第6話

 数日後。


 エリシアは周囲から取って来たキノコで何とか空腹を凌いでいた。


 目の前のマリーと男は酷く衰弱しており、未だ目覚める気配がない。


(白髪か……顔は若そうなのにな)


 穏やかに眠っている男性を眺める。


 男はアメル草を飲ませており、熱は引いているが、体力はまだ戻っておらず、時折取って来たキノコを口移しで食べさせている。


 まさか、自分の初キスがこんな形になるとは思わなかったけど、あの男・・・と交わしていなかった事が不幸中の幸いだと思えてしまう。


 その時。


「ん…………」


 袋の中で眠っていたマリーの声が聞こえる。


「マリー!?」


 急いでマリーの隣に駆けつける。


「お……嬢様……?」


「ああ! 神様! ありがとうございます! マリー! 私よ! エリシアよ!」


「お嬢様……」


 目を覚ましたマリーは、真っ先に大きな涙を流す。


 きっと気を失う直前の事を思い出してしまったのだろう。


 エリシアも同じく涙を流しながら、マリーを抱きしめた。


 エリシアの懸命な看病により、すっかり身体の傷は消えてはいるけれど、この心に負った傷は消えるはずもない。


 二人は抱き合い、生き残った嬉しさと、ここまでの悲しみを泣き明かした。




 ◇




「お嬢様。キノコを採って参りました」


「ありがとう。マリー」


 以前は花のような笑みを浮かべるマリーだったが、すっかり笑顔を失くしてしまったマリーは無表情のまま、大事そうにキノコを抱きかかえて帰って来た。


 キノコを貰ったエリシアは、石の上にキノコを置き、小さな石ですりつぶし始める。


 すりつぶし終えたキノコを男の口の中に入れ、朝露あさつゆで集めた水をゆっくり流し込む。


 男の身体が反応して、キノコを飲み込んだのを確認して、今度はアメル草をすりつぶした粉を少しと水を流し込む。


 もう慣れたその手付きは、ここでの生活がすでに長くなっている事を証明している。


 エリシア達がここで助かった日から、一か月を経とうとしていたのだ。


 毎日、日にちを数えるために石で印をつけた数が丁度今日で30に到達したのだ。


「ん…………ッ…………」


 男から小さな声が聞こえる。


 焦ることなく、男の唇に優しく朝露を一滴落とす。


 男の唇が落ちて来た水滴に反応し、口が少し動く。


 少しずつ男の目が開く。


 男は自分の視界に二人の女性が映り始めた事に気が付いた。


「ふぅ……やっと起きましたわね。これで…………全員生き残ったわね」


「はい。お嬢様のおかげです」


「ううん。正直、マリーが居てくれなかったら、私だけじゃどうにも出来なかったわ。だからありがとう」


「…………はい」


 まだ上手く笑顔になれないマリーに、代わりに満面の笑顔を見せるエリシア。


 そんな姿が視界に入る男は、口を動かすが、声が出ない。


「ん……ッ…………ッ……」


「あら? まだ体力が戻ったばかりだから、上手く話せないのかも知れません。とにかく今は意識を戻した事を喜びましょう」


 エリシアの言葉に、男は力なく頷いて返す。


「貴方様がどうしてあの袋に入っていたのかは分かりませんが、私もマリーも同じ苦境ですから。貴方が元気になるまでもう少し頑張りますから、貴方様も頑張ってくださいね」


 今の自分が唯一出来る小さく頷く事しかできなかったが、真っすぐ見つめるエリシアの綺麗な赤い瞳を見て、絶対死なずにここから立ち上がると心の中で誓った。

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