語り方③ 三人称の語りと推量のニュアンス

 以前の記事「語り方②」で取り上げましたが、三人称の語りは基本的に物語全体を見通す視点です。

 とはいえ、特定の登場人物(多くは主人公)に寄り添ったり、その内面にもぐったりすることも多いものです。

 物語は「語る内容」だけでなく「語り方」にも意味がありますし、三人称の語り手だからと言って何でもかんでも解説しない方が、物語は面白くなります。


 たとえば、『ハリー・ポッター』シリーズは三人称の語りですが、基本的には魔法使いの事情にうといハリーやダーズリー家の視点・常識感覚・知識に寄りっています。


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 突然不思議なことが起こった。ハリーは驚いて三十センチもちゅうび上がってしまったし、ハリーの後ろにいた生徒たちは悲鳴を上げた。

「いったい……?」

 ハリーは息をのんだ。周りの生徒も息をのんだ。後ろの壁からゴーストが二十人ぐらい現れたのだ。真珠のように白く、少し透き通っている。みんな一年生の方にはほとんど見向きもせず、互いに話をしながらスルスルと部屋を横切っていった。なにやら議論しているようだ。

(J.K.ローリング『ハリー・ポッターと賢者の石』、松岡佑子訳、p.172)

――――


 この場合の「突然」、「不思議なこと」は、ハリーにとっての「突然」、「不思議なこと」です。

 逆に言えば、ゴーストたち自身や、彼ら彼女らをよく知る教職員・上級生たちにとっては、日常のごくありふれた一場面でしかありません。

 また、三人称の語りなのにゴーストの話の内容を明確にせず、「なにやら議論しているようだ」と推量しているのは、語りの視点がハリー(の内面)に寄り添っているからです。


 魔法使いやゴーストたちの言動、魔法界での出来事などを、その場で懇切こんせつ丁寧に解説するのではなく、(少なくとも一旦は)常識外れなもの、不可解なものとして紹介することで、主人公ハリーの驚きや戸惑いを、読者も共有できるようにしているわけです。




 この技法自体は技法と呼ぶまでもないくらいのシンプルなものです。

 しかし、理屈を考えずに形や雰囲気だけ真似てしまうと、次の文章のようになってしまいます。


――――

 1人の男が何もない空間にポツンと佇んでいる。その顔は草臥くたびれ、髪の毛には白髪が散見されるため年齢はおよそ40代後半から50代に見える。

 しかしその頭部に反して首から下。おそらくは寝間着ねまきであろう無地のTシャツと腹回りがゆるめの短パンからのぞく体ははち切れんばかりに発達した筋肉でおおわれており、かれた若々しい肉体である事を物語っている。

(Roy『神達に拾われた男』、冒頭)

――――


 タイトルの時点で、「神達」ではなく「神々」と言ってもらった方が、少なくとも私はしっくり来ます。

 ただ、文法的に間違いとは言い切れないので、そこにガミガミ言うのはやめて、本文を見ていくとしましょう。


 少しでも見やすくするため、原文そのままの文に(1)、(2)……などの印を付け、(1)の修正案には(1-a)、(1-b)……、(2)の修正案には(2-a)、(2-b)……などの印を付けてみます。



(1)「1人の男が何もない空間にポツンと佇んでいる」


 これは良いでしょう。

「『何もない空間』って何? 光が満ちてるとか闇に沈んでいるとか、暖かいとか寒いとかないの?」

 と思わなくもないですが、作者さんが設定を面倒くさがっただけなのは明白です。



(2)「その顔は草臥くたびれ、髪の毛には白髪が散見されるため年齢はおよそ40代後半から50代に見える」


 どうしてこんな基本的な、しかも読者にとってさほど重要でない情報に、わざわざ推量の意味を持たせるのでしょうか。

 年齢をせるつもりがないなら具体的な年齢をはっきり書けば良いですし、この「男」が年齢より老けて見えることを強調したいなら、そのような書き方をすれば良いはずです。


 また、「髪の毛には白髪が散見される」という部分にも2つの問題があります。

 1つは、「の毛」と「白」で情報が重複していることです。

 くどくなるのを避けるなら、「髪の毛には白いものが」にすべきですし、そもそもこれ自体が二重主語構文における述語節の一部なので、単に「白髪が」でも良いと思います。


 もう1つの問題は、「散見される」です。

 辞書的には「散見する」は自動詞であり、「(物が)散見する」という使い方が基本です。

 小学館の『現代国語例解辞典』を見ると、例文として「文章に誤りが散見する」と書かれています。

 ただ、辞書によっては「散見される」でも良いとしているものもあります。

 学研の『現代新国語辞典』は「散見する」を自動詞としつつ、例文は「誤植が散見されるのは残念だ」となっています。

 要するに、まぎらわしい言葉だということです。

 当然、紛らわしくても言葉は正しく用いられるべきなのですが、Web小説という媒体を考えると、紛らわしい言葉はそもそも使わないのが無難です。


 以上の諸点に加え、引用部分の少しあとに主人公が39歳だと明らかになることを踏まえて、修正案を考えてみましょう。


(2-a)「その顔は草臥くたびれ、髪の毛には白いものが混ざっているため、40代後半から50代に見えるが、実際にはまだ39歳だった」


(2-b)「(実際には)まだ39歳にもかかわらず、顔が草臥れ、白髪が目立つため、一見すると40代後半から50代に見える」




(3)「しかしその頭部に反して首から下」


 この作品の文体を考えると、「その頭部」、「に反して」という言葉遣いはかたすぎる気がしますが、この辺りの不自然さはライトノベルだと珍しくないですし、文法的にも間違ってはいないので、目をつむるとしましょう。

 ちなみに、もったいぶることにこだわらないなら、この部分は単に(3-a)「しかし」だけで通じます。




(4)「おそらくは寝間着であろう無地のTシャツと腹回りがゆるめの短パンからのぞく体ははち切れんばかりに発達した筋肉でおおわれており、きたえ抜かれた若々しい肉体である事を物語っている」


 分かりにくいですね。

 1文として長すぎるのもそうですが、情報が整理されていません。


 基本に立ち返ると、主語は「体は」、述語は「覆われており」と「物語っている」の2つと読めます。

 「体は」「(若々しい肉体である事を)物語っている」の形にしてみると、言葉選びが失敗しているとお分かりいただけると思います。

 とりあえず、「である事を物語っている」は「に見える」に変換して、読解と修正を続けましょう。


 次に見えてくる問題は、「はち切れんばかりに……」と「鍛え抜かれた……」が、ほぼ同じ情報だということです。

 まとめてしまって良いでしょう。


 さらに、これが今回のテーマなわけですが、主語節「おそらくは寝間着であろう……」は推量にする必要がないので、情報を確定させて書いた方が自然です。

 というわけで、


(4-a)「(いかにも寝間着といった見た目の)無地のTシャツと腹回りが緩めの短パンから覗く体は、はち切れんばかりの(若々しい)筋肉で覆われている」


(4-b)「寝間着のTシャツと短パンから覗く体は、鍛え抜かれて若々しい」



 最後に、以上の修正案をまとめておきましょう。


「1人の男が何もない空間にポツンとたたずんでいる。顔が草臥くたびれ、白髪が目立つため、一見すると40代後半から50代に見える。しかし、実際にはまだ39歳であり、寝間着のTシャツと短パンから覗く体は、きたえ抜かれて若々しい」


 余談ですが、この作品は異世界転生モノであり、主人公は現世で亡くなっています。

 職業はSE(システムエンジニア)、死因は――詳細をはぶくと――ブラック企業勤めがたたっての過労死。

 「はち切れんばかりに発達した筋肉」、「鍛え抜かれた若々しい肉体」を維持するためには、当然、日々のトレーニングと休息が欠かせないはずですが、そんな余裕……あれ?




 ともかく、三人称の語りでむやみに推量のニュアンスを持たせると、不必要に回りくどい文章になるので、寄り添うべき視点をきちんと定めて書くよう、ご注意いただければと思います。

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