豊かな読み方

第12話

 こちらに手を振っている幸耶もまた百音とは"色"が違っているが、その顔は満面の笑顔で、今朝の腕を掴んできたクールな印象とはかけ離れていた。


 よほど家族のことが好きなんだな


 福祉に関することを学んでいるのもきっと姉のことに関して役に立ちたいと思ってのことなのだろう。

 そんな想像しながらも、ふと桂花は疑問が一つ浮かんだ。

 目が見えないのなら、どうやって講義に参加しているのだろう、と。

 だが聞こえているなら少なくとも自分と違い直接的な情報はすぐに伝わるし、室内でも色の濃い眼鏡を付けている風変わりな人間として映っているだけだろうと片付け、荷物を持って立ち上がった。

 すぐに立ち上がった桂花と対照的に、百音は隣の席に置いていた鞄を手探りで見つけ、その近くにあるはずの白杖を探した。

 だが、見つからない。少し焦りの色が見え始めた頃に桂花はその異変に気がついた。


 何かを探してる?


 椅子の輪郭をなぞるように探す百音を見ながら、その正体を探ろうと付近を見渡していると彼女はそれの目処がついた。

 白杖だ。

 彼女が探している場所の丁度死角に当たる部分で、単独ではきっと見つかるのに時間を要していただろう。

 桂花は姿勢を低くして探している百音を越すように身を乗り出してそれを片手で取り、彼女に当たらないように戻ってから空いた手で失せ物を求めて彷徨うしなやかな左手に触れた。

 彼女の手に触れた瞬間、百音はビクンと驚いたが、すぐに私の手を這って白杖へと伸びていく。

 遠くから見るのと触れるのとではやはり違うもので、彼女の手から陽光が当たり続けた机の上のように心地いい温もりを感じ、少し鼓動が早くなった。

 それを彼女が感じたかは分からないが、白杖を手に取るとすぐに立ち上がり、桂花も遅れて席を立って道を開ける。

 緩やかな傾斜のある通路を上がって幸耶の元へと向かう。桂花は彼の頭上を注視すると今朝と同じく藍の雫が浮かんでいた。


 本当にお姉さん想いなんだな


 一人っ子の桂花には兄弟姉妹間の関係は分からないが、ここまで献身的なのはきっと珍しいタイプだろうと思った。

 そして幸耶の元に合流すると、百音は早速彼に何かを話し始めた。桂花はこの距離なら読唇が出来たが、家族間のことなら見ないほうが得策だと思い窓の方を見た。

 昨日は呑気に日向ぼっこをさせてもらい、さらに綺麗な風景を見せてくれていた窓からは変わらず風に揺られる葉桜とその隙間から快晴の空が見えていた。

 遠くから見てもわかるその美しさに呆けていると、桂花は右手の袖を引っ張られた。

 振り返ると話し合えた百音が彼女の袖を引っ張っており、ほろほろと舞う花弁から嬉しい知らせでもあったのだろう。

 口元を見るとゆっくりと「行きましょう」という言葉を発していた。

 桂花は頷き、二人の背中を追うように歩き始めた。

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