もう魔法を使わないと誓った元天才魔術師

むつね

第1話

 ーーーああ、なんで生きてるんだろう?


 前世の記憶が戻ったとき、シュトラ・ヴェルティヒカは最初にそう思った。

 苦しくて、苦しくて、苦しくて。それでも意気地のない私は、ずっと死ねなくて。最愛の妹がいなくなった世界を何年も生きて、やっと死ねたはずだったのに。


 ーーーどうして私はまた、生きてるんだろう?


 自室にいたシュトラは、近くにあったガラスコップを割り、そのかけらを拾った。切っ先を首に当て、力を入れる。血がダラダラと流れた。しかし、それ以上は力を入れることは出来なかった。


「意気地なしッ!!!!!」


 シュトラは手に持ったガラスのかけらをどこを狙うでもなく投げた。それは部屋に置かれた壺に当たり、床に落ち、すさまじい音を立てて粉々に砕けた。


「死にたいのに! なんで死ねないんだよ!」


 自身の横にある寝台の枕をつかみ取り、その勢いのまま隣のランプを引き倒す。


「ああああああああああああああああああああ!」


 シュトラは狂ったような声を上げ、まるで獣のように暴れ回った。

 聞きつけたメイドが衛兵を連れて止めに入るまで、その凶行は終わらなかった。




 シュトラ・ヴェルティヒカ。

 魔術の名家ヴェルティヒカ伯爵家の三男。末っ子。現十二歳。

 ヴェルティヒカ伯爵家の子供は幼い頃から魔術の英才教育を受ける。

 しかしシュトラはその英才教育を拒み続け、親族から一目置かれていた。ヴェルティヒカ伯爵家の落ちこぼれとして。


 しかし、それでいい。それがいい。

 僕は魔法なんて使わない。誰になんと言われようが、絶対に使わない。

 あんな……美しくて、魅惑的で、狂気的なモノ……僕は使ってはいけない。




 僕じゃない前世の私が誓ったんだ。

 僕と前世の私は同一人物ではない。記憶を思い出したからと言って、人格は変わらない。


 たが、感情は鮮明に分かる。


 ーーー私は最愛の妹に誓ったんだ。もう、魔法は使わないと。


 悔恨、焦燥、怒り、憎悪、悲しみ、怨念、殺意。混ざり合ったこの感情はこの誓い一つに集約されている。


 ーーーこの誓いは、自戒であり、懺悔であり、死者への追悼である。


 誓いは魂の奥底にまで刻まれている。


 ーーー誓いを破ることすなわち、最愛の妹への裏切り。


 これは何度、魂が流転しようとも変わらない。変わってはいけない。



『だって私は、この手で妹を殺してしまったのだから』


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