第34話 父として

 リビングに入ると、そこには父親の姿があった。

スーツのネクタイを緩めてソファーに腰を下ろしていた。


「諒、おかえり」

「ただいま。親父も、お疲れさま」

「ありがとうな」


 親父がこうしてゆっくりと、家にいるということは大きな事件が起こっていないということである。


「またすぐ出るの?」

「いや、今日は休むように一課長に言われたから明日までは家にいるよ」


 警察の仕事というのは多忙を極めるらしい。

特に上の立場になれば尚更である。


「諒は最近、調子いいみたいだな」

「知ってるのか?」

「そりゃ、父親だからな。子供たちのことは心配なんだよ」


 忙しい中でも俺たちのことを気にかけてくれているらしい。


「夏目莉央さん、可愛いな」

「親父、彼女、高校生だよ」

「知ってるよ。ただ、俺は嬉しいんだ。諒がまた目に光を宿してくれて」


 諒と柚月の母親が亡くなってからもう10年という歳月が経過しようとしている。

短いようで長い歳月だ。


 仕事という言い訳をして、父親らしいことは何も出来ていないような気がする。

それでも、子供たちからは文句の一つも出て来たことはない。


 幼い諒と柚月にとっては、母親が突然居なくなるということは感情の揺れが凄かっただろう。

大人でも辛かったし、枯れるほど涙を流した。


「頑張って」「しっかりしてね」


 そんな言葉が投げかけても、傷に塩を塗り込むだけにすぎない。


 一時期の諒と柚月も悲しみに暮れていた。

しかし、2人はその事実を受け入れ、乗り越えてくれた。


 特に、諒は自分のやりたいことを見つけた。

そして、eスポーツの世界大会で優勝するという結果を残してくれた。


 諒と柚月には未来がある。

未来ある子供たちには前を向いて、希望を持って生きて欲しいそう願っていた。


 最近、また諒が落ち込んでいると思っていた時に新たな光が差し込んだ。

“夏目莉央“との出会いは、間違いなく、諒をいい方向へと導いてくれた。


「今度、莉央さんのことを紹介してくれよ」

「いいけど、親父にそんな時間あるの?」

「息子の恩人のためならいくらだって時間を作るさ」

「恩人?」

「お前もわかっているんじゃないか? 莉央さんに救われたこと」


 親父の目は誤魔化せないなと思う。

全てを知っているようなその優しい視線が俺に刺さる。


「まあな。莉央と出会えてよかったって思ってるよ」

「息子のことをここまで変えてくれた人に、俺は会ってみたい」

「わかったよ。今度、莉央に伝えておく」


 莉央のことだ。

断られることはないだろう。


 今日は久しぶりの家族揃っての食事を楽しんだ。

そして、俺は莉央に連絡をとった。

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