第三章 2

第3章 2



「で、もう一つの用件なのだが」

アルフォンスの言葉に思考が戻って来る。

「調合自体は難しくないが寮の個室にはキッチンもないし道具も揃わないだろう。だがドラゴンフラワーは門外不出の花だし、人目に付く場所でさせる訳にもいかない。だから君の住む南寮の一角に簡易施設を作らせてはどうかという話なんだが」

「は?」

私は自分が作った魔法空間に適当に道具運びこんでやるつもりだったんだけど。


「南寮かあ。いっそこの生徒会室の横に作ったらどう?魔法認証なしには入れないようにして」

「いや、それだと現行の役員から不信を招く。私の在籍している院の研究室を使うという手もあるが、」

「院生じゃないアリスちゃんがしょっちゅうそちらに行ったら逆に目立っちゃうじゃないですかー、元会長ともあろう人が何言ってるんですか?」

「そんなもの秘密の魔法通路なり直通で作ってしまえばいい。元々調合に必要な道具は揃っているのだし新たな部屋から作る事を考えれば無駄な支出も減るだろう?第一 生徒会室の横に君達以外の役員が入れない部屋なんて作ったら騒ぎになるのは火を見るより明らかだ。そうは思わないかい?」

「はっ、そんな事僕が考えていないとでも?特殊な魔法空間を構築してそこに部屋がある等と認識させなければすむことです。言われなくとも、」

「ストーップ!」

ヒートアップしていく応酬にカミラが待ったをかける。

「肝心の当人の意向を無視して盛り上がんじゃないわよ!」

尤もな指摘に二人が口を噤んだ途端、

「いっそ」

ぼそりとアッシュバルトが呟く。

「いっそ、メイデン嬢が東寮に移れば良いのではないか?警護もしやすくなるし……」


「いや、それは」

無茶だろう、と続けようとしてアルフレッドは言葉を止める。

東の男子寮と女子寮は近いし、互いの寮のカフェテリアは行き来自由であるし、寮の行き帰りも目が届きやすくなるが寮は上の部屋から充てがわれていくから現在空きは__いや、あるな。

退学になったナノルグ伯爵の娘とその仲間がいた部屋が。

だとしたら問題は現在の東寮と南寮の寮生がどう思うか、か?

一瞬でここまで考えたアルフレッドは顎に手をやり悩み出した。


「何を勝手な、」

と怒鳴ろうとしたジュリアも、

アリスが同じ寮になったら、寮と学園の往復だけでなく、朝食と夕食も一緒に取れる。

互いの部屋に泊まる事だって出来るし、毎晩〝伝魔法〟で無事を確かめるまで落ち着きなく心配しなくても自分の目で確かめられる……?

いや、でも東寮にはミリディアナやカミラ、他の高位貴族もいるしアリスの精神環境的にはどうなの?

同じく口元に手をやって小さく唸る。


が、

「卒業まで半年をきってるのにそのような事をする必要はありません。人に知られないよう調合する場所なら自分で確保出来ますからご心配なく」

と言うと目に見えてジュリアとアルフレッドが肩を落とした。


「?」

何でジュリアまで??

「私はこの件について君に最大限の便宜を図るよう言われているんだが……まあ、君がそう言うならば王にはそう報告しよう」

「いや、だが!」

苦笑してあっさり引き下がったアルフォンスと違い王太子は納得できないらしい。

「彼女の意向を無視は出来ないよアッシュバルト、王太子であってもね」

アルフォンスに窘められて苦い顔のまま唇を引き結ぶのをミリディアナが心配げに見つめていた。


「まぁ、言われてみればそれもそうか。もう卒業まで半年なんだよね__ねぇアリスちゃん、今年の冬の夜会には参加するよね?エスコート相手は決まってるの?」

アルフレッドが唐突に話題を変えた。

「いえ。決まってませんが」

そもそも出るつもりがないので忘れてた。

「そ?必要だったら何でも言って?エスコートでもドレスでも、アクセサリーでも。あゝそれより君の実家に薬を送った方がいいかな?次は妹君が風邪ひいたりしたら困るもんね?」

にこやかに繰り出されたあからさまな挑発に場の空気が凍る。

が、

「様々なお気遣いありがとうございます。先だって殿下が仰った通り、自分で何とかしますからお気になさらず」

欠席する為の嘘がバレていようがいまいがどうでもいい私は同じ笑みで返した。


「まあいいけど。急いで退出するのは待ってね?言っておかなきゃならない事があるんだ」

「?」

アルフレッドの言に意味がわからない私をおいて得たり、という顔のアルフォンスが、

「結界は?」

とギルバートに訊ね、

「二重に発動させています。外から聞くのは不可能かと」

「よろしい。これから話す事は国家の機密事項だ。不測の事態に備えてバーネット嬢にも知っておいてもらいたい。良いね?」

と続けた。

えっ……ジュリアを巻き込む?

「わかりました」

返事に詰まる私に構わずジュリアが答える。

「ジュリアッ!」

「この事に関しては譲らないわよアリス」

「そう構えなくても大丈夫。有名無実な話だからね」

「そう、でしょうか……?」

にしては妙に厳戒態勢な気がするが。


そこでされた話は聖竜に関してのあれこれだった。


聖竜の守護を受けた者の正体を明かしてはならない、また誰何すいかしてもいけない。

聖竜の力をむやみに頼ってはならない、また政治利用もご法度である。

聖竜またはその守護を受けし者に危害を加えてはならない。厳重に保護し正体を明かさず守らなければその国に未来はない。


ざっと並べるとこんな感じだ。

「…………」

えぇと。


まず正体を明かさずって既に無理がない?

あの時私は顔を隠す事をしてないうえに制服姿だったのだ。

王立魔法学園の歴史は長い。

見る人がみればすぐに学園の制服を着た金髪の生徒だと認識しただろう。


もちろんあの時の目撃者には箝口令が布かれているし、聖竜は遠くから視認できるがその手というか鉤爪に人が抱えられていたとは見えようも知りようもない筈だし、聖竜は高速で移動するから近くでみてもわからないとは思う。


けど、セーフなのかこれは?


私の呟きは答えを求めていたわけではないが、

「あぁうんそうなるよね」

とアルフレッドが、

「有名無実だと言ったろう?ばれていても問題ないんだよ」


とアルフォンスも答え、苦笑しながら続けた話によれば、要するに聖竜の加護を受けている者が周知の事実であってもそれを詮索するのはどんな身分の者でもご法度なのだそうだ。

知っていようがいまいが、聖竜の背に乗っていたのはあなたかと確認するのも聖竜と私が共にいるのを目の前にしてお前は誰だと訊ねるのも同じく不可。

それをした途端、聖竜の力はおろか各国間で結ばれている同盟からも強制脱退、あらゆる関係を断ち切られ国が立ちゆかなくなるという。

そして加護を受けた者が住まう国は彼らを厳重に保護し、それを嵩にきて思い上がった態度をとったり政治利用してはならない。

そんな真似をしたらたちどころに聖竜と彼の者は人界から去ってしまう。


と、言われているそうだ。

鶴の恩返しみたいだな?

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