第二章 とりあえず、幕

続いて案内された地下にはずらっと男性一人のバストアップの肖像画のみが並ぶ。

「これは__歴代の国王陛下の?」

 いきなりこんな場所に案内されるとは思わず、戸惑いがちに問う私に、

「正解。その名も国王の間、なんだけど直球にも程があるよね?」

苦笑しながら早歩きで最奥にある絵の前まで行くとおいで、と手招きされる。

「…?…」

不審に思った私が進まずにいると、

「済まないがメイデン嬢。先に行ってくれないか」

背後からアッシュバルトに言われ、仕方なくアルフレッドがおいでおいでしてる場所へと向かう。

他の肖像画は剥き出しなのに、ここだけカーテンで覆われている。

「見て欲しいのはこれなんだ」

さっとアルフレッドがカーテンを引くと、これだけが王の肖像画ではなく、夫婦の肖像画だった。

勿論、セイラ妃殿下とレオンハルト陛下のものだ。


「びっくりだよね?歴代の国王の肖像画のみの部屋のはずなのに、普通にこの代だけ妃殿下も描かれてるんだ。それだけ偉大な功績を残した方だった、て事なんだろうけどね?」

 確かに。

けど、玄関ホールにもこのお二人が描かれた絵はあったのだし、わざわざ地下まで来なくても良かったんじゃ?と私が思ったのがわかったのかアルフレッドが続けて

「見せたかったのは、これだけじゃないよ。むしろこっちが本命。ほら、良く見て?」

 お二人の絵の背景に描かれている一点をアルフレッドが指差す。

差されている場所は暖炉で、その暖炉の上には燭台が飾られ、その横には鏡と櫛が置かれて__

「?!」

 __櫛?

「これ……」

 私はまじまじとそこを見つめる。

「そ。君が手にしたものだよ」

あの〝Thorough me〟と書かれた手鏡と櫛。

それがこの絵に描かれている。

「〝聖王妃の薔薇の手掛かりがこの絵の中にある〟。王家には代々そう伝えられてきた。けど、今まで封印を解いた者はおろか手掛かりすら見つける事は出来なかった。君には言わずもがなの情報だろうがな」

背後にいたアッシュバルトが横に来て言い、

「初めの方こそここに描かれているものを片っ端から試してみたんだろうけどね。何も反応しない事からいつしか諦められて言い伝えと化して、あの鏡も倉庫に仕舞われてしまったんだろうね__ そして、君がみつけた」

微笑むアルフレッドにいつもの胡散臭さはない。

むしろきらっきらの王子様スマイルだった。

なんかマズい気がする、と思い目をそらすと今度は反対側のアッシュバルトも微笑えんでいるではないか。

「っ!」

 こうして見ると良く似ている。

普段は表情が全く似ていない為、あまり思わないのだがこうして微笑むと似ているのだ。


 じゃなくて!


 王太子が!


あのいつもしかめっ面の王太子が優しく微笑むって何?!


 こんなイベント、あのゲームにはなかった筈だ。


 だが、この二人の優しい微笑みはゲームで見たスチルにそっくりだ。

そんな私の驚愕には構わず、アルフレッドは更に隣の肖像画へ視線を誘導する。

「___!」

 ひと目見て私は固まった。

「彼が、聖王夫妻の次代の国王だよ」

「そっくり……」

遺伝子伝達の見事さに感嘆せずにいられない。

隣の国王はお二人の子供なのだろう、顔の造作はそのままレオンハルトを写しとったようなのに、髪と瞳は真っ黒だったのだ。

黒髪は優性遺伝子とは聞くけど、この世界でもそうなのかな?


じゃなくて。


 なんだこの状況は。


 何かのフラグか。


 そういえば地下ここには双子の王子しか来ていない。


 __何故?

「あの、他の皆様は?」

「ああ、ここ王族以外立ち入り禁止だから。ミリィ様もまだ入った事ないと思うよ?」

 にっこり微笑むアルフレッドはいつもの胡散臭さに戻っていた。

というか、

(何だと?)

「勿論、君は特別。封印を解いてメッセージを受け取ったのは君だし、勿論国王陛下も許可してる。問題ないよ。そろそろ行こうか」

 アルフレッドが差し出す手に躊躇いつつも手を伸ばす。

何かのフラグみたいな気はするが“ここで王子二人といるよりはいい“と判断しての事だった。


 地下から上がるともう玄関ホールには誰もおらず、アルフレッドにエスコートされ上階の部屋へと案内される。

「主にお二人が使われていた部屋がここ。ああ、もう皆来てるね」

 ドアを開けると先程玄関ホールで別れた四人が揃っていた。

ただ、アルフォンスとギルバートが何やら手にしている。

というか、アルフォンスが手にしているものには見覚えがあって後ずさろうとしたらアルフレッドの手が肩におかれて止められた。

「ダメだって。君が持つべきものなんだから。受け取って?」

「そういう事だ。国王陛下にも父である公爵にも許可は取った。これはもう君が持つべきものだ。受け取ってくれ」

 アルフォンスが差し出したのはさっきまで手にしていた薔薇扇。

戻ってきてすぐ丁重にお礼を言って返したのに、元の高そうな箱に納められた状態で戻ってきた。

 (いや、これ、国宝級の家宝とか伝説の秘宝クラスですよね?間違っても男爵令嬢が持つような物じゃないですよねっ?!)

 私が手を出せずにいると、

「言ったろう、当家では相応しい持主が現れるまで預かってただけだと。封印が解かれた所で君以外が使いこなせる代物でもない。セイラ妃殿下の御心ざしを無駄にしないでくれ」

 懇願する様に言われてしまえばそれ以上拒否する事も出来ない。

「はい……」

しおしおと躊躇いがちに受け取ると、

「良かった。これでひとつ肩の荷が降りたよ。それから」

「ギルバート」

 続けようとしたアルフォンスをぶった切る形でアルフレッドがギルバートを促す。

一瞬ぎょっとしたが、当のアルフォンスが「やれやれ」と苦笑した感じに黙って引いたのでギルバートが私の前に来てこれまた見事な銀細工の箱を差し出す。

 「…………」

 嫌な予感しかしない。

「あの、これは?」

 どうにか受け取らずにやり過ごす方法はないものかと思案しつつ訊いてみる。

「王家からのちょっとしたお礼だよ」

(い、要らない……)

「用心深いなあ。そんな高価な物じゃないよ、ただの記念品」

 ね?という風に兄に同意を求めるアルフレッドの顔は普通、に見える。

何か企んでるわけではなさそうだ。

 恐る恐る箱を開けてみると、確かに凄く高価な物ではない。


 __値段だけで言うならば。


 〝Thorough me〟と書かれた手鏡。

絵の中の、あの倉庫で私が手に取ったのと同じものだ。

「あの、これはセイラ妃殿下の遺品なのでは?」

「勿論そうだよ?あ 、許可は 」

 下りてるんですよね わかってますが!


 本当なら聖遺物みたいな扱い受けてもおかしくないような気もするけれど。

 あの手紙を読む限りでは普通の女の子みたいだった。

 あの過去の記憶も、仲の良い友達と戯じゃれてるみたいな(相手ドラゴンだったけど)。


 同じ時代にいたなら、私も同じようになれただろうか。

 

「では、記念品としてなら。有難く頂戴致します」

 私は僅かに微笑んでそれを受け取った。


 その場にほっとした空気が流れるとおもむろに、

「ね こっち来て?ここからバルコニーに出られるんだ」

アルフレッドが大きな窓を開け放ち皆を誘う。

「わぁ……!」

歓声をあげたのはミリディアナだ。

バルコニーから一望出来る庭園(聖竜とお茶したのは裏側だった)は薔薇が咲き誇り、薔薇の香りが全身を満たした。

「昼間に見学させていただいた事はあるけれど夜見るのは初めて!夜灯ナイトランタンが当たるとこんな不思議な空間になるなんて凄い……!ね?カミラ」

「いや、申し訳ないけど私ここ来るの初めてだから」

「あ そうだっけ?」

「貴女は王太子殿下と来たんでしょうけど、私とギルバートは傍系ですらないんだから当たり前でしょ」

 別に腐ってるいるわけでなく淡々と事実を述べるカミラに、

 (それ言ったら私 純粋な貴族ですらないんですけど?でも、ほんとに綺麗)

 と心中突っ込みながらバルコニーからの眺めに魅入っていた私は、いつの間にかバルコニーから人が減っている事に気付かなかった。






 “思い上がるな、付け上がるな“最初僕達はそう思ったんだ。

〝この世界のヒロイン〟だという君に。

 けど違う、付け上がってたのは、 思い上がってたのは、僕達の方だった。

 僕たちは教えなきゃいけなかったんだ、君がいかに特別で優れていて凄い女の子なのか、自覚させなきゃいけなかった。

 なのに、最初から思い違いしていた僕達は君との出会いからしくじった。

 だから、彼女には今でも伝わらない。






 ふわ、と横からの風が凪いだのを感じ、薔薇とは違う香りが漂ってきた。

「このバルコニーでレオンハルト殿下はセイラ妃殿下にプロポーズしたんだって、そう王家には伝わってる」

 いつの間にか真横に来ていたアルフレッドが教えてくれる。


(うわぁ、乙女ゲーム顔負けのロマンス ストーリー…!セイラ妃殿下ってその時もう記憶あったのかな?)

そんな考えに頭を占領されていた私はいつの間にかここにアルフレッドと自分だけになっていた事に気が付かなかった。


 そして、

「確かに僕はいつも先に謝って下手に出る事でその場が有利に運ぶならいつだってそうしてきた」

 アルフレッドが唐突に呟いた言葉に、

「?」

訳がわからず首を傾げると、

「君以前訊いてきたでしょ?〝何故何かある度に真っ先に頭を下げるのか〟って」

「あぁ……」

 そういえば、あったなそんなこと。

 一年生の時の事だ。

「これからもそうすると思う、必要ならね」

「はい?」

 (別にどっちでも良いですが)

着地点がみえない。

「 __君 以外には」

「は?」

 益々もって意味がわからず顔をあげるとアルフレッドのエメラルドの瞳と自分の瞳が出会でくわす。

「君にそんなの通じないでしょ?いつだって本音で誠実な言葉と態度に出さなきゃ信じてもらえない。だから君にはやらない、ていうか出来ない」

 そう言って王子は私の前に跪いた。


(え……)


 掬いあげるように手をとられて、

「君は間違い無く、今迄出会った中で一番素敵な女の子だ。だからお願い、アリスティア・メイデン。僕と結婚して?」

「え 嫌です」

言われた言葉に、速攻で返した。

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