第二章 1

現在魔法学園は夏期休暇中だ。


 私とアルフレッド王子との婚約話はもちろんあった。

当然、

「娘があのような目に遭ったばかりのところにそのような申し出は耳を疑います」

 と父が一蹴してくれた。


 あのパーティーの一件で流れた「アルフレッド王子と私は婚約した、或いはする予定なのではないか」という噂には「全くあり得ません」と全否定させていただいた。

 それを知った各家から縁談やらパーティーの招待状が山のように届いたらしいが、私がパーティーに出る事はなかった。


 めんどくさいので。


 まあ、囲い込みたくなるのはわかる。

だってあれだけの魔力放出した割に丸一日眠っただけで回復、今のところ異常は感じない。

これが転生チートというやつか。

だが、私にも夢があるのだ。

ギルドの冒険者になってこの国以外の世界を見て旅したいという夢が。


 それは、海外旅行ひとつ経験出来ないまま終わってしまった前世からの夢でもあって。

 折角今世強力な魔法使いに生まれ変わって、父もそれを理解してくれてる環境なんてそうそうないよね?

 だから、私は魔法使いとして一人で立ちたい。

 諸々の煩わしさから逃避する為ためにジュリアに比較的王都からは遠い別荘で休みを過ごす事を提案され、それに乗ることにした。



 



したのだが……現在、〝生徒会皆で王家所有の別荘でお茶会中〟である。


何故だ。


 ジュリアの別荘に着いて数日経った頃、別荘の前に馬車がやってきて、現れたのはアルフレッドとカミラとギルバート。

曰く、近くの別邸に皆で来たところほど近い場所にバーネット家の別荘にありジュリアと私が来ていると知り遊びにこないかと誘いに来たのよ、云々…。


ンなワケあるかあぁっ!!


 と、突っ込むわけにもいかず。


 いや、だがそもそも王子が突撃訪問てなんだ反則でしょ?

バーネット家側が無礼すぎだと言うわけにもいかず、

「先触れを出すほど畏まったものではない、学友同士の気楽な集まり」

だと言い張られてしまえば断りきれるものでもなく。

不承不承、お邪魔している次第だ。



「ごめんなさいね、急にお誘いして。驚いたでしょう?」

 苦笑しながら言うミリディアナ様に『驚くというより迷惑です』

 と、返すわけにもいかず。


「君が城の図書館にでも通ってくれたら話は早かったんだけどね?」

 王城そこ、通える距離じゃない。

 前世 日本人的には夏休みに〝通う〟所というのは徒歩圏内の事を言うのだ。

異論は認めない。

 まあ、この国 国土がだだっ広いから馬車とか馬とか移動魔法陣が一般的なんだけど。

「良ければ魔法陣設置するよ?君専用の」

 笑顔で言うアルフレッドに、

「あぁ、それは良いな。メイデン男爵家と王城とで繋げれば何かあればすぐに動ける」

 王太子が名案!とばかりに乗り出すが冗談じゃない。


「その決定権は私ではなく父男爵にあります。それに、家人に理由が説明出来ません」

 私があの増幅魔法を使った事は秘匿されている。

知ってるのはあの場にいたメンバーと父とジュリア、あとは国王夫妻に宮廷魔道士団や騎士団のトップのみ。

王城側が魔道士団を護衛に領地に逗留させるとか、騎士団を派遣するとか言って来るのを『余計に変な憶測呼ぶからやめてくれ』と必死に牽制しているのだ。

そんなのいたらかえって目立つでしょうが?


 だから、同じ理由で魔法陣の設置も却下だ。

「む…」

 王太子がそれもそうか と口ごもる。

 前みたいな態度に出て来ない分成長してるんだなーとは思う。


 そういえば。


 そういう点ではギルバートが全く食ってかかって来なくなった。

 一瞬口を出しそうになるものの、直前でぴた、と止まるのだ。

そういう意味でこの面々は前よりは付き合いやすくはなった。

 なったが、別に好意を持ったか訊かれると残念ながら答えはNOだ。

私の中では卒業したらギルドに入って国を出る、という将来設計はそのままだ。


「まあ、そうだよね。形だけでも僕の婚約者にでもなっちゃえば大義名分もたつんだけど」

「そのお話は父が正式にお断りしましたよね?」

「じゃあ卒業後宮廷魔道士団に入る気ない?若しくは魔法省。試験なしでそれなりのポストを用意するけど?」

「私がコードLLとコードLuLを使える事を秘したままそれは難しいと思いますし、年齢的な意味でも周囲の方が納得出来ないかと」

 コードLLとはリライトオブリミテッド、コードLuLはリライトオブアンリミテッドの事だ。

私がこの魔法を使えるという事を秘匿する為に会話ではこう呼ぶ事になった。

一種の符丁だ。

「うーん……でも団長達は知ってるわけだし、下手に試験官に君の実力測られたらかえって面倒だからねぇ?」

 いや、そもそもそこに就職するなんて言ってないでしょう、言わないけど。

 周囲はそんな二人の一見微笑ましいがその実緊張を孕んだやり取りにも慣れたもので普通にお茶を飲んでいる__表向きは。


(いくら助けたからってあからさまに口説き過ぎでしょうが)

心中でこうため息を吐いたのはカミラで、

(ていうか近い、もう少し離れろ)

と毒吐いたのはジュリアである。

基本アリスティアの隣はジュリアだが、ジュリアだけではもう片方の隣は必ず空く。

ミリディアナかカミラが座ってくれれば良いのだが彼女達は基本婚約者の隣にいて、当然こういう時は婚約者のいないアルフレッドかアレックスが座る事になるわけで。

それ以上近寄るな、(私の)天使が穢れる。


ついでに(あの話本気なのかしら?アルフレッドは本当に彼女と?ヒロインが義妹になってくれたらそりゃ嬉しいけどでも)とか一見和やかに見えてその実全く和やかでない席で暢気なことを考えていたのはミリディアナである。


(方向性は間違っていないけど、そんなんでオチないでしょうよこの子は。アルフレッドとくっついてくれれば理想的だけどそもそも玉の輿とか狙ってないっぽいし__て、あれ?)

そこまで考えてカミラはふと疑問に思う。

だとしたら、あのハイレベルなダンスの腕前は何の為のものなのだろう。

「えーと、素朴な疑問なんだけど、貴女は、好きな人とかいるの?__もちろん、無理に答えなくても良いのだけど」

「いませんよ?」

 速攻返したら何故か場の空気が凍った気がする__ジュリア以外は。




「で でも、憧れてる人の一人くらいいるんじゃない?」

 カミラが何とか持ち直して食い下がった。

「いえ、特には」

 ここで思わせぶり発言は命取り、よね?

「えぇ?なら、なんであんなにマナーレッスンに熱心なの?」

「学べる事は何でも貪欲に吸収しておこうと思ってるだけです」

知識や経験値は大事です、どんな場面であれ。

「いつか好きな人と踊ってみたいとかじゃなく?」

 あ〝〜そうきたか。

「いえ、だって好きになる人が礼装でダンスパーティーに行くような人かどうかなんてわからないじゃないですか?」

 私は淀みなく答える。


 ___は?


 という顔にジュリア以外がなった気がするが気付かなかった事にする。

「ち ちょっと待って?て ことはつまり…」

 (貴族じゃない人が良いってこと?)

 (嘘でしょ?あり得ない……)

 ミリディアナと目で会話しながら珍しく動揺しまくりのカミラに、

「アリスティアはこの先どんな人を好きになっても釣り合う自分でいられるように研鑽を怠らないって主義らしいですよ?カミラ様」

 見兼ねたようにジュリアが言う。

「あぁそういう事、」

 一瞬合点がいった風になったが、


 え?


 いや 待てよ?

 つまり王妃様の前でも言ってたけどそれはつまり__


 __ここにいる全員が彼女にとって〝範疇外〟という事になる。

 まじか。

「「「 …………」」」

 沈黙が降りる。

今はカミラも口を開けたまま言葉を発せない。


 (えーと、ぇえと、何か言わなきゃ)

そう思ったミリディアナが発したのは、

「り、理想のタイプとかっ!」

 __はい?

 という顔にアリスティアがなり、

 (((___直球過ぎだ)))

 と周りが声にならない声で突っ込む。

 が、

「特にないですね」

 との切り返しに、

「まさか、結婚願望もないとか?」

 すかさず立ち直ったカミラが切り返した。

「ないわけではないです」

 いつかしたいとは思ってます。

攻略対象あなたがた以外と、出来れば外国で。

「その……条件とか、理想のタイプとか、ないの?」

ミリディアナが慌てて続ける。

「そう言われましても。この先どんな人と出会うのかわかりませんし」

 だから、なんで〝まだ出会ってない〟前提?!

「一緒に暮らすなら、ここだけは譲れない!とか、あるでしょ?」

もうカミラもやけくそだ。

「譲れない、ですか。そうですね、敢えて言うなら__」


 ___言うなら??


 全員が前のめりになる中、

「何かと戦わなきゃいけないとか、そんなピンチの時に、安心して背中を預けられて、側にいると安心出来て、その人の気配を感じながらなら安心して眠れるとかですかね?」

 __どこの二十四時間ジャック危機のバウアーだ。

 と突っ込んだのがこの場に二名いたが勿論口には出さない。


「簡単なようで難しいわよ、それ?」

 しっかり奴等を砕いてて素晴らしいけど。

「そう? まあ、あくまで理想だし」

 ジュリアの言葉に笑って返すが、笑い話にはできなかったようで。

「メイデン嬢。それは、その……かなり難しいと思うぞ?」

 悲壮な顔で王太子が言い、

「自分もそう思います。貴女より魔力の強い生徒は__いえ、宮廷魔道士の中ですらおそらくは、」

 以前のような俺様モードではないが明らかに非難交じりに言うギルバートに、

「?」

 で返せば、

「つまり、“君より強い“ が条件って事かな?」

 アルフレッドが繋げる。

「強さにも色々ありますし一概には言えません。それに元々私より強い方は沢山いらっしゃるでしょうーー私はまだ修行中の身ですから」

「確かに。強さにも色々あるよね。腕力、魔力、剣の腕、あとは政治力とか社交術とかも入るかな?」

 そこまで求めてない。

 てか、どこのスーパーマンだそれ。

「その人に合っていれば良いのではないのですか?」

「……まあ、そうだけどね」

 一瞬呑まれたようなアルフレッドの態度に、

「えぇと、まさか将来一生独身でも構わない とかーー…」

カミラの問いに、

「まさか。好きな人となら結婚したい、と思ってますよ?いきなり結婚しろ、とかは嫌ですけど?」

 アリスティアがすかさず答え、アルフレッドが盛大にむせた。

もとい、吹いた。

王太子も軽くむせた。

ギルバートは固まり、アレックスとミリディアナがカップを思わず手から落とした。




「結婚はしたくない、て」

カミラが呆然と呟く。

普通、王子様からのプロポーズというのはハッピーエンドへのフラグの筈である。それを、

「いきなり結婚とか言われても困る」

ときた。

「理想の結婚相手とか聞き出せたのは収穫といえば収穫だけれど、あんなに将来きっちり見据えて磨いてますって__て、いうかヒロインはマナー系の授業だとかはどちらかと言えば苦手な愛されドジっ子属性の筈じゃなかった?」

 二人が帰ったあと、いつもの面子はいつものように会議で踊っていた。

「そのはず、なんだけど……うぅん?でも彼女、苦手なものなんかないわよね?」

 訊かれたミリディアナも心許ない呟きで返す。

「てか、そもそもミリィだって悪役属性じゃないでしょ。あの子も同じなんじゃないの?」


「確かに、そうか…こちらの目算が甘過ぎたな」

合点がいった風につぶやくアッシュバルトだが、解答以前に方程式が間違ってる事に気付け。

 そう突っ込める人は残念ながらここにはおらず、そんなすれ違った思惑の溝も変わらず。

「この夏期休暇が終わればすぐ建国祭だ。せめて、良い報告をしたかったのだが。つくづく、情けないな」

暗く翳るアッシュバルトの憂いも晴れないまま。


 二年目の夏期休暇も終わりを告げた。







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