第二章 10

 強力な魔法使いはいるが、浮遊魔法に特化している魔法使いは総じて攻撃力が低い者が多い。

両方使いこなせる魔法使いを集めたとして、空を高速で飛び回るドラゴンに渡り合える者がどれぐらいいるだろうか?


 重い沈黙が落ちる中、

『我が伝えるべき事は以上じゃ。これでアレの遺言は果たした』

 一応座していた(と思われる)ドラゴンが立ち上がる。

「「「!」」」

 私も立ち上がり、

「この度は沢山の助力をいただき、有難う御座いました」

と淑女の礼を取った。

王子たちも慌てて立ち上がり、臣下の礼を取る。

『やれやれ、普通で良いと言っておるに。さて、我はこれで帰るが、アリス』

「?はい」

『お前はアレに似て面白い。祝福はやれぬが、我と茶飲み友達になってくれぬか?』

「っ、はい!喜んで!」

満面の笑みで返すと、聖竜の目が細まる。


哀しく笑ったような、でもどこか寂しそうな__けれど優しい目だった。


『ではアリスよ、先程アレから教わった我の名前があるだろう?』

「はい」

『呼んでみよ』

「えっ?!」

『構わぬ。呼べ』

 周囲がごくり、と唾をのむのがわかる。

「はい……〝ジャヴァウォッキー〟」

「「「「「「っ?!」」」」」」

「?」

 声にならない悲鳴を聞いた気がして王子達を振り返ると、

「今、何と言ったんだ……?」

 代表してアッシュバルトが尋ねてくる。

「え 名前ですけど…」

「……もっぺん呼んでみてくれる?」

 アルフレッドの言葉に応じて、

「はい。〝ジャヴァウォッキー〟」

「……聞き取れた?」

カミラが隣のミリディアナに聞き、

「いいえ。ピーとかガーにしか聞こえなかったわ」

ミリディアナが答える。

「俺もだ」

ギルバートが同意し、

「僕にも擬音にしか聞こえなかった。つまり、そういう事だね」

アルフレッドが苦笑しながらまとめた。


『そういう事じゃ』

聖竜がまたニィ、と今度は皮肉げに目を細めた。

感情豊かだなあ。

これもセイラ妃殿下の影響なのかしら?


「どういう事だ?」

わかっていないアッシュバルトが弟王子に尋ねる。

「聖竜様が許可した相手しか呼べないし認識もされないって事だよ、おそらくね」

『左様。この名前は元々アレが私に付けた名で、他の者に呼ばせた事はない』

聖竜はゆっくりと頷いた。

『アリス、ドラゴンフラワーが摘みたくなったら呼べ。茶の調合も頼む』

「はい!」

わぁあの花畑また見られるんだ嬉しい!

『あとは__』

聖竜が視線を動かすと手の中に何かが落ちた。

綺麗なネックレスみたいだ。

小さな紅いルビーと、空色のクリスタルが散りばめられているみたいにキラキラ光っている。

土台はプラチナ、かな?

それが、聖竜の体から落ちて__いや、掛かってるのかな?

『軽く引いてみよ』

 言われたまま軽く引くと、次の瞬間聖竜の背に乗っていた。

「えっ?」

『それはアレが我に乗って散歩をする時用にと魔法で拵えてくれたものだ。我に乗る時は今みたいにすれば良い。名前同様、其方にしか反応せぬようになっている。それから』

 いきなり〝聖竜の背の上から庭園を見降ろしている〟という事態に私も口を開けたままかなりな間抜け面になっていたと思う。

『もし、どこか遠方にドラゴンが現れたり、命の危機を感じて我の翼がどうしても必要になったなら呼ぶが良い。その時気が向けば空の散歩の誘いに乗ってやろう』

 それって、要するにピンチの時には助けてくれるってこと……?

「えっと、はい!あ ありがとうございます、〝ジャヴァウォッキー〟」

『……気が向いたらだぞ?』

 念押しする聖竜の表情は、セイラ様にクッキーを突っ込まれた時と全く一緒だ。

 私はくすくす笑いながらすとん と浮遊魔法で勢いを殺しながら地面に降り立ち、再度お辞儀をした。

いきなり飛び降りた事に聖竜は驚いたみたいだがどうしても顔を見て言いたかったのだ。

「ありがとうございます。命の危機に陥るような事になってお呼び付けする事の無いよう気を付けますね」

 にっこり笑って言うと、

『む……』

とちょっと憮然とした表情になる。

だが、そう言う聖竜の瞳は優しく澄んでいた。

「代わりに、季節ごとにお茶に誘う許可をいただいても?そして、その際には菓子を作って持って行ってもよろしいでしょうか?」

『許可する。好きに致せ』

 ちょっと不機嫌な表情のまま、ぶわ、と辺りの風を巻き上げ、聖竜が飛び去った。


 後に残った面子は聖竜と普通にお友達な会話をしていた少女を前に置物みたく固まっていたが、ピシッと真っ先に人間に戻ったアルフレッドが、

「えぇと、改めてお疲れ様アリスちゃん。疲れてるだろうけどちょっといい? 見せたいものがあるんだ」

 言いながら手を取ってエスコートを始めた。


「っ、アルフレッド!」

向かう先がこの庭園を擁す宮らしいとわかったからか、責めるような鋭い声でアッシュバルトが制止の声をあげた。


「もう陛下からの許可は取ったよ、彼女がここに戻って来る前にね。中の準備もさせておいた」

振り向かずにそう声だけ返しながらアルフレッドの足は止まらない。

かと行って強引に進むわけでもなく、きちんと私の歩幅に合わせてくれているようだ。

「いつの間に…」

「流石だねぇアルフレッド」

 前者のアッシュバルトは苦い顔だが、後者のアルフォンスは何やら楽しげだ。


「皆も来れば?どうせこの先は宮の中じゃなきゃ出来ないんだからさ?」

 至極当たり前のように告げるアルフレッドに、

「確かにその通りだな」

と迷わず続くアルフォンスに引率されるように皆が付いていく。

ギルバートだけは、

「いや、俺、私は王族ではないのだし」

とか逡巡していたがカミラにどつかれるようにして付いてきた。




 そうして案内された宮に入ってすぐに目の前に大きな肖像画が目に入った。

 雪みたいに真っ白な髪の美青年と、彼に寄り添う小柄な黒髪の女性。


その二人の周りには子供達なのだろう、十歳くらいの少年とそのすぐ下らしい良く似た少年、反対側に彼らの妹らしい女の子二人が描かれていた。

家族の肖像って感じだが真ん中の女性はやはり。

「この方が、セイラ妃殿下……」

先程の映像は聖竜を真正面にしたものだった為、セイラ妃殿下の顔は良くて僅かな横顔で殆どが後ろ姿かそれに近かった。

漸く真正面からひとの顔を見た私が呟く。

「そ。この宮は当時 王太子夫妻の住まいだったんだ。今は王家のギャラリーとして保存されてる。順に案内するよ」

そう言いながら身を翻したアルフレッドが、離れた場所にいた従者に何事か目で合図していた事に私は気がつかなかった。


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