第六十四話 ラズの告白
「ヒナタちゃん! やったわ!! 日本よ!! 帰れたんだわ!!」
そう言いながらキミカさんは振り向いた。
私はキミカさんと同じように虹色の膜をくぐろうとした。その瞬間……
何かに思い切り腕を引っ張られ後ろに下がった。
「「えっ!?」」
キミカさんの驚いた顔。
「「あっ」」
リュウノスケさんとアルティス殿下の声。
え?
虹色の膜が消えて行く……。
キミカさんの私を呼ぶ声だけが最後に響いた。
そして私の唇にはなにか柔らかいものが当たる感触が……。
え?
状況が全く分からなかった。
腕を掴まれ、引き戻され、気付いたときには目の前にラズの顔。
唇にはなにか柔らかものが触れている。まるで時間が止まってしまったかのように、思考回路が停止中だ。
閉じていたラズの目が開かれ、至近距離で目が合う。
あまりの近さにドクンと胸が高鳴ったのが分かった。ラズの綺麗なスカイブルーの瞳。吸い込まれそうな瞳。
思考回路が停止したまま固まっていると、ラズは私の頬をそっと両手で包み、顔を離したかと思えば再び顔を近付け、そのままふにっと唇を重ねた。
そしてちゅっと音を立てて顔を離すと愛おしそうな顔で名を呼んだ。
「ヒナタ……」
はっ!? なに!? なにが起こった!? ちょっと待って!? どういうことよ!!
止まっていた思考回路を必死に動かす。
私はキミカさんと一緒にあの虹色の膜を渡ろうとしたわよね!? そう、キミカさんの後ろに続いたはず!! そしたら誰かに腕を掴まれて後ろに引っ張られて……それから……
気付いたらラズにキスされていた…………はっ!? 意味分からん!!
段々と理解が追い付いてくると怒りが込み上げて来た。そして……
ラズに思い切りボディブローをかました。いや、当然でしょ。
「ぐふっ」
「「あっ」」
ラズのうめき声、そしてリュウノスケさんとアルティス殿下の声が重なった。
「なにやってくれてんのよー!!!! ふざけんな!! 他の子を好きなやつが人の唇奪うなー!!!! しかも帰れなかったし!!!!」
ブチ切れた。まあ切れるでしょ!!
怒りのままに怒鳴り散らした。リュウノスケさんに宥められる始末。
アルティスはラズの側に行った。
そのとき雲に月が隠れ、ゆるゆるとラズは猫の姿に……
「な、なんでだ! なんで戻ってないんだよ!」
「ラズ……、君さ、ちゃんとヒナタ殿に気持ち伝えたの?」
「うっ」
「想い合わないと外れないんだよ? 気持ちも伝えてないのに想ってもらおうなんて虫が良すぎるでしょ。しかもさっきのヒナタ殿の台詞、あれ、ラズがまだ違う人を想ってるってヒナタ殿は思ってるんでしょ? 誤解解かなくて良いの?」
『あ、あぁ、そうだな。こんなつもりじゃなかったんだ。ヒナタのことは諦めようと思ってた。日本に帰りたいのなら、そうさせてやるべきだって……。でもいざ目の前でヒナタが消えそうなのを見たら、無意識に身体が動いてた……』
ラズは言い訳を繰り広げる。アルティスは溜め息を吐いた。
「いい加減、言い訳はやめてちゃんとしなよ!」
雲が流れ、再び人間の姿に戻ったラズの背中を思い切り力の限り叩いた。
「いって」
バシッと音がするほど背中を叩かれたラズは前のめりになり、しかし覚悟を決めた表情で顔を上げた。
「アル、ありがとうな」
そう呟いたラズはヒナタの元へと向かった。
アルティスはやれやれと言った顔で、ラズの背中を見詰めた。
「落ち着け」
リュウノスケさんに宥められながらも、怒りが収まらない。
「落ち着けると思います!?」
「あー、まぁ、なぁ……ハハ」
リュウノスケさんは苦笑しながら、私の頭をポンポンと撫でた。
全くなんなのよ! エルフィーネ様が好きなくせに私にキスするとかありえないし!
しかも日本に帰るって言ったのに、帰れなくするなんて! 信じられない!
「ラズの馬鹿ー!!」
「ごめん」
叫んだ瞬間、背後から声を掛けられビクッとした。振り向くとラズのばつが悪そうな顔。
ジロッと睨むとラズはたじろいだ。
リュウノスケさんはやれやれと言った顔で、私の背中をポンと軽く叩くと、アルティス殿下と共に離れた。
「ごめん」
ラズは再び謝った。
「ごめん、て、何に対して? 日本に帰れなかったこと? それともキ、キスしたこと!?」
「…………、キスしたことは謝らない」
「はぁ!? どういうつもり!? エルフィーネ様が好きなくせに私にキスして謝らないとか意味分からないんだけど!!」
「謝らない!」
頑なに謝らないというラズに心底腹が立った。
「ヒナタ」
ラズが近付いてくる。私は後ろに後退る。それでも距離を詰めようとするラズから逃げようと、後ろを向き走り出そうとした。
しかし腕を掴まれ身動き出来ない。ラズに軽くあしらわれ引っ張られる。
勢い良く引っ張られ、ラズの胸の中にスッポリと収まってしまった。
それでも必死に逃げようと暴れる。
「ヒナタ、聞いてくれ」
がっしりと抱き締められ、耳元で囁かれた。ゾワリと身体が震える。
「やだ! 離して!!」
「ヒナタ!!」
叫ばれビクッとする。ズルい。私はラズを諦めようとしたのに! 今さら抱き締めたりキスしたり! 意味分からない!
「俺はヒナタが好きだ」
耳元で囁かれた。
「え?」
嘘だ。ラズはエルフィーネ様が好きなんじゃない。
「俺はヒナタが好きなんだ」
「嘘つき! エルフィーネ様が好きなくせに!」
「違う! エルのことは懐かしかっただけだ! 俺はヒナタが好きなんだよ! もうずっと、前から……」
「嘘だ……」
「嘘じゃない、俺はヒナタが好きだ」
「…………」
力が抜け、ラズに思い切り抱き締められると、ラズの鼓動がトクトクと早鐘を打つのが聞こえた。
「俺はヒナタが好きなんだ、信じてくれ」
力いっぱい抱き締められ、ラズの切なそうな声が直接身体に響いた。
切なく苦しそうにそう呟いたラズ。
何度も何度も「好きだ」と伝えてくる。ラズの身体が震えていることに気付いた。声も涙声になっていることに気付いた。
本当に本当なんだろうか……、信じても良いのだろうか……。
「…………、本当に?」
小さく呟いた。
するとラズはガバッと身体を離し、私の両肩を力強く掴みながら震える声で、泣きそうな顔で叫んだ。
「本当だ!! 好きなんだ!! 他の誰でもなく、ヒナタのことが!!」
「本当に本当?」
「あぁ、じゃなきゃ、お前が日本に帰るのを止めたりしない。帰って欲しくなかったから……」
「…………」
「俺の側にいてほしかったから……好きなんだ」
震える手で私の両肩を力強く掴み、そしてラズは泣いた。
「帰れなくしてしまったことはすまないと思ってる。でも好きだから……離れたくなかった」
ポタボタと涙を落としながら何度も好きだと口にする。
な、何だか段々恥ずかしくなってきた……。今まで何も言ってこなかったくせに、何急に好きだ好きだって連呼してくれちゃってんの!?
アルティス殿下とリュウノスケさんの視線が痛い。
「ヒナタが好きだ」
「わ、分かったから!! もう良いから!!」
「本当に信じてくれたのか? 俺がヒナタを好きなんだ、ってことを」
「だ、だから! 分かったってば! もう言わなくて良いから!」
顔が火照る! 恥ずかしい! ムズムズする! 居た堪れない! どうにかしてー!
「プッ、ラズ、今まで全く言えなかったくせに、一度口にすると壊れたオモチャみたいに繰り返し愛の告白だね」
アルティス殿下が笑いながら言った。
「良いだろ、そんなことどうでも」
ムッとしたラズは今までの態度が嘘のように私にベッタリと引っ付いて来る。
「ハハ、まあホッしたよ。良かった。じゃあ僕は、キミカさんの後処理のために先に帰りますね。後はお二人でごゆっくり」
そう言うとアルティス殿下は私にウィンクをして見せたかと思うと、片手を振り歩いて行った。
「あ、ラズ、ちなみにいくら好きな相手でも、無理矢理キスするのは犯罪だからね」
思い出したかのようにアルティス殿下が付け足し、そして去って行った。
「うぐっ」
「ブッ」
いかん、思わず笑ってしまった。
「あー、俺も先に帰るとするか。ヒナタ、今後のことはまた話し合おう、じゃあな」
リュウノスケさんもあからさまに先に帰ると言い出し、私とラズは不自然にふたりきりにされた。
「ヒナタ、その、お願いが……」
ふたりきりになるとラズがおずおずと話し出す。
「なに?」
「その、ヒナタは俺のことどう思ってる?」
「えっ!!」
いきなりそんなことを聞かれても……、言うつもりなんか全くなかったから告白する勇気がない。恥ずかしい。
でも…………、あれだけ真っ直ぐにはっきりとラズは伝えてくれた。めちゃくちゃ遅かったけど。
私も…………。
覚悟を決めた。
****************
次話、最終話です!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます