第四十三話 謁見!

 翌朝、ニアナの扉を叩く音で目が覚めた。


「おはようございます、昨夜はよく眠れましたか?」


 にこやかに聞いてくれるニアナだが、憂鬱な気分で起きたため、全く爽やかな朝ではない。

 はぁぁあ。朝っぱらから溜め息が出てしまう。


「おはよう、ニアナ。眠れたけど……、起きたくないねぇ」

「フフ、そこはもう諦めてくださいね」


 ニアナに促され、もそもそとベッドから下りる。服はどんなものが良いか相談しながら着替えた。派手過ぎず大人しめな感じで。まあ王様はそんなの気にする人ではないらしいけど、でもね、そこはね、やっぱり気を遣うでしょ。


 着替えている間にニアナが朝食の準備をしてくれていた。

 焼きたてパンの良い香りが漂い、昨晩あれほど食べたのにお腹が空いて来た。


 朝は丸いパンが二つに果物とサラダ。それと何かの果物のジュースを用意してくれていた。焼きたてパンを香りと共に味わいながら頬張り、食べながら今日の予定を聞く。


「本日はこの後昼前に謁見の間に向かいます。そこで陛下との謁見を行い、行動の自由を許可されますと、その後は自由に城内を散策出来るかと思います」

「謁見ってどんなことするの?」

「すいません、私にはそこまでは……」

「あー、ハハ、そうよね、ごめん」


 いくらなんでもニアナが謁見内容を知ってる訳がないか。



 朝食が終わり謁見の時間までそわそわしていると、ラズに『落ち着け』と言われたが、落ち着けるか! 無理! 落ち着ける訳がない!


 外は雨も次第に止み、薄曇りだが徐々に晴れ間も差して来た。


「では、そろそろ参りましょうか」


 ニアナにそう声を掛けられ、ギクッとした。うぅ、いよいよか……。


『まあ頑張って来い』


 ラズの呑気な台詞に若干イラッとしたが、ラズに当たったところで仕方ないしね。その代わりとばかりにラズを力いっぱい抱き締めた。


『ぐえっ』


「じゃあラズはお留守番お願いね」


 ラズを足元に下ろすとニアナに続いて部屋を出た。



 謁見の間は今いる客室棟とは違う棟にあるらしく、少し歩くのだそうだ。

 客室棟から出ると雨上がりのためあちこちが濡れていて、雲の合間から太陽の光が差し込むとキラキラと輝いていた。

 昨夜のラズから聞いた紫の雫を思い出し、見てみたいなぁ、とぼんやり考える。


「今は全く紫じゃないわね……」


「? どうかされましたか?」


 ボソッと呟いた言葉がニアナに届いたらしく、歩きながらも振り向いたニアナが聞いた。


「え、あぁ、うん、雨上がりの雫に日の出の光が当たると紫に輝くって聞いたから見てみたいなぁ、と思ってね」

「あぁ、その話ですか」

「ニアナは見たことあるの?」

「いいえ、私も見たことはありません。私の祖母が昔一度だけ見たことがあると言っていました。とても神秘的で美しかったと」

「へぇ、そうなんだ、ますます見てみたいなぁ」

「フフ、そうですね、私も見てみたいですが、なかなか難しいですよね」


 そんな話をしながら歩いていると一つの棟へとたどり着いた。見上げると明らかにこの城内全ての建物の中で一番大きいだろうと思うくらいのとても大きな棟だった。


「オオキイデスネ……」


 なぜか片言になった。い、威圧感が……。


 大きな扉の前では騎士が門番として立っていた。その騎士にニアナは話しかけている。二人の話が終わると騎士は私のほうを向き、ニコリと笑った。


「ユズキヒナタ殿ですね?」

「は、はい」

「どうぞお入りください」


 騎士が扉を開き、中へと促した。


 中へ入るとまた唖然。客室棟のときよりもさらに豪華なエントランス。そして広い。めちゃ無駄な広さ! っと、駄目だ、また貧乏性が! そんなこと考えてる場合じゃないでしょうに!


 とてつもない広さと豪華さのエントランスを抜けて正面の長い通路を行く。両脇にも違う通路があるが、とんでもない広さね。途中で角を曲がっているのもあるが、終点がどこなのか全く分からない。


 正面の通路は横幅の広い通路。その先には重々しい扉が……。


 少し広くなった場所。その正面に重々しい扉。その両脇には騎士が立つ。

 お、おぉ……、重苦しい……。あまりの威圧感にギシッと足が止まった。それに気付いたニアナが振り向き、近付いて来た。


「ヒナタ様、大丈夫です。陛下はお優しい方ですので」


 そっと背中を支えられ促される。あぁ、もう逃げられないわよね。


「ユズキヒナタ殿ですね? お待ちしておりました。どうぞお入りください」

「は、はい」


 ニアナはここまでのようだ。後ろに一歩下がり見守っている。ここから本当に一人なのね……、あぁ、吐きそう。


 緊張でもう何が何やら。吐きそうな気分に重い足。ずりずりと引き摺りながら歩いているのでは、と思うくらい足が重かった。


 騎士が先導してくれ、それに続くと上座に当たる場所というのかしら、正面の少し高くなった位置に豪華な椅子が。そこに腰掛ける初老の男性。こ、この人が王様……。


 騎士はある程度進むと止まり、振り向きその場に立つよう囁くと、そっとその場から離れた。



 えっと、これって跪いたりしたほうが良いのかしら。どうしたら良いの!? このままボーっと立ってて良いの!? ちょっと! 誰か教えてよ!


 あわあわしてしまい、周りをきょろきょろしそうになったが、何とかそれは耐えた。どうしたら良いか分からなく泣きそうな気分になっていると、正面のその男性が声を出した。


「そなたがユズキヒナタ殿だな?」

「は、はい」


「緊張しなくても大丈夫だ。立ったままで申し訳ないが、そのまま普通に話してくれて構わんよ。私はこのルクナの王だ」


 王……、やはりこの人が王様。気さくな感じで話しかけてくれたけど、本当にそんな普通で大丈夫!? 本当に!? 馴れ馴れしく話して不敬罪とかで打ち首とかならないでしょうね!


 王様の横に立つ、これまた一人の初老の男性は、特に表情も変えずこちらを見ていた。

 えーっとその目はオッケーなんですか? 違うんですか? どっちなのよ!


 王様はブルーグレーの髪に菫色の瞳。五十代くらいだろうか、優し気だが真面目そうなキリッとした雰囲気の紳士といった感じ。

 隣に立つ男性は白髪……じゃないわね。白に近いグレーの髪に青い瞳の気難しそうなおじ様……、いや、紳士ね。王様と同じくらいの歳かしら。


 どうしたら良いか分からず、ついまじまじと二人を観察してしまった。


「ヒナタと呼ばせてもらって良いかな?」

「え、あ、はい!」


 突然名前を呼ばれ固まりそうになってしまった。


「ヒナタは一ヶ月ほど前にこのルクナに来たのだったかな?」

「は、はい」

「そうか、色々大変な思いをしたろう。君はいくつだい?」

「二十二です……」

「二十二、まだ若いのに辛かっただろう」


 な、何だかむずがゆいくらい心配をしてくれているわね。これ、どう返すのが正解なのかしら。


「い、いえ、親切な方ばかりだったので、楽しく暮らすことが出来ました」

「そうか、それは良かった。今もそう思ってくれているかい?」

「え? えぇ、思ってますけど……」


 何だ? 何でそんなこと聞くのかしら。楽しく暮らしてるって言ったじゃない。何でさらに聞き直すの?


「それは安心したよ。何か困っていることはないかい?」

「困っていること?」

「あぁ、何かあればすぐ対処するよ」


 困っていること……、何だろう、何かあるかな。部屋も借りられたし、仕事も見付かったし、周りは良い人たちばかりだし、特にこれと言ってはないような……、ラズもいてくれるし。


「特にはないですね」

「そうかい? 今が充実しているんだね」

「えぇ」

「なら、良かった。君がこの国に馴染んでくれて良かったよ」

「はぁ」


 しまった、間抜けな返答になってしまった。何だかよく分からない質問でつい気の抜けた返答に。

 あわあわしてしまったが、王様は特に気にするでもなく、話を続けた。


「困っていることがあれば役所を通じて、いつでも何でも言うと良い。必ず対応しよう」

「は、はい、ありがとうございます」


 なんか至れり尽くせりね。


「さて、私の話はこれで終わりだ。しばらく城に滞在して自由に見学すると良い。ただし立ち入り禁止の場所には行かないように」

「はい」


 やった! 自由行動だ!


「どこへ行くかは必ず誰かに伝えてから行動するように頼むよ」

「はい!」

「ハハ、嬉しそうだね」

「あ、すいません」


 思わずテンションが高くなったのがバレた。


「構わんよ、城を楽しんでくれたなら私も嬉しいよ。あぁ、最初は城の研究所に行くと良い」

「研究所……ですか?」

「あぁ、そこに君より先に流れて来た日本人が働いている。懐かしい日本の話でも出来るのではないか?」


 あぁ、そういえば日本人が城の研究所で働いているって言ってたわね! 確か……名前は……、リュウノスケさん! そうそう! そんな名前の人だった!

 そっか、そういえば日本人がいるんだった。うん、会ってみたいわね。


「ありがとうございます! この後行ってみます!」

「あぁ、そうすると良い。では、もう下がって良いぞ」


 そう言われ何だかよく分からないままお辞儀をし、謁見の間を後にしたのだった。

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