第三十九話 ザ!お城!だった

 城へ行く当日の朝、あまり気持ちの良い目覚めでもなく、溜め息を吐きながらの起床となった。


 お城へ行くなんて滅多にない出来事、一生に一度あるかないかの出来事、夢のような話!

 きっと日本にいたときなら何も考えず喜び勇んで行ったかもしれないわね……。でもなぁ、現実問題として「城へ行く」「王様に会う」、これってヤバいよね。いや、語彙力! でももう何て言ったら良いか分からないけど、胃が痛い……。


 だってさ、日本で言ったら皇居に行って天皇陛下に会うようなもんでしょ? いやいや無理無理。一般人がいきなり皇居に行って天皇陛下に会うって! おかしいでしょ! しかも皇居に滞在!? フッ、もう非現実的過ぎて頭が真っ白になりそうだわ。


『「はぁぁあ」』


 ん? なんか溜め息がかぶったような。チラリとラズを見るとやはりラズまで盛大な溜め息を吐いていた。


「ねぇ、ラズは何でそんなにお城へ行くのが嫌なの?」

『え、いや、その……』


 明らかに挙動不審。怪しいわね。


「お城に行ったことあるの?」

『え、いや、ない……、いや、ある!』

「ん? どっちなの?」


 ない、ある、ってどっちやねん。


『ある! あるんだよ! ほら、俺、猫だろ? ウロウロしててたまたま城に入り込んじゃって、見回りの騎士に見付かっちまってさ、叩き出されたんだよ! だから嫌なんだ!』

「へー…………」


 ラズって……、嘘下手だなー!! お馬鹿過ぎる。嘘くさ過ぎる。「俺、猫だろ?」の時点で吹き出しそうになってしまった。

 ま、良いか、ラズが城に行ったことがあろうがなかろうが、行きたくなかろうが関係ない。


「でもラズも行くのよ?」


 にっこりと笑顔で言った。ラズは若干引き攣っていたが気にしない。


 気が重いがいつまでもボーっとしているわけにもいかないので、朝食を食べ終えると一週間分のお泊りセットを用意し着替えた。

 謁見が今日になるのか明日になるのか知らないけれど、とりあえず一番落ち着いていそうな服装で出向く。


 一週間分の荷物となるとそこそこ重たい。それを持ち役所まで……、私の部屋のほうが城に近いんだからここまで馬車のお迎えしてくれたら良いのに、とブツブツ愚痴を言いながら役所まで歩く。


 役所に到着するとすでに馬車が停車しており、御者らしき男性が待ち構えていた。役所からもいつも受付で対応してくれている女性が立っており、待たせてしまっていたのかと慌てて近付いた。


「おはようございます! すいません、遅くなりまして……」


「おはようございます、大丈夫ですよ、こちらが今日お乗りになられる馬車になります」

「は、はい、ありがとうございます」


「おはようございます、荷物を」


 御者らしき男性が声を掛けて来た。どうやら荷物を積み込んでくれるようだ。御者さんに荷物を渡すと、馬車後方にある木箱らしきものの蓋を開け、その中に入れた。

 その後馬車の扉を開け、中へと促す。ラズは開かれた扉からひょいっと中へと入り、私がそれに続いた。御者さんが手を貸してくれる。


 馬車へ上がるためのステップを踏みしめると、ギシッと馬車本体が少し揺らぎ中へと乗り込む。


 馬車の中は落ち着いたえんじ色のような色合いの椅子が向い合せに。壁も同じ色の生地のようなもので覆われ、内部は少し暗かった。


 進行方向に向き座ると窓から外を眺めた。


「ではいってらっしゃいませ」


 役所の女性がにこりとそう言うと、御者さんの「出発します」という声が聞こえ、馬車が動き出す。


 荷馬車のときと違いこちらの馬車はガタガタと揺れてもサスペンションが効いているのか、椅子のクッション性が良いのか、馬車全体は安定していてお尻も全く痛くならない。


「荷馬車と違って快適ね~」


 荷馬車とは明らかに違う乗り心地にホッと胸をなでおろす。ラズは向かいの椅子で丸まり興味がなさそうだ。

 私はというと窓から外を眺める。


 大通りをゆっくりと進んだ馬車は、中央広場を通り抜け、いつもは閉ざされている城への門に向かった。


 御者さんが何やら門の騎士と話している。そして「失礼致します」との声が聞こえ、扉が開いた。


 金髪の若い騎士らしき人が中を覗き、にこりとした。


「ヒナタ殿ですね?」

「は、はい」

「失礼致しました。確認のためお顔を拝見させていただいきました。申し訳ございません、お通りください」


 にこりと笑ったその騎士は恭しく頭を下げると、そっと扉を閉じた。そして再び馬車は動き出す。


 門が開かれ、いよいよ初めての場所へと足を踏み入れる。き、緊張するわ。吐きそう……。

 おもむろにラズを抱き上げ、膝の上に置いて背を撫でる。

 急に抱き上げられラズは驚いた顔をしたが、私の緊張が伝わったのか、何も言わず撫でられていた。


 ラズを撫でながら、外の景色を眺めていると、広々とした庭園が広がり出す。中央広場からも見えていた庭園。

 色とりどりの花が咲き誇り、テーマでもあるのか、何やら花の配置やら色合いがとても洗練されていた。さすが城の庭園だなぁ、と感心しつつ、さらに馬車は走る。


 庭園が途切れて見えなくなったかと思うと今度は噴水が見えた。巨大な彫刻が中央にそびえ立つ噴水。それを避けるように馬車は回り込み、先へと走り続ける。


 と、遠いわね……、確かに歩くとかなりの距離だわ、これ。


 さらに進んだ先には中央広場と同じくらい、いや、それよりもさらに広いのでは、と思うくらいの広さがある平地が現れた。


 城だ、城の目の前だ……。馬車の窓から少し身を乗り出し前方を見ると、見上げるほどの「ザ! お城!」と言わんばかりの城がそびえ立っていた。


 「ザ! お城!」ってなんやねん! て自分に突っ込みを入れそうになるが、だって本当にそうとしか表現出来ないんだもん!


 シン○レラ城のような外観だが、それよりもさらに荘厳な雰囲気かしら。きらびやかというよりは荘厳な感じなのよね。


 そのためか威圧感も少し感じますが……。


 馬車は城の正面入口に当たる位置で止まった。御者さんが扉を開け、手を差し出してくれる。

 その手を頼りに馬車の外へ。


 城を間近で見上げると圧倒される。あぁ、帰りたい。


 ここからまだまだ中は広そうよね。なんせ塀で囲われているものね。正面入口から城の主要部まではまた結構遠いのかしら、と、城を見上げながらうんざりした。


 御者さんが扉の横にある小さな通用口らしきところへ向かい、何やら声を掛けていた。するとその通用口から一人の若い騎士が現れ、御者さんと話しをしていると思うと、こちらに向かってやって来た。


「ヒナタ殿ですね?」


 再び名を聞かれ頷くと、騎士はにこりとした。


「ようこそおいでくださいました、ご案内致します」


 御者さんが荷物を下ろしてくれていたらしく騎士が受け取ると、御者さんはそのまま軽く頭を下げ見送ってくれた。


 御者さんに軽く会釈しつつ、騎士に付いてさあ城の中へ。


 巨大な扉が、というか門と言うべきか、中から騎士が四人がかりで押し開き、観音開きに開いて行く。

 うわぁぁ……、威圧感……。行きたくなーい……。

 若干引き攣りながら、ラズを抱っこする手に力が入る。ラズも緊張しているのか、顔を私の首元に埋めた。


「では、参りましょう」


 荷物を持ってくれている青年騎士が中へと促した。

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