第四十四話 リュウノスケさんは有名人だった
謁見の間から外へと出ると、激しい脱力感に深い溜め息を吐いた。
「はぁぁあ、あー! 終わった!!」
「ちょ、ヒナタ様! 声が大きいです!」
外で待ってくれていたニアナが慌てて駆け寄って来た。
あ、ヤバい。中に聞こえたかしら。慌てて口を押え、謁見の間の扉を振り返った。
扉前に立つ騎士がブッと吹き出す。笑いを堪えきれてないわよ。クスクス笑っている。
あー、もう、やっちゃった。
「ごめん、だってめちゃくちゃ緊張したんだもん」
小声でニアナに話す。ニアナはそれが分かるからか苦笑しながら、小声で「戻りましょう」と元来た道へと促した。
騎士の人たちに軽く会釈し、その場を離れる。
「それにしても王様の質問の意図が分からなかったわね」
「どういったことを聞かれたのですか?」
「えっと、大変だったね、とか、困ってることはないか、とか、当たり障りのないことなんだけど……」
「?」
少し考えているとニアナがどうしたのかと不思議そうな顔。
「何というか、当たり障りのないことなんだけど、なんだかしつこいくらい聞かれたというか」
ニアナはきょとんとしている。意味が分からないといった顔。うん、私も意味が分からない。まあ、いっか。
それよりも城の散策よ!
「自由行動の許可をもらったからお昼をいただいたら早速散策に行かないと!」
「フフ、良かったですね」
急ぎ足で部屋まで戻り扉をバーンッと開けると、ラズがビクッとした。
「ただいま! ラズー!」
『おう、おかえり、どうだった?』
「緊張したー!!」
再びラズをガシッと抱き締めると思い切り顔を埋めてスリスリした。もう慣れてきたからか、ラズは諦めてされるがままになっている。
ニアナは昼食の準備をしに行ってくれたため、今はラズと二人。
緊張からの解放感でラズを抱き締めたままベッドにダイブ。抱き締めたままダイブしたものだから、ラズが目を剥いている。それをお構いなしにスリスリ。
「はぁ、落ち着く」
ラズにひたすらスリスリしていると、ラズはおもむろにこちらに身をよじり振り向いた。そして首元に顔を埋めたかと思うとペロペロと舐めだす。
「ひゃ、ちょっと! ラズ! なにやってんのよ! くすぐったい!」
思わず腕が緩むと、その隙にラズは私の腕から抜け出した。ぐっ、もう何だか抜け出る方法を編み出された感じね。何か悔しい。
じとっとした目でラズを見ると、ラズは勝ち誇ったような顔でフフンとドヤ顔だった。
何だか悔しさもあり、疲れたのもありで、ベッドに大の字になった。
「あー、疲れた。何にもしてないし数分程度なのに、疲れた」
目を瞑ると寝てしまいそうだった。そこにペロペロと頬を舐める感触が。目を開けるとラズが顔の真横にお座りし、頬をペロペロと舐めている。
「な、なにしてんの?」
『ん、お疲れさん』
そう言いながらもラズはずっとペロペロと舐め続けている。な、なんかこの間からラズが変! なんか急に舐めてくるようになったし、やたら優しい言葉かけてくるようになったし……、なんか恥ずかしいんだけど!
何で猫相手に恥ずかしがらないといけないのよ! とは思うのだか、なぜか恥ずかしい気分になるんだから仕方ない。
「ちょ、ちょっと! ラズ! もういいから!」
ずっとペロペロ舐め続けられていたのを制止し、ガバッと身体を起こす。
しかし身体を起こしてからもラズは私の膝に前脚を乗せたかと思うと、見上げるように顎や首をペロペロと舐め続ける。
「や、ちょっと、ラズ! 待ってよ!」
くすぐったいし、首なんかを舐められると変な声が出そうに……。
「んあ! もう良いから!」
慌ててベッドから下りて立ち上がった。
くあっ! あぁぁ……あ、ちょ、ちょっと何なのよ! あれ! ラズを見ることが出来ずに足早に隣の部屋に戻った。
ちょうど部屋をノックする音が聞こえ、ニアナが昼食を持って戻って来てくれた。
「ん? どうかされましたか?」
「え?」
「いえ、何だかお顔が赤いので」
またか! また赤面してるのか! ジークと一緒にいたときと同じことに! 恥ずかしい! いや、ニアナは何のことか分かってないから、まだマシか。
「き、気にしないで! 何でもないから!」
「? そうですか? 何か体調がお悪いようでしたら、すぐに言ってくださいね!」
「う、うん、ありがとう」
う、後ろめたい。でも言えないし。まさかラズに舐められて恥ずかしかったから、とは言えない。
私がおかしい人扱いになっちゃう。
そんなことを考えていると、横からひょこっとラズが通り抜け、しれっと椅子に飛び乗った。
何事もなかったような澄まし顔で、えらそうに昼食を待っている。
くそぅ! なんか悔しい!
じとっとラズを睨みながらも私も席に着いた。
ニアナが用意してくれた昼食はビーフシチューのようなスープとパン、サラダ。
見た目はビーフシチューだけど、肉じゃないな、何だこれ。丸っこいものが入ってるけど、色は全部茶色いから何かが分からない。
不思議そうにしているとニアナが説明してくれる。
「これはビナビエという魚の仲間ですかね、煮込み料理に使うと良い味が出るそうですよ。身も食べられるのでそのまま入っているんです」
姿形を聞いているとどうやらエビのような生き物らしい。煮込むと出汁になるのね!
味はビーフシチューというよりもクラムチャウダーのような感じかしら。海鮮スープみたいな感じね。
うん、美味しい! ラズが熱々スープにげんなりしてるけど。
フフン、さっき私をからかった罰よ! そう思いながらラズを見ていると、必死に冷めないかと確認している姿がまたおかしくて笑ってしまう。はぁ、ズルいわぁ。
「この後はどうされますか?」
「えっとね、王様にまずは研究所に行けって言われたから、最初はそこかな」
「あぁ、研究所にはリュウノスケ様がおられますものね」
「リュウノスケさんを知ってるの?」
「えぇ、もちろん!」
聞くところによると、リュウノスケさんは城内ではかなりの有名人らしい。
日本人であること、さらに王様と謁見後すぐに研究所配属になったこと、そして……
「クールでかっこよくて城内で働く女性にとても人気なんですよ!」
おぉ……、リュウノスケさんはモテモテ……。
「普段あまり笑わない方なんですが、たまに笑っている姿を見かけると女性陣から悲鳴が上がりますよ!」
「そ、そんなに?」
「えぇ! アルティス殿下もとても美形で人気があるのはもちろんなのですが、やはり殿下は気安く話せる方ではありませんし。その点リュウノスケ様は身近な存在ですのでなおさら!」
ニアナの興奮気味に話す姿に若干引きながらも、そんなにかっこいい人なのか、とちょっとワクワク。
ラズはいまだにスープと格闘中。
「楽しみだな、でもそういえば研究所は立入禁止じゃないんだね」
「そういえばそうですね」
研究所なんて、あまり人に知られてはいけないのでは? 門外不出とかさ、ないのかしら。
「日本人の方が働いているのだから、今さら立入禁止にする必要がないのでは?」
「うーん、そうなのかな、まあ良いか」
考えたところで分かるでもなし、日本人に会えるんだからそこはあえて入って良いんですか? なんて聞く必要はないだろう。王様自ら行けって言ったんだし!
「よし! じゃあ研究所にゴー!!」
と思ったら、ラズがまだスープと格闘していた……。
やれやれ。
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