第六十三話 さよならの準備

 帰りたいと言っていたキミカさんに声を掛けた。一週間後にもしかしたら帰ることが出来るかもしれないと。


 キミカさんは驚き、喜んだ。もし違っても希望が持てるから嬉しいと言ってくれた。

 店は追々働いている女性に託そうと思っていたらしく、ずいぶんと前から経営を指導していたらしい。


「帰れるとは思ってなかったから偶然だけどね」


 そう言ってキミカさんは笑った。




 ジークとも会って話をした。もしかしたら日本に帰ることが出来るかもしれない、それは一週間後だと。

 驚いた顔をした。

 そして手を握られ、引き留められた。


「この国にいろよ、俺は……ヒナタが好きだ……」


 驚いた。まさかジークから告白されるとは思わなかったから。恥ずかしさと緊張と、申し訳なさと嬉しさと。色々な複雑な感情が溢れ泣き出しそうになってしまった。


「ごめん、ジーク。あなたのことは好きだよ。でもそれは……」


「友達として、って感じか?」


 ジークは寂しそうに笑った。


「ごめん……」


「謝るなよ、ヒナタが悪い訳じゃないだろ。それに分かってたし」


「?」


 ジークはフッと笑うと私の頭をそっと撫でた。


「ま、こんなことになるってことは、あいつは何もしてないんだろうしな」


「?」


 そう言いながらジークはラズをチラリと見ると呆れたような顔で小さく溜め息を吐いた。


「俺のことは気にするな。また会えたとしたらそのときは普通に友達だな」


「ジーク……」


 そっと撫でていた手を下ろしたジークはニッと笑うとヒラヒラと手を振り去って行った。




 クラハさんにも挨拶に行った。日本に帰ることが出来るかもしれない、もし帰ることが出来たら、何でも屋はもう働くことが出来ないと。


 クラハさんは驚いた顔、それに今後どうしよう、と蒼褪めた。

 それについては非常に申し訳ない。途中で仕事を放り投げる形になってしまうのが心苦しかった。


 しかしクラハさんは寂しそうな顔をしながらも、笑って許してくれた。


「ヒナタの人生だしね、君が帰りたいと思うなら止めることは出来ないよ」




 ジークの優しさに、クラハさんの優しさに、胸が苦しくなった。

 私はこの世界でとても恵まれていた。良い人たちばかりに囲まれ、楽しい時間を過ごすことが出来た。この世界にずっと住んでいても良いんじゃないかと思えたほどだ。


 でも……、ごめんなさい、私は帰りたい……。


 ラズを見るが、ラズは遠くを見詰めていた。


 アルティス殿下と話したあと、ラズに日本へ帰りたい、と言ってから、ラズはほとんどそれに触れることはなかった。何も言わなかった。


 ほとんど会話もなくなってしまった。ラズは何を思っていたのか……。

 最後にこんな形で別れないといけないなんて。笑ってさようならをしたかったのにな……。






 一週間後、ついにこの日がやってきた。結局ラズとはまともに会話にならないままだった。


 ラズ……


 前日に雨が降り続いていたため、月が見られないのではと心配したが、その日の晩には雨が上がり綺麗な満月を見ることが出来た。


 あの遺跡の場所には私とラズ(人間バージョン)、キミカさん、リュウノスケさん、アルティス殿下といった五人だった。


 キミカさんはラズの姿に驚いたが、説明をすると驚いた顔をしながらも感心していた。


「リュウノスケさんはどうされるんですか?」


「ん? 俺はここに残るよ」


「えっ!! 良いんですか!?」


「あぁ、この世界の常識を俺が変えてやる」


 リュウノスケさんは腕を組みながら答えた。その姿にアルティス殿下がクスクスと笑う。


「リュウノスケ殿の本性はそんな感じなんですね」


 そうアルティス殿下に言われ、しまった、と言った顔になったリュウノスケさん。


 ハハ、そういえばリュウノスケさんてアルティス殿下の前じゃ猫被ってたよね。バレちゃった。それがおかしくて釣られてクスクスと笑う。

 リュウノスケさんは諦めたのか苦笑した。


「あー、まあアルティス殿下にはもうバレても良いでしょ」

「ハハ、信頼していただいたようでなにより」


 そんな風に和やかに話していると、ついに月食が始まった。



 見上げると煌々と輝く満月が少しずつ欠けて行く。そうして半分ほど欠けてしまったとき、満月の下部からキラリと光るものが見えた。


「あれ!!」


 キミカさんが声を上げ指を差す。


 最初は一つだけだった光が二つになり三つになり……、徐々に増えていき、次第に無数の輝きがまるで星が降るように降り注いで来た。


「これがロノアの言っていた、星が降って来るってやつだね……、本当に星が降ってるみたい……綺麗」


 キミカさんも頷き、皆が感嘆の声を上げた。


 そしてその星が地上に降り注ぐ瞬間、シャボン玉が弾けたように虹色の靄が広がった。


 これは!! 私がこの世界に来たときと同じ!! あのときと同じ虹色のシャボン液のような膜!!


「これ!! これです!! これをすり抜けて私はこの世界に来た!!」


「「「!!」」」


 全員が驚いた顔になり、そしてキミカさんと顔を見合わせた。そしてアルティス殿下が叫ぶ。


「早く!! 消えてしまいます!!」


「キミカさん!!」


「えぇ!!」


 キミカさんはその膜に突き進み向こう側に渡った。キミカさんの姿は虹色の膜の向こう側にしか見えない。こちらの世界にはもう身体はなかった。

 キミカさんの向こう側にはあのときの神社が見える。



 ラズ…………さようなら…………



 私は振り向くことなく、キミカさんに続いた。


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