第2話


 筆談か。なるほど


 桂花は字の書かれた紙を受け取りながら、相手が失声症なのかと推測した。彼女が受け取ると、女性は新しい紙をもう一枚取り出して文を書き始めた。

 今度はかなり手慣れており、ページをめくる動きにも迷いがなく、やがて二行ほどの言葉が打ち込まれた紙を手渡される。

《わたしは花幡百音はなはたもねといいます。あなたはとてもすてきですね》

 女性自身の名前以外は平仮名で書かれていた。

 冊子は漢字に対応していないのかと思いながらも名前だけは漢字で書かれていることに様々な想いを感じ、じっと花幡を見つめた。何かを察した彼女は話し始め、花幡の唇へ桂花は即座に注視し、彼女の口から発せられるカラフルな言葉を拾う。


 今はお友達を待っていて、それまでの雑談相手が欲しかったんです。───か


 果たしてそんな大役を自身が全うできるのかと不安になりながらも、桂花は「ふむふむ」と頷いて理解している事を示す。花幡は変わらず彼女をニコニコと見つめたままで、コミュニケーションが取りづらいと桂花は素直に思った。

 その直後に花幡は肩を落とし、あからさまに悲しんでいるように感情を表現した。

 慌てて釈明しようとするが、自分は上手に話せないしどうすればいいかと机の上に視線を滑り込ませ、絶好の獲物を見つけた。

 承諾を得ようと視線を上げると、さっきの肩を落として項垂れた様子は桂花の幻覚だと言わんばかりに寸分も変わらない姿勢で花幡は微笑んでいる。

「つかって、いい?」

 トントンと机を指で叩いて注目を集めながら今回は上手く発音できたと自負しながら桂花は聞く。

 花幡はうんうんと頷き、発音が怪しい感謝を述べながら紙に話題を書いて再びトントンと音を立てた。

 彼女はゆったりとした優雅な動作で机の上に桂花が書いた紙へと手を伸ばし、色白のしなやかな指先でそれに触れる。

 しばらく紙の上を指先で往復し続けながら段々と花幡の表情は不安げになり、桂花は何か不味い事をしてしまったのかと不安を覚え始めた時、半熟の目玉焼きの黄身を連想させるオレンジが講義室を反射して彼女の目に届いた。


 この"色"は───


 桂花はすぐにそれが花幡へと宛てられた友好を示す声だと分かり、実際に彼女は表情を柔らかくさせながら奥へと視線を向ける。

 桂花も倣い、共に背後を見ると、講義室の出口でこちらへ手を振る男性がいた。


 彼氏か。ならお邪魔かな


 こういうシーンでは相手がどう思うかは別として自分が悪者になりかねないと熟知している桂花は花幡へもう一度発音の怪しい「ありがとう」を伝え、講義室を後にした。

 帰る道中の電車に揺られながら桂花はふと大事なことに気づき、窓から見える景色へ八つ当たりする。


 お昼ご飯を食べるの忘れてた

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