第二章 2
夏期休暇が明けると建国祭がやってくる。
普通は初代国王の誕生日とか即位した日とか、そういうもののはずだが、この国ではちょっと違う。
数代前の国王とその妃が「聖王と聖王妃」と呼ばれ、その二人の誕生日が二ヶ月違いなことと、偉大な功績を讃えてその間の日を「建国式典の日」と定めたとか何とか?
それまでこの国に〝建国祭〟という行事はなかったのだそうだ。
随分なこじつけだが、当の国王夫妻が「聖王云々な名付けはやめてくれ」と言ったのでこの形に落ち着いたということらしい。
中期の授業が始まってすぐ建国祭の準備が始まり、一ヶ月後には三日間、国を挙げての祭りとなる。
魔法学園では一日目にそれにまつわる式典があり、夜は夜会が開かれる。
だが、一年生の出席義務は昼の式典だけで後の二日は自由だ。
自宅に帰って家族と過ごすも、城下の祭りに繰り出すも、寮に篭もるも好きにしていいという事だったので私は昨年式典だけ出て、ジュリアと城下の祭りをひやかしながらジュリアの家に一緒に帰り、そのまま泊めてもらった__のだが、二年生は後の二日が自由なのは一緒だが夜会は強制参加だ。
「……はぁ」
ひと言で言えばめんどくさい。
アリスティアは大仰なため息しか出ないが、今宵こそ勝負!と思ってる人も中にはいるんだろうなぁと楽しそうにパーティドレスの話をしている生徒たちを見つめる。
婚約とか、結婚とか。
そんなに焦ってしたいものかなあ?
__とか、思っていられるうちは良かった。
いざ始まると列を成してダンスを求められ、ついでのように愛の告白めいたお付き合いの打診が続く事五回、断るのに疲れて会場から庭に出た途端いきなり手を取られ「建国祭の間一緒に過ごしましょう」と迫られること五回。
(やってられっかー!!)
と生徒会役員専用休憩室に逃げこんだらちょうど役員補佐の生徒が中にいて、私を見るなり跪いて「嗚呼メイデン嬢!夢のようです。ちょうど僕がここにいる時に来て下さるなんて、どうか僕と」
とか何とか言い出した。
何なんだコレ今日は〝私に遭ったら告白するべし〟とかってルールでも誰か制定したの??
しないよね?
ヒロイン効果ってやつだろうか。
小さく息を吐いた所に、
「ふーっ、疲れた__あら、お邪魔しちゃった?」
と現れたのはジュリアだ。
「あ〝 いえ、あの僕、」
「ん?いいわよ気にせず続けて?私はひと休みしたくて来ただけだから」
空気なんて全く察せません〜とばかりにお茶を入れ出すジュリアにしどろもどろになる生徒は顔を赤らめてしばらくもじもじしていたが、〝生徒会役員であればいつ使用しても自由〟なこの部屋で、
「ちょっと出ててくれませんか」
とも言えず。
「すみません、また日を改めます。では」
と礼儀正しく挨拶して出て行った。
はぁ〜っとアリスティアは息を吐き、
「ありがとう、ジュリア」
〝伝魔法〟で先程助けを求めておいたので駆けつけてくれたのだろう、助かった。
「どういたしまして。建国祭に乗じて貴女に告る奴がいるだろうとは思ったけど、ここまで多いとはね」
「え〝 わかってたの?」
「夏期休暇中に貴女が婚約するか、しなくても特定の誰かと親しくしていれば起きなかった事態でしょうけどね。こんな事ならアルフレッド殿下との噂を完全否定せず流したままにした方が良かったかしら」
「それはない」
「貴女はそう言うだろうと思ってたけど。夜中逃げまわってるつもり?」
「出席はしたし、何人かと踊ったし会話もしたから後はいなくても問題ないでしょ?ていうか、あっても知らない」
若干投げやり、かつ子供みたいな拗ねかたは普段のアリスティアからしたら珍しいがそれだけ疲弊しているとも言える。
「気持ちはわかるけどここなら安全とも言いきれないわよ?」
さっきみたいに他の役員も使えるのだから。と暗に言われるが、
「会場よりはまし」
それはまあそうなのだが。
__一番厄介なのが入ってこられるところが問題なのだ。
「なら、会場以外の所で踊らない?」
(言ってるそばから)
ジュリアが頭を押さえ、
(うわ。沸いて出た)
アリスティアはうげっと言う顔になった。
「もう足が痛いので踊りません」
速攻淑女の仮面を被ってつん、と取り澄まして答える。
「え?あんなに軽やかに踊ってたのに?」
嘘でしょ?と笑みに乗せるアルフレッドに、
「綺麗にみせようとする程疲れるものなんですよ?」
おわかりでしょう?とこちらも笑顔で返す。
「そりゃまあそーだろうけどさ?」
面白くなさそうながら素直に同意するアルフレッドの表情におや?とジュリアが違和感を持ったのも束の間、突如激しい地響きと轟音とが自分たちのいる建物を襲った。
「なっ…?!」
ジュリアが叫ぶが、アリスティアはこの感触には覚えがある。
(これって、)
「まさか__」
呆然と呟くアルフレッドにアリスティアは無言で足元を見つめる。
足元__というか正確には大地に、あの時と同じ感触を覚えたからだ。
(これは、まさか)
アリスティアはアルフレッドに目をやる。
同じ事を思ったのだろう、
「生徒会メンバーは至急現在地を報告!現在一番近くにいるメンバーと二人一組になって全生徒を速やかに地下通路より避難誘導、地上には出るな。それから__」〝伝魔法〟で次々に指示を出す。
「私達も避難誘導にまわりましょう」
それをみてジュリアと頷きあうも、
「いや、アリスちゃんは至急動きやすい服に着替えて戻ってきて?」
((__は?))
「直ぐにアッシュ達と合流するから。バーネット嬢は今からここにくるアレックスと二人で西側の避難誘導を頼む」
ジュリアは一瞬反論しかけたが、直ぐに頷いて指示に従った。
アリスティアを残す意味がわかっているからだ。
コードLuLはアリスティアしか発動する事が出来ない。
「……わかりました。気をつけてね、アリス」
直ぐにやって来たアレックスと共に部屋を後にし、
「それじゃ、僕も着替えて来るからまた後で」
確かに女性のドレスほどではないが男性の正装もドラゴンと対峙するには不向きだからだろう。
急いで寮に戻って制服(結局これが一番動きやすいんだよね)に着替えて引き返すと、軽装に着替えたアルフレッドが渋面で唸っていた。
珍しい。
近寄って行くと、
「ん〜何ていうか前回よりさらに面倒?ていうかさっきから色んなとこから〝伝魔法〟で届いてるんだけど……一体じゃないらしいんだよね」
と歯切れの悪い口調で呟いた。
はい?
「現在学園敷地内に出現確認されてんのが三体。いずれも火竜らしいけど」
マジですか。
「これから更に増える、なんて事にならないと良いんだけどね……もしそんな事になったら__」
いわゆる大災害だよね、と嘯くアルフレッドにアリスティアは不安が募る。
相乗効果∞増幅はそもそも攻撃する人が別にいるのが前提だ。
私はそれを増幅させる事が出来るだけで、それだって無尽蔵に行えるわけではない。
そんなアリスティアの心を見透かしたように、
「でもまあ、やってみるしかないよね?」
天気の話でもするようにアルフレッドは飄々と告げ、アリスティアを地下通路へと促した。
生徒達が使うのとは違う__というか存在さえ知らない通路だ。
「王宮への緊急避難用なんだけど、今回は緊急も緊急だから。たぶん君なら問題ないし」
「はぁ……」
嬉しくない。
ていうか知りたくもない。
だってこれ、“王子が姫を守るため“とかじゃなく“最前線に引っ張り出すため“ですよね?
そんな展開、薔薇オトにあったっけ?
「……………」
そういえば。
学園に災厄が降りかかった時にヒロインが、「ダメ!
で、それが確か__あれ?でも、と朧げな記憶を辿っていると、
「来たか」
王太子の硬い声に思考が中断される。
どうやら目的地に着いていたらしい。
王太子、ギルバート、カミラ、ミリディアナが揃って重厚な扉の前に立っていた。
「うん、お待たせ」
アルフレッドが返すと、
「開けます」
ギルバートが金色に光るカギを取り出し扉の鍵穴に差し込む。
ギィ……と年月を感じさせる音と共に皆が部屋に入っていく。
アルフレッドに促され私も入るが、
「?!」
(ここ、何?)
と息を呑んだ。
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