第五十八話 ラズの本音

 エルフィーネに久しぶりに再会したときドキリとした。相変わらず綺麗で優しいエルフィーネ。


 そう、確かにそう思った。


 しかし、それだけだった。


 エルフィーネを見ても、懐かしい気持ちはしたが、それだけだった。それ以上に何も思わなかった。強いて言うなら兄のような微笑ましい気分だろうか。


 懐かしく、妹のような可愛さ。困っていれば助けてやりたいような気持ちにはなる。しかし本当にそれだけだった。


 それが不思議で、しかしエルフィーネを見ているのは微笑ましくて、ずっと見ていた。そのおかげでエルフィーネがイルグスト王子とやらを好きなのだ、ということにも気付いた。


 そのことにショックを受けるでもなく、微笑ましいとさえ思えたことが不思議で、自分の気持ちがなぜこんなにも変化したのかを確かめたくて、ひたすらエルフィーネを観察していた。


 答えは出なかった。ただエルフィーネのことは妹のような感覚で「好き」だったのか、と自分を納得させた。でもそれで良いとさえ思えた。


 なぜエルフィーネに対してそう思うようになったのかはそのあとすぐに分かることになった。



 ヒナタが日本に帰りたいと言っていたからだ。俺を置いて去ってしまったからだ。


 側にいたいと思った。

 ずっといつまでも側にいたい、離れたくない。

 いつの間にか強くそう思うようになってしまっていた。



 ヒナタの側にいるのは楽しい。ヒナタを守れないのは辛い。ヒナタには笑っていて欲しい。俺が一番側にいて支えたい……。



 エルフィーネには感じたことがない感情。それをヒナタに感じていることに気付いた。



 俺はヒナタが好きなんだ。



 そう、エルフィーネでもなく、ヒナタが……ヒナタが好きなんだ……。






 ラズは泣いた。


 自分の馬鹿さ加減に泣いた。今頃になって気付くなんて、と。


 ヒナタが去る前になぜ気付けなかったのか、と。



「ラズ……」


 涙を流すラズをアルティスは黙って見詰めていた。

 ラズはボタボタと涙を落とす。



「ラズ! いつまでそうしてるのさ!」


 アルティスが声を荒げた。いつまでも動かないラズに痺れを切らしアルティスが話し出す。


「ヒナタ殿が好きなんだろ? 自分の気持ちに気付いたんだろ? ならどうするのさ! このままヒナタ殿と別れてしまって良いの!? 追い掛けなよ!」


 そう叱責されラズは涙を落としながらアルティスを見上げた。その顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃだ。


「ブフッ」


 あまりの泣きっぷりにアルティスは吹き出した。


『ずびっ。笑うな……』


「ブフッ、ご、ごめん、だ、だって……、酷い顔だよ?」


 必死に笑いを堪えるが堪えきれていないアルティス。ハンカチを取り出し、ラズの顔面を豪快に拭いた。


「で? どうするの? ここで諦めるなんてそんな情けないこと言わないよね?」


 アルティスは煽るように言った。


「ラズがどうしようが、僕は明日ヒナタ殿に会いに行くからね。まだ話したいことがあるし」


 さらに追い打ちをかける。


『でもヒナタは日本に帰りたいって……、俺の気持ちは迷惑じゃ……』


「…………、ふーん、じゃあ、ラズはもうヒナタ殿には会わないんだ。気持ちも伝えないんだね。別に僕はそれでも構わないよ? ラズがそれで納得出来るならね」


『…………』


 涙は止まったが再び俯いてしまった。


 今まで何でも強気だったラズがなんとも弱々しいことだ、とアルティスは苦笑した。恋を初めて自覚しただけでこんなにも臆病になるものなのだな、と苦笑しつつも、アルティスにはそんなラズが微笑ましく見えていた。


「ねえ、ラズ。ヒナタ殿には迷惑なのかもしれないけれど、だからといってラズの気持ちを伝えてはいけないという訳ではないと思うんだ。ラズの気持ちを聞いて、答えを出すのはヒナタ殿なんだから。ヒナタ殿なら迷惑であればはっきりとそう言うんじゃない?」


 アルティスはそう言いながら笑った。


『確かに……』


 ヒナタならば気を遣って好きでもないのにラズを受け入れる、なんてことはしないだろう、と二人は顔を見合わせ吹き出した。


『フッ、そうだな……、ヒナタならちゃんと本心で答えてくれる。そう信じられる。そんなヒナタだから好きなんだ、俺は……』


「フフ、ようやく認めたね? やっとちゃんと口に出して言った、フフ」


 初めて「好きだ」と口に出した。


 そのことにラズは急激に恥ずかしくなり顔が火照るのが分かった。猫で良かった……、と思うラズだった。恐らく人間の姿ならば思い切り赤面し、アルティスに盛大にからかわれていただろう。


「じゃあ今すぐ追い掛けるのかい?」


 アルティスのその言葉にラズは少し考える。


『いや、そのもう少しだけ気持ちを落ち着けてだな……、それなりに気合いを入れないとだし……』


 グダグダと何を言っているんだ、とアルティスが冷めた目で見ていることに気付いたラズは慌てて言う。


『そ、それに!! 猫の姿じゃなくてだな!! 人間の姿で伝えたい!!』


「人間の姿?」


 アルティスが不思議そうな顔をしたため、ラズは正体がバレたことを説明した。


「あー、そうなんだ、なら話は早いじゃない! 告白してキスしてもらえば一気に解決だ!」

『は!? アホか!! なんでいきなりキスなんだよ!!』

「えー、だってもう全部話したんでしょ? なら告白して両想いになるだけじゃないか」

『両想いになれるかなんて分からないだろうが! しかも人間に戻るための方法の相手がヒナタだとは伝えてないし……』


 ラズがはっきり口に出して好きだと伝えれば大丈夫だと思うんだけどなぁ、とアルティスは思ったが、そこはあえて口にはしない。ラズが頑張るべきところだしね、と少し意地悪な顔付きになるアルティスだった。


「ラズって意外と鈍感だよね……」

『は? なんでだよ』


 ラズは全く分からないといった顔。自分の気持ちにすらなかなか気付かないんだから鈍感以外にないだろう、とアルティスは苦笑した。


 とにもかくにもようやく自覚し、決心がついたラズなのだった。

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