第四十五話 王子まで現れた!

 ラズがなんとかスープを食べ終わり……めちゃくちゃ時間かかったけど……思わず置いて行こうかしら、とか思ったけど、何とか我慢し、さあ行くわよ! そう思ったら……


『俺は行かない』

「はぁ!?」


 ニアナは先に外に出ていたため盛大に声を上げてしまった。


「行かないって何よ! せっかく待ってたのに!」

『行かない!』

「行くのよ!!」


 んぎぎ、と格闘。椅子にしがみついて離れようとしないラズを無理矢理引っ剥がし、暴れるのを羽交い絞めに。


 ぜーぜー言いながらラズを抑えつける。


『行かないって言ってるだろ!!』

「なんでよ!!」


『いや、それは、その……』


 しどろもどろ。


「理由も言えないようなら行くんです! 部屋でじっとしてても仕方ないでしょうが!」


『いーやーだー!!』

「嫌じゃなーい!!」


 無理矢理抑えつけ、ぜーぜー言いながら部屋から出ると、ニアナが引いていた。


「だ、大丈夫ですか?」

「あ、うん、大丈夫大丈夫! アハハ」


 いまだに抵抗しているラズを何とか抑え、ニアナに続く。


 客室棟から出ると謁見した棟がある方向とは違う方向へと歩く。周りには木々や草花が丁寧に手入れされ、綺麗に花が咲き誇っていた。


 少し広くなったところに出ると、二階建てほどの建物が見えて来る。


「あちらが研究所です」


 二階建ての建物は他の城内の棟に比べたらこじんまりとしていた。


 扉をノックし恐る恐る扉を開き、中を覗く。


「あの、すいません、失礼します」


 中を覗くと白衣のような服を来た人が数人、こちらに振り向いた。

 ビクッとし、何て声を掛けたら良いのか分からずしどろもどろになってしまう。


「あ、あの、その、入っても良い、ですか?」


 恐る恐る声を掛けると一人が「あぁ!」といった顔をし、隣に立つ黒髪の男性に声を掛けた。


「おい、リュウ、例の日本人じゃないのか?」

「ん?」


 例のって…………。

 リュウと呼ばれたその黒髪の男性はこちらに振り向いた。


 ツヤツヤの黒髪、端正な顔に涼し気な目元。スラッと背が高く、手足が長い。

 あー、この人がリュウノスケさんね。これは確かにモテモテなのが分かるわね。異世界のイケメンに負けず劣らずのイケメンだわ。


「あぁ、君が新しく流されて来た子?」


 リュウノスケさんはにこやかになるでもなく、終始無表情で聞いて来た。

 あぁ、これが普段あまり笑わない人か。なるほど。


「はい、はじめまして、ヒナタと言います。リュウノスケさんですよね?」

「あぁ」

「お噂は色々と……」


 と言いながら、あ、そんなこと言っちゃ駄目かしら、とちょっと焦る。


「ん? 何の噂か知らないが、噂は大体事実と異なる」


「あ、はい、そうですね……」


 いやぁ、今初めて話した限りじゃ、噂通りの方だと思うんですけどね。

 まあそれよりも……


「リュウノスケさんはここで研究をしているんですよね?どんなことを?」

「研究、というか開発に近いな」

「開発?」

「あぁ、コンロを開発したのは私だし、今は冷蔵庫を開発中だ」


 あぁ、そういえばコンロを開発したのはリュウノスケさんだと聞いた。さらに今は冷蔵庫を開発中なんだ、凄いわね。


 リュウノスケさんが何か言おうとしたのか、口を開こうとしたときにバーンッと扉が勢い良く開かれた音がしビクッとなる。


 リュウノスケさんが苦笑しているし。何かしらと振り向くと、そこには息を切らしたイケメンがいた。


 今まで見たことがないような綺麗な青年。今まで会ったイケメンはどちらかと言えば、「男らしい」イケメン。今目の前にいるイケメンは物腰の柔らかい雰囲気の、どちらかと言えば「優しげな」イケメン。けっして女性的な訳ではない。そこはお間違いなく。


 少しふわふわとしたブルーグレーの髪。少しばかり垂れ下がった目元が優しげな印象の菫色の瞳。


 菫色の瞳は確か……、王家の伝統の色だ。げっ。


 ま、まさか……まさかのオウジサマデスカ……? おっと、ここに来て片言事態に陥るとは! さあどうする! ヒナタ!


 実況中継じゃあるまいし、何やってんだか。ちょっと思考があらぬ方向に飛んでいきました。


「あ、あ、あ……」


「あ?」


 優しげなイケメンは壊れたオモチャみたいだった。大丈夫かいな、この人。


 周りを見回しても、皆、苦笑するばかり。さっきまで無表情だったリュウノスケさんですら苦笑している。


「あ、貴女が……新たに来た……日本の方ですか!?」


 ぜいぜい肩で息をしながらようやく言葉にしたイケメン。


「え、あ、はい」


 そう返事をするとガッと私の手を両手で握り締め握手をした。その弾みでラズが落ちる。ラズはスルリと足元に着地すると、私の後ろに隠れた。


「ん?」


 イケメンがようやくラズに気付いたようだ。さっきからラズを抱いていたのに、全く目に入ってなかったらしい。


「失礼しました、僕はアルティス・カイ・ルクナと申します。この国の王子です」

「あ、ヒナタと申します」


 急に落ち着いたわね。姿勢を正し、紳士の振る舞いというのかしら、にこりと微笑んだアルティス殿下。この人が……王子か……やっぱり……。王子ってどう接したら良いの!? 普通に話して良いのかしら。


「貴女が日本の方なのですね! あの猫は貴女の猫なのですか? 日本から一緒にやって来たのですか?」

「え、あ、ラズは……」


 と、言おうとしたら、後ろからラズに思い切り猫パンチされ言葉に詰まった。


「ちょっといきなり何すんのよ」


 少し後ろに振り向き小声で文句を言う。


「んん?」


 アルティス殿下は私の背後にいるラズに近付いた。


「んんん?」


 ラズはじりじりと後退りし顔を背けている。何やってんのかしら。


「…………、ラズ?」

「え?」


 なぜかアルティス殿下がラズの名前を呼んだ。

 ラズはビクッとすると、殿下はさらに顔を寄せる。


「ラズだよね? 何やってんの、こんなところで。もう見付かっ……ムグッ」


 そう言おうとしたアルティス殿下にラズが思い切り飛び掛かり、顔面に貼り付いた。


「な、な、何やってんのよ!」


 慌ててラズを引っ剥がそうとしたが、ラズはアルティス殿下の頭をガッチリとホールド。


「あ、アハハ、良いですよ、僕がしばらくこの猫ちゃんと遊んでますから、ヒナタ殿はリュウノスケ殿とたくさんお話してください」

「え、あ、はぁ」


 顔面にラズが貼り付いたままの王子が、さも猫の扱いに慣れていますので的な発言をするので思わず笑いそうになったが、そこはグッと我慢。


 研究所員の方々が若干ざわざわと微妙な顔をしていたのが気になったが、とりあえず研究所内を色々見学させてもらうことになった。


 リュウノスケさんに色々お話を聞く。コンロを製造することになったときの話やら、今回の冷蔵庫についても。


 冷蔵庫はなぜかコルナドアのお姫様と一緒に開発中らしい。無表情のリュウノスケさんがそのお姫様の話を口にしたときだけ、少し笑顔だったような気がする。そして無口そうなのに、開発関連になると饒舌ね。


「今、そのお姫様が来ているからもしかしたら会えるかもな」

「そうなんですね、それはお会いしてみたいかも……」


 何故そのお姫様と一緒に開発をしているのか疑問になり聞いてみると衝撃の事実を口にされた。


「そのお姫様、どうやら前世が日本人らしいんだ」

「えっ!?」


 前世が日本人!? マジですか!! そんなことあるのね!!

 開いた口が塞がらないまま、リュウノスケさんはクスッと笑い話を続けた。これが城の女性陣を惑わす微笑……、なんてアホなことを考えながら話を聞く。


「前世が日本人でこの世界では珍しいようなことを色々発案していったらしいんだ。それでたまたまこの国の日本人事情を知ったらしく、私たちと共同開発出来ないかと打診が来た」


「ルクナは元々他国と特別な関係は結ばない。だから最初はその打診も断っていたようなんだが、そのお姫様がやたら積極的でな、自国ではルクナと関わりがあるとは悟られないようにする、ただこの世界の人々が豊かになれば良いだけだ、とルクナの王を説得してな。折れた王がそのお姫様と護衛を一人だけで行動するのなら、と入国を許可したんだ」


「へぇぇ、凄いお姫様ですね!」

「フッ、本当に凄い女性だよ。冷蔵庫のせいで氷の切り出しの仕事がなくなっても困るから、と、氷の別の利用方法まで考えていたしな」


 リュウノスケさんの笑顔からしてかなり信頼している人なんだろうな。

 前世が日本人かぁ、これは確かに会ってみたいわね。色々話してみたい……。


「そういえばリュウノスケさんは日本に帰る方法なんてものは…………知らないですよね……」

「日本に帰る方法?」

「えぇ」

「知っている訳がないな。知っていたらもっとみんなを帰せるんだが」

「リュウノスケさんは帰りたくないんですか?」

「私はまあ、もうこの生活にも慣れたし…………、その話はあまり城の中ではしないほうが良い」

「え? なんで?」

「あー、ここではちょっとな、とりあえずその話はするな。また明日話そう」

「はぁ」


 何だかよく分からないまま話が終了してしまい、気付くと後ろにアルティス殿下がラズを抱っこして立っていた。

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