第11話
講義が終わった───
桂花と百音は同時にそれを心の内で叫んだ。
だが、言葉は同じでもそれが含む意味合いは少し違った。
「早く幸耶来ないかしら……あ、桂花ちゃんの方が先に話しかけに来るかも?」
教材を慣れた手つきで近くに集め、足元のリュックへと入れる様子は傍目からでは盲目の身には見えない。
それから仕舞い終えるとポケットからウォークマンを取り出し、イヤホンを付けた。
「来たらすぐ外せば良いわ」
そんな思いで再生ボタンを押し、昨日の夜に"読んで"いた『吾輩は猫である』の続きを再生し始めた。
桂花は焦っていた。話しかけようかどうかと思いながら百音の背後を見ていたら、彼女はイヤホンを装着し、何かを聴き始めたからである。
いや確かにすぐ話しかけようと行動しなかった私が悪いけども。いや、今からでも──
移動するかしないかで迷い、苦悶しながらも視線は変えず、彼女と二人きりの講義室で桂花は観察を続ける。
すると、百音の周りに漂っていた桃色や橙の混じった"色"はイヤホンを装着してからしばらくし、橙の一色へと変わっていき、そして猫のような形が浮かんでいた。
猫…橙色…どういうこと?
推理があまり得意ではない桂花はその状況が理解できず、唯一分かることは、彼女は今、とても楽しい様子だということだけだった。
楽しいなら尚更邪魔しちゃいけないかな…
桂花の臆する気持ちが最高潮に達した時、なんの予備動作もなく百音が振り向き、目を明らかに彼女がいる方向へと向け、その視線が合う。
硬直する桂花へ百音は初めてあった時のようにニコリと笑い、口を大きく動かして彼女へとメッセージを伝えてきた。
は や く と な り に き て いっ しょ に は な そ う
早く隣に来て。一緒に話そう?
なんだ、全部杞憂だったのかと桂花は安堵し、バッグを持って彼女の隣へと移動する。
すると、先日とは違って百音は昔の折りたためる携帯電話を取り出した。
桂花は彼女がどんな用途でコレを使うのかと思い、観察していると百音は手慣れた動作で下部のボタンを押していき、書き終えたらしく渡された電話の上部の液晶にはメッセージがあった。
[ここに聞きたいことがあったら書いてください。そして下のスピーカーのボタンを押して]
なるほど、と桂花は感心した。
スマホと違い、折りたたみ式の携帯電話はスマホと違ってブラインドタッチも容易だ。さらに読み上げ機能も付いているからお互いの不利を補える代物でもある。
なら早速──
桂花は質問を打ち込み、百音の前に置いてトントンと机を指先で叩いた。
百音は机の上に手を置き、手探りで携帯を探し当てると耳元に近づけて桂花の質問に耳を傾ける。
しばらくして質問を聞き終えた彼女は再び指をボタンの上で踊らせ、回答を桂花へと見せた。
[基本はどんな本も読みます。ですが、読み上げに対応している書籍もまだ少ないので弟に助けてもらっています]
桂花は、彼女はまるで天文学者の名の小説に出てくる少女のようだと思った。
だが、ここでは弟であり、さらにトラブルもない。一安心だ。
そんなくだらない事を考えていると彼女の視界の隅に、青く澄んだモノが映り込んだ。
桂花は出入り口へ視線を向けると百音の弟である幸耶が立ってこちらに小さく手を振っていた。
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