第五十五話 王の狙い
「あぁ、来たか」
中へと入ると小さなランプ一つでリュウノスケさんが待っていた。
「すいません、お待たせしました」
「いや、大丈夫だ、俺はほぼ一日中ここにいるから」
ん? 何か違和感が、と思ったら「俺」って言ったのか……、リュウノスケさんて「私」って言ってなかったっけ。
不思議そうな顔をしていたのか、リュウノスケさんがフッと笑った。
「日中は周りにこの世界の人間ばかりだからな。油断しないように素は出さないようにしている」
「はあ、じゃあ今のリュウノスケさんが素ですか?」
「あー、まあな。元々堅苦しいのは嫌いだが、王子や王女なんかが周りにいたら仕方ないしな」
「確かに……」
リュウノスケさんはドカッと椅子に腰掛けるとサラッとした髪の毛をぐしゃぐしゃと掻きむしり、大きく身体を伸ばした。
リュウノスケさんの向かいに座ると、ラズは膝に乗り上げリュウノスケさんを見据えていた。
「その猫も連れて来たんだな、こちらの世界の猫か?」
「え、えぇ、こちらに来てすぐに出会って、そのままずっと一緒です」
「へー……」
リュウノスケさんはラズをじーっと見詰め、ラズがたじろいでいるのが分かった。
リュウノスケさんは人間のときのラズを知っているのかしら。
「エルフィーネ様がラズヒルガと似てるって言ってたよな」
ギクッ!! 私もだが、明らかにラズがビクッとしたのが分かった。
うぉぉい!! リュウノスケさんと顔見知りかい!!早く言いなさいよ! …………でも、そりゃそうか。アルティス殿下の従者だったラズなら研究所に一緒に出入りしていただろうし、リュウノスケさんとも顔見知りになるわよね。
「確かに瞳の色が全く一緒だな」
「えぇ!? そ、そうなんですかぁ!?」
ヤバい、声が上ずった。明らかに怪しくなってしまった。しかもリュウノスケさんてなんか鋭そうだし!!
じーっと見詰められたじろぐが、よく考えたら別にバレても良いのでは?
そんなことを考えていることがバレたのか、ラズはこちらを振り向きブンブン! と首を横に振る。あ、あぁ、知られたくない訳ね……、分かったわよ、言わないわよ。
「あー、それよりもお話というのは……」
無理矢理話を変えた。リュウノスケさんはまあ良いか、といった顔でラズから目線を外し、こちらを見た。そして真面目な顔で真っ直ぐ見詰めたかと思うと……
「早く城から出ろ」
「え?」
城から出ろ? 何で? 意味が分からずきょとんとしてしまった。
「日本に帰りたいと言っていたな?」
「えぇ」
「結論から言うと不可能だ」
「不可能……」
予想はついていたが「不可能」だとはっきり言葉にされるとショックだな。
「今まで誰かが帰ったとかも聞いたことがないし、帰る方法とやらもそれらしい話も聞いたことがない」
「…………」
「ただ……」
リュウノスケさんは少し躊躇うように話す。
「ただあえて隠されているのなら俺には分からん」
「あえて隠されている?」
その意味は……、国があえて日本に帰る方法を隠している……?
「まあそれはかなり可能性は低いがな。ただあえて研究することを避けているようには見える」
「避けて……」
「あぁ。アルティス殿下が日本のことをやたらと研究しているが、それは最近になってからだ。それまではこれだけ日本人がいても日本を研究することなどなかった。それはあえてするなと命令されているのではないかと俺は思う」
「それはなぜ……」
「この国は日本人を利用している」
「利用!?」
「あー、ちょっと言い方が悪いか。日本人の知識を国に生かすために日本人を確保していたいんだと思う」
「日本人の知識……」
「あぁ、この世界に来て思わなかったか? 日本よりもだいぶ技術が遅れているだろう?」
「は、はい」
「それが日本人が現れたことで日本の知識が手に入り、それらを生かすことで国を発展させてきたんだよ。まあこの国の魔術が長けているのは元かららしいがな」
「日本人の知識と魔術、その二つでこの国は独自の技術を発展させて、小国のくせに他国を寄せ付けない中立の立場を長年保ってきた」
「な、なるほど……、でも、それは良いことなのでは?」
お互い持ちつ持たれつで良いことなんじゃないの? 日本人の知識を利用して国を豊かに、日本人も長宝され暮らしやすい。違うのかしら。
リュウノスケさんは眉間に皺を寄せた。
「まあそれだけを聞いていればな」
「何かあるんですか?」
それ以外に何があるのかしら……。
「俺たちは国を出られない」
「国を出られない?」
「あぁ」
「日本人は皆、役所で管理され、たとえ王都から離れ地方の街に移動したにしても場所を把握され、監視されている。国から出ることは一切出来ない。俺に至っては王都からも出られない。城か王都での行動しか許されていない」
「え……」
「日本人をこの国だけに縛り付けているんだ……、まあ当然だろうな、この世界にとったら特殊な技術をわざわざ他国にまで渡す必要はないだろうしな」
「…………、この国から一切出られない……、しかも帰る方法を調べたりは禁止されている……」
そうか、それであんなに至れり尽くせりだったのね……。この世界に来た当初の役所での対応を思い出した。
「そういうことだ。お前も早く城から出ないと城に囲われて俺と同じになるぞ」
「リュウノスケさんは……」
「まあ俺は自分から望んで研究所に行ったから別に良いんだ。謁見したときに王の意図を感じた。この国の仕組みがなんとなく分かったから、どうせ出られないのなら城にいるほうが色々な情報も入りやすいと思ってな」
「そ、そんなことを……」
私は謁見のときも呑気に構えていた。終わってホッとしただけで、こんな裏があったなんて思ってもみなかった。あぁ、こうして助言をしてくれるリュウノスケさんに申し訳ないやら恥ずかしいやらで、なんだか悔しくなってきてしまった。
「お、おい、俺のことは気にするな、俺は分かっていてここにいる。適材適所だ。泣くな」
気付けば涙が零れそうになっていた。自分の不甲斐なさに悔しくなり、リュウノスケさんが自分を犠牲にしていることにも悔しくなり、なんだか居たたまれない気持ちになってしまった。
だからって泣くとかありえないのよ!
そう思い両手で思い切り頬を叩いた。静まり返った研究所内に「パァァン!!」と響き渡る。ラズがビクッとし、リュウノスケさんも目を丸くした。
「すいません! 大丈夫です! 分かりました! なるべく早くここを出ます。そしてやっぱり私は帰るために方法を探します!」
涙を腕でグイッと拭き、リュウノスケさんを真っ直ぐ見詰めた。リュウノスケさんは驚いた顔をし、フッと笑った。
「本気か? 調べたところで何も見付からず落胆するだけかもしれないぞ? しかも国に目を付けられるかもしれない」
「そのときはそのときです!」
そんなことを心配していても何も始まらないし! 見付からないかもしれないと諦めていたら絶対帰れないし、国に目を付けられるのを恐れていたら何も出来ない!
変なやる気に満ちて来た。
その姿を見たリュウノスケさんがブフッと盛大に吹き出した。
おぉ、無表情が多いリュウノスケさんの爆笑! レアだわ!
「ブフッ、フフ、アッハッハッ!!」
めちゃくちゃ笑ってる……、そ、そんなに笑わなくても……、そんなに変なこと言ったかしら……。
「リュウノスケさん……、そこまで笑わないでくださいよ……」
「い、いや、すまん、ブフッ、今までそんな奴いなかったから……ブフフ……」
腹を抱えて笑うリュウノスケさん……、最初はレアだと思って嬉しかったが、ここまで笑われるとどうなのよ。
ひとしきり笑い終えたリュウノスケさんは落ち着いて来たのか顔を上げた。
「あー、人生でこんな笑ったの初めてだな」
「そ、それは良かったです……」
なんだかなぁ。
「フッ、まあヒナタがそれで良いなら頑張ってみろ」
「はい!」
「後、アルティス殿下は多分何も知らない。というか今は何も知らされていないだけだろうな。だからアルティス殿下と話すときは気を付けろ」
「分かりました」
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