第三十八話 城に行くのが物凄く嫌だった

 食べ終わり、ジークは果実酒を飲み、程よく機嫌の良い感じで楽しそうだった。


 ラズは食べ終わると同時にまた膝の上に……、うーん、私って何か色々疑われてるんだろうか。ラズの過保護っぷりが半端ない。そんなに心配しなくても、ジークは大丈夫だろうに。


 果実酒を飲み終え、店を出ようとするとジークがお金を払ってくれる。


「自分たちのは払うよ」

「あー、いや、いいよ。俺が誘ってたんだし」

「いや、でも、そんな訳には……」


 奢ってもらうのもなぁ、と考えていたら、ジークがニコリと笑い頭を撫でた。


「じゃあまた今度。今度はヒナタが奢ってくれよ」

「え、あ、うん」


 あ、うん、って言っちゃった。


 ジークはニコニコして頭を撫でる。私のほうが歳上なんだけど、何かジークのほうがお兄ちゃんみたいだな。そう思うと少し可笑しくてクスッと笑った。


 そのときジークは急に真面目な顔になり、撫でていた手を頬に下ろしてきた。耳にそろりとジークの指が当たりビクッとする。


 それに気付いたラズが『ニャー!!』といきなり声を上げ、ジークの手に猫パンチ!


 ビシッとジークの手が下に少し下がると、ジークはハッとした表情になり慌てた。


「す、すまん!! まだ男は怖いよな! 本当にすまない!」


 物凄く慌てふためき冷や汗までかき始めたジークにブッと吹き出す。


「アハハ、ジーク変な顔」

「へ、変な顔って……」


 ジークは頭を掻きながら苦笑する。しかしそれにホッとしたような表情になった。

 ジークのことは怖くはない。あのとき落ち着くまで頭を撫でてくれていたのはジークだから。

 だからなのか、ジークに頭を撫でられると安心してしまう。


「また今度奢るね」

「あ、あぁ、楽しみにしとくよ」


 じゃあまたな、とジークは手を振り去って行った。



『おい』


 ラズの低い声……分かってますよ、もう。


「危機感を持て、でしょ?」

『お前は……、はぁぁあ』

「な、何よ、なんか失礼ね」


 思い切り溜め息を吐かれた。


「お前は自覚がなさすぎるんだよ……」


 ボソッとラズが呟き項垂れた。


「何が? 何の自覚?」

『もう良い……』

「な、何なのよ!!」

『役所に行くんだろ?』


 ムム、何なのよ、一体! もう!


 何だかモヤモヤしたまま役所へと向かう。ラズは前を歩いているが時折こちらに振り向く。

 いやいや、幼児を心配してる訳じゃあるまいし! いちいち振り向かなくても付いて行ってるわよ!


 何だかなぁ……、ラズの心配性が悪化している……。まあ、私のせい……なんだろうなぁ……、心配かけた手前、文句も言えないのよねぇ。


 それに……なんと言うか……、ちょっと嬉しかったりもする。そのことに自分でびっくり。


 ラズが心配してくれている。口煩かったり、しつこいくらい構われたり、なんだけど……、なんだろうな、やっぱり一人になったときの不安、ラズが戻って来てくれたときの安心感、それが私の中で結構大きいのかもしれない。


 私ってかなりラズのことを頼りにしてるんだなぁ。


 なんてことを考えながら、ラズの後ろを歩いていると、振り向いたラズが物凄い変な顔をした。


『なんだお前、気持ち悪い顔してるぞ』


 ビキッ、漫画のような青筋が立ったのが自分で分かった。


『ニヤニヤして、なんなんだよ』


 ニヤニヤ……、ニヤニヤしてたのか、自分で気付かなかった! ショック! 慌てて両手で頬を隠す。いや、すでに遅いけど。


 何とかニヤニヤをおさめようと、ぐにぐに顔をマッサージ。


『ブッ、何やってんだよ』


 その顔を見てさらに笑われた。ムッ。


「もう! 良いでしょ! 何でも! 前向いて歩きなさいよ!」

『はいはい』


 ラズのくせに余裕かましてるのが何か腹立つ〜!

 せっかくラズのこと見直してたのに。もう!


 でもまあこんなやり取りも楽しかったりするのよね。やっぱりラズが側にいてくれて良かった。



 役所に着くと受付にて手紙を見せ、どうすれば良いのか指示を仰ぐ。


「では三日後に馬車を手配いたします。その日の朝こちらにおいでください」

「ば、馬車ですか……」

「えぇ、城は門を越えてから、かなりの距離がありますから」


 なるほど、確かに中央広場から見える城はかなりの小ささだ。それだけ距離があるということなんだろう。


「あの……、服装や礼儀などは……」

「服装や礼儀は気にされる必要はございません。陛下は日本人の方とお会いするのに慣れていらっしゃいます。日本では王と謁見することはないのでしょう? そのことは陛下もご存知ですので、気楽にして欲しいとのことです」

「はぁ」


 そんなので本当に大丈夫なのかしら……、物凄い不安なんだけど。


「あぁ、それと今回の謁見には一週間ほどのお仕事のお休みと宿泊の準備をお願い致します」

「えっ!! 何でですか!?」

「通常謁見はすぐに終わるかと思いますが、しばらく城への滞在となるかと思われます」

「城への滞在!? 何でですか!?」


 城に滞在!? 何それ!? どういうこと!? 何で城なんかに泊まらないといけないのよ!


「今までの方の謁見傾向から考えますと、謁見後に城の見学などを行っているそうです。そのため何日か滞在され、その間城で働く方々とも面会したりとするらしいですよ」

「そ、そうなんですか……」


 うわぁ、嫌だぁ、一言で言って嫌だわぁ。王様に謁見だけでも嫌なのに、城に滞在とか憂鬱……。


 役所での話を終えて、トボトボと大通りを歩く。


「はぁぁ、城に滞在って……はぁぁ」


 ラズが前をひょこひょこ歩く姿を見ながらぼんやりとした。


「ねぇ、ラズも一緒に行ってくれるでしょ?」


 さっきは行かないと言っていたが、こればかりは一緒に行ってくれないと本当に嫌だ。一人は絶対嫌!


 ラズは明らかにギクッとし、そろりと振り向いた。


『いや、その、なんだ……、ヒナタなら一人でも……』


 そう言いかけたところでラズをガシッと鷲掴み、持ち上げ目線を合わせた。


「一緒に行ってくれるよね!?」


 ラズの身体を掴む手に力が入る。目を逸らさず若干睨みを利かせ、ラズの目を真っ直ぐ見詰めた。


「行ってくれるよね!!」


『うぐっ……』


「ね!!」


『…………、はぁぁあ、わ、分かったよ、行けば良いんだろ、行けば』


「やった!!」


 ラズを思い切り抱き締め頬擦りした。


「ありがと!! ラズならそう言ってくれると思ったよ!」


 ラズはぐんにゃりと脱力し深い溜め息を吐いた。


「よし、じゃあとりあえずクラハさんに報告しに行かないとね!」


 ラズを抱っこしたまま、何でも屋に向かった。

 何でも屋の扉を開こうとすると開かない。


「あれ? 閉まってる?」

『明日まで休みだろ?』

「あぁ、そうだった」


 すっかり忘れてたよ。今日と明日はお休みだって言ってたね。

 扉を叩いてクラハさんを呼んだ。


「あれ? ヒナタ、今日は休みなのにどうしたの?」

「あー、ちょっとお話が……」


 何事かとクラハさんは少し神妙な面持ちになり、中へと促した。

 そんな大層な話じゃないんですけどね。


 クラハさんに畳の部屋へと連れて行かれ、初めて来たときのようにちゃぶ台の前に腰を下ろす。ラズは相変わらず膝の上に丸まる。


「で、話っていうのは?」

「あー、えっと、城から召喚通知が来まして……」

「あぁ、日本の人たちって一度城に呼ばれるらしいね。そっかヒナタはまだ行ってないんだったね」

「えぇ、それでしばらくお休みしなければならないらしく」

「なるほど、その話だったんだ。なんか良からぬことかと思って心配したよ」


 クラハさんは神妙な面持ちから一気に表情が緩んだ。


「良からぬこととは?」

「あー、ハハ、いや、その、あんなことがあっただろ? だから辞めたいって言いに来たのかな、と」

「そんなこと!」

「アハハ、ちょっとね、ちょっとだけだよ」


 頭を掻きながらクラハさんは笑う。


「私は辞めないですよ! せっかく慣れてきたところなのに」

「そうだね、確かに」


 ハハ、と二人で笑い合う。そして一週間ほどの休みが欲しいことを伝えた。


「一週間かぁ、結構長いね。ヒナタがいないとお客さん、みんながっかりするんだろうな」


 アハハ、とクラハさんは笑う。いや、そこはクラハさんしっかりしましょうよ、と思わず突っ込みそうになった。



 結局、もうついでだからと城への出立の日の前日までも休みになり、働き出して早々に長期休暇となった。

 日本にいたときならクビだったろうなぁ、なんて考えながら泊まりの準備やら、いくら何でも普段着過ぎる格好はどうかと思い、服を買いに行ったり、としていると、あっという間に三日後になっていた……。

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