第五十六話 厨房へ見学に行った
「街に戻ったあと俺に何か連絡したいときに手紙は使うな」
「なぜですか?」
「手紙も検閲されている恐れがあるしな」
「な、なるほど……じゃあどうやって連絡したら良いですか?」
リュウノスケさんは少し考えたのち、おもむろに立ち上がり自身の机だろうか、引き出しから何かを取り出し戻って来た。
「これを持って行け」
「これは?」
掌に収まるほどの小さな石? 細長い六角柱。白く半透明の石。水晶のような石だった。リュウノスケさんも同じ石を持っている。
「これは感受力を高めさせた魔石」
「感受力?」
「強く握ってみろ」
「?」
言われるがままに石を強く握った。すると何だかほんのり石が温かくなったような……。
「これを見ろ」
リュウノスケさんは掌に乗せた石をこちらに差し出して見せた。
その石は半透明な白だったはずなのに、青白く発光していた。
「!? 光ってる!」
「この二つの石は元々一つの石で感受力を高めさせている。それを二つに分けているんだ。だから片方に力を込めるとそれを感じ取りもう一つの石にも伝わり発熱発光する」
よく見ると自分の持つ石も同じように青白く発光していた。
「俺に何か伝えたいことがあるときはその石で連絡をよこせ。なるべく早くに街へ会いに行く」
「分かりました、ありがとうございます!」
石をもらい、リュウノスケさんと別れると部屋へと戻る。すっかり寝静まった城は少し不気味にも思え怖くなり足早に戻った。
『ヒナタ……、やっぱり日本に戻りたいのか?』
「え?」
部屋へ戻るなりラズがボソッと呟いた。
『この世界は嫌か?』
真面目な口調でラズが話すものだから少し戸惑ったが、ここははぐらかさずちゃんと正直な気持ちを伝えるべきだろう。
「この世界が嫌なわけじゃないよ? この世界で暮らして多くの人たちに出会って楽しかったし、この世界も好きだよ。でも……、やっぱり日本には帰りたい」
だってラズはエルフィーネ様のことが好きなんじゃない。ずっと私の側にいてくれるわけじゃないでしょ?
そう言葉には出来なかった。
なぜだろう、ずっと一緒なんてありえないはずなのに、ラズはずっと側にいてくれると思い込んでいた。猫だと思っている間はなんの意識もしていなかった。側にいてくれると思い込んでいた。
でも……、ラズは人間だった。しかも城の人間だった。しかも……、エルフィーネ様のことが好きだった……。
こんなのずっと私の側になんて無理じゃない。私が側にいて欲しいって言ったからラズはずっと側にいてくれただけだったんだもの。これ以上私の我儘でラズを縛り付けるわけにもいかない。
だったら私はやっぱり日本に帰りたい。当初はラノベのためだけに帰りたい一心だったけど、今は……、この世界にいてもラズが一緒じゃなきゃつまらない。一人は嫌だ……。
日本にいたときは一人だったのにな、とクスッと笑った。いつの間にか一人じゃ過ごせなくなってしまった。
『…………』
ラズは何も言わなかった。
そのあとラズは一言も発することなく、私も何も言わなかった。
私は日本に帰るよ、ラズ。
翌朝、ニアナが朝食の準備をしてくれているときに聞いた。
「ねえ、以前言っていたライラさんに今日会いに行っても良いかな?」
「ライラさんですね、多分大丈夫だと思います! 確認してきますのでお食事をされていてください」
「ありがとう」
ニアナは朝食準備を終えると部屋を出て行った。
相変わらず無言のままのラズと居心地が悪い思いを感じながら朝食をいただく。
ちょうど食べ終わったころにニアナが戻ってきた。
「お待たせ致しました。大丈夫だそうです! ぜひおいでください、とおっしゃられていましたよ」
「良かった! ありがとう」
ニアナはお茶を入れながらニコニコと伝えてくれる。
朝食を終え、お茶も終えると、では早速とばかりに厨房へと向かう。
「と、その前に」
「どうされたんですか?」
抱っこしているラズに目をやった。
「さすがに厨房には一緒に入れないだろうし、ラズは研究所に行っといてよ。きっとアルティス殿下もいらっしゃるでしょ?」
「あー、そうですね、さすがに猫ちゃんは一緒には入れないかと思います」
『分かった』
ニアナには聞こえないくらいの小声でラズは呟いた。
研究所が見える辺りでラズを下におろすと、のそのそと歩き出し研究所へと向かった。
「じゃあね、ラズ」
小さく呟いた言葉はラズには届かない。それで良い。
振り向きニアナに厨房までの案内を頼んだ。
客室棟に戻り厨房へと向かう。客室がある階とは違い、一階の奥まったところにある。扉の向こうからは人の話し声やカチャカチャと金属音などが聞こえてくる。
ニアナが扉を開き促してくれ中へと入る。
厨房の中では所謂コック服を着た料理人が忙しなく働いていた。
「すいません、料理長、お邪魔します」
ニアナが料理長と呼んだその人は体格の良い大柄な初老の男性だった。
「あー、ニアナ、さっき言ってた見学か」
「はい、こちらヒナタ様です」
ニアナが紹介してくれたため、慌てて会釈をし名乗る。
「ヒナタと申します。お忙しいところすいません」
「あぁ、気にするな! 好きなだけ見ていきな! ライラはあっちだ」
ガッハッハというような豪快な笑い声を上げ、料理長は自分の後方を指さした。
「ありがとうございます」
料理長にお礼を言うと、キョロキョロと周りを見回しながらライラさんのもとへと向かう。
かなり広い厨房で三十~四十人ほどの料理人がいそうだ。
分担作業になっているようで、人の塊ごとにやっていることが違った。
厨房一番奥にスラッとし、いかにも女性だと分かる華奢な体型の後ろ姿を見付ける。
この人がライラさんだろうか。チラリとニアナを見ると頷いて見せた。
「あの、お仕事中すいません、ライラさんですか?」
そう声を掛けるとその女性は振り向いた。
藍色の髪と瞳のキリッとしたかっこいい女性。髪の毛も短く中性的な雰囲気だ。
「あぁ、ニアナが言っていた方ですね、ライラです」
「はじめまして、ヒナタです。見学させていただいても良いですか?」
「えぇ、どうぞ」
ニコリと笑った顔は中性的な雰囲気から一気に優しげな女性の顔付きとなった。
ライラさんは様々なデザートを試行錯誤で作っているらしい。
見ているととても繊細な作業をしていたり、彩りを悩んだり、と、徐々に完成に向かうたびにどんどんと美しいデザートが出来上がってくる。
「私、本当は料理長を目指していたんですよ」
おもむろにライラさんが話し出した。
「でもある程度経つと新しい料理を思い付かなくなってしまい、悩んでいたところで、リディア様からお菓子を作らないか? とお声をいただき……あ、リディア様は……」
リディア様の説明をしようとしたライラさんに、リディア様は知っていると告げると、嬉しそうに続きを話した。
リディア様からお菓子を作らないか、と言われたライラさんは悩んだが、料理に限界を感じていたため、その提案に乗った。
そして様々な提案をリディア様から受け、とても美味しく見た目にも美しいデザートがどんどんと出来上がり、自分でも嬉しくなってしまい、最終的には料理長よりもパティシエを目指すことにしたのだ、と笑いながら教えてくれた。
「リディア様は恩人ですよ」
ライラさんは嬉しそうに語った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます