ほど。」
金色の青年は嬉しそうに破顔して離れて行った。
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