第7話

 あれから更に10日が経過した。


 男はエリシアの手に引かれながら立ち上がる。


「無理せずに、ゆっくりですよ」


 まだ言葉は出てこないが、頷いて返す。


 現在、立ち上がるリハビリをしているのだ。


 エリシアの手を握ったまま、ゆっくり立ち上がる男。


 マリーも一緒に見守る中、男が遂に立ち上がった。


「立ち上がれましたね! 大きな進歩です!」


 自分の事のように無邪気に喜んでくれるエリシアの笑みが一差しの光のように、男の暗い心を照らし始める。


「次はゆっくり歩きますよ」


 右足をゆっくり動かす。


 ほんの少し。


 だが、歩き出せた。


「わあ! これで一歩歩き出せましたね! 本当に頑張りました!」


 エリシアはそう言うが、男はそう思わない。


 これは全てエリシア達が頑張ってくれたおかげだ。


 自分はただ受けることしか出来ず、ここまで自分を回復させてくれたのは間違いなく彼女達なのだ。


 小さく苦笑いを浮かべると、エリシアの口がムッとなる。


「またそんな表情! ダメですよ? たしかにまだ出来る事は少ないですが、ここまで回復したのも貴方の努力ですからね?」


 いつもそう話すエリシアにますます困る男だが、今まで誰一人自分に優しく接してはくれなかった。


 そんな自分にここまで親身になって接してくれるエリシアの言葉が、いつしか素直に受け入れるようになり始めた。


 男はその日を境に、立ち上がりや歩きのリハビリを続けた。




 ◇




 更に10日が経過した。


 まだ上手く声は出せないが、一人で立ち上がり、ゆっくりではあるが歩けるようになった。


 マリーが採ったキノコを持ち運べるようにもなり、男も懸命に自分が出来る事をこなしていく。


 エリシアはどうやら周囲の薬草を調べたり、色々調合しては、男に試していた。


(う~ん。起きてから20日も経つのに声が出ないのは、恐らく死薬の所為じゃない。これはずっと前から何かしらの病気が原因だと思う)


 そう考えたエリシアは、可能性を考えながら、薬草が豊富なアメル草畑の近くで、色んな薬草を採っては、色々調合を試しているのだ。


(そう言えば、木の上から葉っぱを採れたらいいんだけど…………私では無理かな)


 木の上を眺めていると、男がキノコを運んできた。


 不思議そうな表情で見つめる男の視線を感じる。


「あ、実は木の上にある葉っぱも試してみたいなと思ったんですけど、私では採れそうになくて……」


 男の木の上を見つめる。


 雄々しい木だとずっと思っていた。


「この木はアメル草の近くに育つ木で、ハーブ木という木なんです。あの葉っぱも薬の一種なので採れたらいいんですが…………落ちてこないかな?」


 いや、落ちては来ないと思う。と思う男。


 自分が出来る事をする。


 ここまでのエリシアを見て、その純粋で真っすぐな情熱を目の当たりにして、そう誓った。


 だから、男はキノコをいつもの場所に置いて、右手を空に向ける。


 声には出ないが、何かを呟いた・・・


 直後。


 男の右手から、美しい翡翠色の光が周囲に広がり、上空に何かを放つ。


 衝撃波のようなものが上空に打たれ、ハーブ木の枝を激しく揺らした。


「えっ!? 魔法が使えるんですか!?」


 驚くエリシアに小さく笑みを浮かべて、肯定の頷きを見せる男。


 そして、降りて来た葉っぱを手に取り、エリシアに差し出した。


「そうか……私が葉っぱを欲しがっていたから…………ありがとうございます!」


 いや、こちらこそ。と思う男であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る