第39話 続ける条件
辺りはすっかり暗くなっていた。
渋谷駅から電車でそれぞれの最寄駅まで向かう。
十分ほどで莉央の最寄駅まで到着した。
「もう暗いし、送っていくよ」
「え、大丈夫だよ? いつも1人で歩いているし」
「俺がそうしたいんだよ」
「ありがとう」
そう言って、俺は莉央の最寄駅で降りた。
ここから俺の家までもそれほど遠いという訳ではない。
街灯もあって明るいとはいえ、女の子を独り歩きさせるのは少し心配になる。
この時間になると、昼間の日差しはなくなり、だいぶ涼しいと感じることができる。
「ねぇ、ちょっと座らない?」
公園のベンチを指差して莉央が言った。
「ああ、いいよ」
今日の莉央はどこか、いつもとは違う気がしていた。
街灯に照らされているベンチに横並びに座る。
「なんか、飲み物買ってくるわ。何がいい?」
「甘いの」
「はいよ」
俺は自販機で、莉央のカフェオレと自分のコーヒーを買う。
それを持って莉央の元に戻る。
「はい」
「ありがとう」
莉央はカフェオレを受け取ると、ポケットから財布を取り出そうとする。
「いや、そのくらいいいよ」
「じゃあ、お言葉に甘えようかな」
そう言うと、俺たちは飲み物のプルタブを開ける。
「何も、聞かないの?」
「莉央が話したくなるまで、俺は待つよ。誰だって、何かしら抱えているもんだ」
俺も、プロゲーマであること、世界大会で優勝経験があることなどは隠して生活していた。
「私ね、1人暮らししてるの」
「うん」
莉央が一人暮らしをしていることは、知っている。
高校生で1人暮らしということは、何か事情があるのかとも思っていたが、そこについては何も聞かなかった。
「私のお父さん、社長なんだ。私、一人っ子だからさ、この活動に賛成してなくてさ」
「そうなのか」
「うん、夏目ホールディングスって知らない?」
「知ってるというか、超有名だと思うぞ」
それは全国で様々なレストランを展開しているグループである。
おそらく、日本に住んでいたら知らない人は居ないんじゃないかというレベルの企業だ。
「反対を押し切って、この活動してて。認めてもらうには世界大会に出場して結果を残すことが条件なんだ」
そこまで言って、莉央はカフェオレの間をぎゅっと握りしめた。
「なるほどな」
俺は缶コーヒーに口をつける。
「怒らない、の?」
「なんで俺が怒るんだ?」
「だって、私の個人的な理由で諒を利用しようとしたんだよ」
莉央は声を震わせていた。
「俺は利用されたなんて思っていないよ。俺は、莉央に世界大会に誘われたとき、嬉しかったんだ」
莉央の実力なら、1人だって世界大会で結果を残すことは十分に可能だろう。
それなのに、相方に俺を選んでくれた。
一緒に世界を目指そうと言ってくれた、その事実が嬉しかった。
「ありがとう……」
「だから、そんなに気にするなって。一緒に世界の頂点取ってやろうぜ」
俺は莉央の手に自分の手を乗せた。
「俺もな、莉央には救われたんだ。また、頑張ろうと思えたんだ」
「一緒にがんば……楽しもうね!」
「おう! 楽しもう」
莉央はあえて楽しもうと言った。
それが、莉央なりの決意だったのだと感じる。
「ゴミ捨ててくるぞ」
「優しいな」
俺は飲み干した缶を2人分、ゴミ箱に放り込む。
「帰ろっか」
「うん」
俺は、莉央の事をマンションまで送り届けた。
「送ってくれてありがとう。それに、話も聞いてくれて」
「本当に、気にすんなって」
「じゃあね」
莉央は小さく手を振って、マンションのエントランスの中に入っていく。
そして、エレベーターで上がっていった。
「さて、俺も帰るか」
莉央の姿が見えなくなった後、俺も自宅への帰路に就くのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます