第五十四話 王女の手紙

 お姫様ってあまりお仕事ということはしないイメージだったけど、そういう訳ではないのね。この部屋には小難しそうな本ばかりが大量に並んでいた。とても勉強熱心な方だったのかしら。

 まずは一番重要なものがありそうな机から。


 引き出しを開けると中にはそれほどたくさんのものは残されてはいなかった。ご自身でメモされたような勉強のあとが残る書物のみ。社交に使うのであろうか、他国の特産や流行り、技術についてなど。さらにお茶についてやら、お菓子について、宝石についてや化粧品について。たくさんのことが丁寧にメモされている。


 机の引き出しのものを主室のテーブルに並べていく。ドレスルームでは相変わらずエルフィーネ様とイルグスト殿下が話しながらあちこちを見て回っている。


 エルフィーネ様がとても可愛らしく頬を染めながら微笑んでいる。イルグスト殿下を見詰める瞳が……、なんというか……、これってもしかして……。

 ラズは? キョロッと周りを見回しラズを探す。


 ラズは……、二人をジッと見詰めていた。


「ラズ……」


 そのままそっとしておいたが、何かのたびにラズに目をやると、ずっとエルフィーネ様を見詰めていた……。


 やはりラズはエルフィーネ様のことが……。


 好きかどうか確かめる前とか言っていたが、やっぱり好きなんだ……。そりゃそうか……、こんなに美人さんなんだし……、可愛らしいし……、きっと見たままの雰囲気でとても優しい方なんだろうし……。

 なんだか胸がギュッと絞め付けられる。


 私はどうしたら良いんだろう……。ラズはやはりエルフィーネ様の側にいるほうが良いんだろうか。結ばれることはないと言っていた。さらにはエルフィーネ様のあの様子……、恐らくエルフィーネ様はイルグスト殿下を……。



 いくら考えても答えが出ずモヤモヤとしながら、あちこち手当たり次第漁っているが、大したものは出て来ない。何も出ないものだから意識が持って行かれることもなく、ひたすらモヤモヤしたままだ。はぁぁ。


 手当たり次第に一通り探し終え、書斎の中も最後は本棚だけとなった。

 大量にある本棚の本を調べていると、一つの本を抜き出した途端、バサッと何かが床に落ちた。


「?」


 慌てて床に落ちたものを拾い集める。


「手紙?」


 どうやら本の形をした収納になっていたらしい。中が空洞になっていた本型の箱には大量の手紙がぎっしりと詰まっていた。


 拾い集めた手紙と本型の収納箱に入った手紙を主室に持って行き、イルグスト殿下に声を掛ける。


「イルグスト殿下、お手紙が出てきました」


「手紙?」


 ドレスルームから出て来たイルグスト殿下はテーブルに並べられた大量の手紙に目をやった。


「母上宛て……差出人は……父上!?」


 手紙を確認するイルグスト殿下は驚いた顔付きになった。

 どうやらその手紙はダナンタス国王からイルグスト殿下のお母様に送られた手紙らしい。


「父上と母上は若い頃にこのルクナで恋に落ちたらしいのですが、当時の両国の王、我々の祖父ですが、その二人ともに反対をされ結婚出来なかったそうなんです」



 現在のダナンタス国王ラナバルトは王子時代にたまたまルクナを訪れ現ルクナ王の妹姫、ユティナ王女と知り合い二人は一目で恋に落ちた。

 妃として求めたが、当時の両国王が反対し妃になることはなかったらしい。


 そしてラナバルトはダナンタスの貴族の娘と結婚し二人の王子が生まれたのだが、王妃が早くに病で亡くなり、まだ結婚していなかったイルグストの母を妃に迎えた。



 こういった経緯があり、他国とは中立を保つルクナとしては唯一の他国への王女の輿入れ。ダナンタスでもルクナの王女が輿入れをしたという事実が世間に広まっていた。


 イルグスト殿下は手紙を一枚ずつ丁寧に読んで行った。その中身を知ることはないが、恐らく二人は離れている間もずっと心を通わせていたのだろう。この大量の手紙がそれを物語っている。


「手紙は父上が王妃と結婚する前、亡くなってから、と続いています。王妃と結婚している間は王妃に確かな愛を注ぎ、そして亡くなってからはやはり母上のことが忘れられなかったのでしょうね、何度も后に迎えたいと手紙に書かれています」


「しかし母上はずっと悩んでおられた。ルクナの人間である自分が他国に嫁いで良いのかと。最終的に父上の熱意に動かされ結婚を決意されましたが、しかし正妃ではなく側妃を選ばれた」


「二人の想いが……、二人はとても愛し合っておられた……」


 イルグスト殿下は言葉を詰まらせ涙を流された……。お二人の事情は詳しくは分からないけれど、きっと国と国のことだから色々あったんだろうな。


 エルフィーネ様がそっとイルグスト殿下に寄り添われた。


 ラズは……、ラズはやはりエルフィーネ様を見詰めている……、あの二人を見るのは辛いだろう。今、この場にいるのは私も何だか辛い。この手紙が見付かっただけで十分なんじゃないかしら。


 そう思うとこの場にいるのはいたたまれない気分になり、ラズをそっと抱き上げ部屋を後にした。



 ラズになんと声を掛けて良いのか分からず、二人ともずっと無言だった。

 あぁ、こんなときに何も言ってあげられない。私は何の役にも立たないわね……。


 ぼんやりしながらどうやってたどり着けたのか分からず、部屋へと戻って来た。部屋に戻るとラズは私の腕から降りたが、そのままバルコニーへと抜け出し外を眺めていた。


 ラズはエルフィーネ様の側にいたいだろうか……。


 私はラズをどうしたいのだろう……。


 私は…………



 二アナが夕食の用意をしに来てくれている間もラズはずっとバルコニーにいた。何も言わない。ずっと考え事をしているようだ。


 私はラズを諦めるべきだろうか……。ラズのためにも……。



 夕食が終わり、二アナが部屋を後にすると、リュウノスケさんとの約束のために研究所へと向かう。


「ラズ、私、行くけど……」


『え!? どこに!?』


「え、研究所……リュウノスケさんに会いに……」


 完全に上の空だな。やっぱりラズは……。


『あ、あぁ! よし! 行くぞ!』


 やたら空元気のような。ラズは私の前を率先して歩いた。


 暗闇の中、誰にも見付からないようそっと研究所に向かう。

 外に出て建物の影から出ると月明かりを浴びたラズがゆるゆると人間の姿となった。


 しかし自身が人間の姿に戻っていることすら気付かないのか、ラズはそのまま歩き続け、瞳は虚ろだ。


 何を考えているのかしら……、ラズ……、声を掛けることすら出来ない……。声を掛けるのが怖い……。


 研究所が見えて来た。このままラズが人間の姿だと問題があるんじゃ……。


「ラズ」


「ん?」


「その……、人間の姿だけど良いの?」


「え、あ! あ、ちょっと待ってくれ!」


 明らかにぼんやりしているわね。いつもならきっと月明かりはとても気にしているのだろうに。

 ラズは慌てて月明かりのない場所へと向かい猫の姿に戻っていた。そのまま影を歩き研究所の中へと向かった。


***************

※補足

イルグストの母親はルクナの出身ということだけで、王妃の息子であるイルグストの兄二人から魔女として嫌悪されておりました。そして母親が病で亡くなってからイルグストは兄二人から迫害を受け、コルナドアに留学という名目で避難していた経緯があります。

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